琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

ネット上の「弱者」の傲慢

WEB上の「さまよう悪意」
まず↑のエントリを、コメント欄も含めて御参照ください。
正直なところ、こうやって他の人が激高しているところをわざわざ取り上げてしまったことそのものが下世話ではありますし、僕にとっては反省すべき点だと思います。ただ、ときどきこういうを書きたくなるんですよね、なんだか無性に。
しかし、↑のコメント欄で御活躍されているrunaminさんという方の

私はそれを我慢できない(by しなやかな猫(4/7))
↑の記事を読んで、僕はもうなんだか呆れ果ててしまったんですよ。

けれど私はこの人に同情できない。たとえ先に突っかかってきたのが向こうだとしても(ていうか、先に罵ってきたという相手の日記がどこにもリンクされていないので、その文章を読むことができない)、この文章は酷い。そりゃ、ただ見てただけでいきなりビンタされたら腹は立つが、だからって、分別なくいきり立って、相手をナイフでメッタ刺しにしてもいいの?

と書かれていますが、あの、それってあまりに一方的というか、咲良さんに対して悪意に満ちた受け取り方じゃないのかなあ。

『笑い者にするなら、それがアンタの娯楽なら、私は見世物なんで、金下さい。(中略)9,500円で結構です。なんなら、9,500円であんたの旦那と寝てやってもいい。』

自分からはただ「My登録して読んでいただけ」なのに、こんなことをいきなり言われて、「相手は病んでて、弱ってる人なんだから、そのくらいガマンできない方が悪趣味、さもしい」って言われても、僕は全然理解できません。「イヤだろうけど、ガマンしてあげようよ」というくらいのアドバイスならともかく。咲良さんのほうこそ「いきなりナイフで切りつけられたようなもの」だったと思いますよ。あるいは、ビンタにビンタで返しただけかもしれない。
そもそも、「先制攻撃」の相手の文章を実際に読んでもいない人に、なんで「そのくらいガマンしろ」って言われなくてはならないのか。

体を売ってそれでも稼げなくて、人生思い通りにいかなくて、僻みっぽくなってて、今にも潰れそうな心をなんとか薬で保っている人に対して、リンク先の文章は、まるで杖をついてやっと歩いている人のその杖を、横からスコーンと足で蹴り飛ばすような内容じゃないか。しかも「アナタより、私の方が現実的に努力してる」とか「そんな旦那離婚すれば?」ってなんだよそれ。つくづく情けなくなってきた。

この喩えも、ものすごく一方への偏った思い入れに溢れているようにしか僕には感じられません。
確かにこの人は、「杖をついてやっと歩いている人」なのかもしれないけれど、だからといって、その人がいきなり杖をふりかざして襲いかかってきても、それを避けたり反撃したりしてはいけないというのでしょうか。「自分は弱い人間だから、他人を罵倒したり傷つけても許される」と考えている人の、どこがいったい「弱者」なんですか? そういう人に対して「弱者なんだから、何をやっても許してやれよ」っていう発想のほうが、よっぽど「差別的」だと僕は思うのですよ。
というかさ、この人が嫌っている僕や咲良さんだって、一所懸命に生きていくために足掻いて頑張っているんですよ。このレールから外れないように、必死にしがみついているんです。あなたには、わかってもらえないかもしれないけれど。そして、杖をついてただ歩いているだけの人の杖を横から蹴り飛ばしたわけじゃない。想像力が決定的に不足しているのは、あなたの方ではないですか? 第三者として「弱者」を擁護するのはいい気分かもしれないけれど、自分が被害者だったとしたら、って考えてみたことがありますか?

僕は、自分が咲良さんだったとしての「My登録してヲチしていただけの日記の筆者から、いきなりプライドを傷つけられるようなことを書かれた場合」と自分がこの「現役ソープ嬢の日記の筆者」だったとして、「自分の日記をそれなりに幸福そうな同性から『My登録』されていた場合」の両方の状況を想像しながら考えてみたのですが、どうみても前者のほうが「当たり前の反応」だと思います。日記書きは、みんなマザー・テレサになれとでも言うのですかね。

というか、こんな偽善者に酷いことを言われてしまう原因をつくってしまったのは僕なので、咲良さんには、心からお詫びします。いや、問題なのは、こういうことを読みに来てくれる人の興味を引くためにリンクしてしまう僕ですね。本当に申し訳ありませんでした。
でも、このブログをやめるつもりは今の時点ではないです。

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