琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

水の時計 ☆☆☆☆

水の時計 (角川文庫)

水の時計 (角川文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
医学的に脳死と診断されながら、月明かりの夜に限り、特殊な装置を使って言葉を話すことのできる少女・葉月。生きることも死ぬこともできない、残酷すぎる運命に囚われた彼女が望んだのは、自らの臓器を、移植を必要としている人々に分け与えることだった―。透明感あふれる筆致で生と死の狭間を描いた、ファンタジックな寓話ミステリ。第二十二回横溝正史ミステリ大賞受賞作。

 この本のどこが「ミステリ」なのかはさておき、僕にとっては、なかなかインパクトがあった小説であるのは事実です。
 童話『幸福の王子』をモチーフにしているというだけで、ものすごく僕にとっては意味がある物語でしたし。

 僕が通っていた幼稚園の図書室に、この『幸福の王子』の絵本がありました。
 そして、何気なく手に取ったこの本は、僕にとっては、非常に記憶に残る一冊になったのです。
 なんというか、とにかく悲しくて、怖くて、救いようがないのだけれど、忘れることができない、そして、何度も開いて読んでは、やるせない気持ちになってしまう……その繰り返し。
 後に読んだ本では、芥川龍之介の『地獄変』が、この本にもっとも近い読後感であるような気がします。
 子供の頃の僕には、ツバメさんが王子の「目の宝石をえぐって」貧しい人たちに届けるなんてシーンは、正直、グロテスクで読むに耐えないものだったのに。いや、「銅像」だといっても、子供っていうのは「擬人化」してしまうものですしね。
 「自分の目をえぐってもらって誰かにそれを与える」なんていうのは、やっぱりちょっと想像したくない。
 そして、この『幸福の王子』、子供に読ませる本として適切なのか疑問なくらい、「救いようがない話」なんですよね。『フランダースの犬』と同じで、この話から得られる「教訓」というのは、「善人はバカを見る」ということだけなのではないか、と僕は真剣に考えていましたから。
 「天国に行ける」という宗教的背景を持たない日本人にとっては、ほんと、「どう読んでいいのかわからない絶対的悲劇」なのではないかなあ。

幸福の王子(The Happy Prince)オスカー・ワイルド作・結城浩訳
↑で結城浩さんが訳されたものの全文が読めます。そんなに長くないのでぜひ。ちなみに僕が子供の頃読んだ絵本には「神さまが天使たちの一人に〜」から先の部分はありませんでした。

 ちなみに、この『幸福の王子』。オスカー・ワイルド作だというのを後年知ったのですが、オスカー・ワイルドが酷い薬物中毒でラリっていたときの作品だという話があります(事実かどうかは知りません)。でも、そうでもないと、こんな残酷で容赦が無く、しかも美しい話は書けなかったかもしれないなあ、なんて僕はちょっとだけ頷いてしまいます。『幸福の王子』っていうタイトルも、なんてシニカルなんだろう!


 ……って、『水の時計』の話でしたね。
 僕がこの小説を評価している点は2つ。
 ひとつは、作者の初野晴さんが、僕と同じように『幸福の王子』という物語に惹き込まれた子供だったのだろう、と共感できたこと。
 そしてもうひとつは、「臓器移植」というデリケートな問題に対して、真摯に勉強して書いたということが伝わってきたことでした。
 「あげたい人がいて、貰いたい人がいる。それならば、何の問題があるの?」
 この小説のもうひとりの主人公である少女・葉月のこんな問いかけに対して、誰が完璧に答えることができるでしょうか?

 僕は医者でありながら、率直なところ、個人的には臓器移植というものへの「違和感」は禁じえないのです(ただし、必要であると判断した患者さんには勧めますし、患者さんの相談に乗ることもあります。外科ではないので、自分で移植そのものを行うことはありませんが)。
 この作品の良さというのは、作者自身も、その答えが「わからない」まま、これを書き上げていった、ということなのではないかと僕は思います。ある意味、「中途半端」なんですけど、その「中途半端さ」こそが、心に響くような気がするんですよね。

 まあ、ミステリとしては何の面白味もありませんし、主人公のキャラクターに関しては、正直、嫌悪感すら覚えます。葉月が主人公にこの「任務」を与えた理由っていうのも、なんだか納得いかないし。ただ、読後感はそんなに悪くなかったです。だからこそ逆に「いい話」で終わってしまう可能性もありますが。
 『幸福の王子』と「臓器移植」というアイディアが先にあって、それをうまく「物語」にできなかったのではないかと思われますが、それでも、『幸福の王子』に打ちのめされたことがあって、臓器移植について考えてみたい人には、オススメしても良い本ではないかと。

 ちょっと、ストライクゾーン狭すぎ、かな……


幸福の王子

幸福の王子

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