琥珀色の戯言

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『自虐の詩』 ☆☆☆☆

映画『自虐の詩』公式サイト

 “日本一泣ける4コマ漫画”とも評される業田良家の伝説的同名コミックを中谷美紀阿部寛主演で映画化した人情喜劇。大阪の下町を舞台に、元ヤクザで稼ぎもせずに理不尽な暴力を繰り返すダメ男と、そんな男にひたすら尽くす健気な女が繰り広げる切ない愛の物語を軸に、社会の底辺に生きる個性豊かな登場人物が織りなす人間模様をユーモラスかつ哀愁いっぱいに綴る。監督は「トリック」「明日の記憶」の堤幸彦
 大阪、通天閣を見上げる下町。ひなびたアパートに暮らす元ヤクザのイサオと内縁の妻、幸江。イサオは仕事もせずに酒とギャンブルに明け暮れ、気に入らないことがあるとすぐにちゃぶ台をひっくり返す乱暴者。隣に住む世話好きのおばちゃんは、見かねて幸江に別れるよう薦める。一方、幸江が働く食堂“あさひ屋”のマスターからも、“アイツと別れて俺と一緒になろう”としつこくプロポーズされていた。それでも幸江はイサオと一緒にいるだけで幸せだと感じていた。そんなある日、幸江の体に異変が…。

参考リンク:『自虐の詩』中谷美紀単独インタビュー


 僕が予想していたよりも、はるかに良くできた映画でした。
 どうせ「お涙頂戴もの」になっているんだろうなあ、と想像しつつ、中谷美紀さんが出ているので観に行ったのですけど、「僕の身近にいる人たちは、なんのかんのいって僕を大事にしてくれているのだな」と思いましたし、もっと「いつもそこにいる人」を大事にしなくては、と考えさせられる作品だったのです。

 ただ、原作と比較してみると、正直、かなり「マイルドに仕上げた」のではないかという気はします。例の「ちゃぶ台返し」も、少なくともマンガの上巻のように飽きるくらいくり返させるわけではありませんし、イサオの「カネに対するいじきたなさ」も原作ほど徹底的なものではありません。幸江のお父さん、あさひ屋のマスターなどのキャラクターも、全体的に「薄められている」ように感じました。
 まあ、この作品のキャラクターたちを薄めないでそのまま実写映画にしてしまうと、おそらく大部分の観客はドン引きしてしまうことが予想されるので、「なるべく世界観を維持しつつ、娯楽映画としての一線を越えないようにする」という堤幸彦監督の判断は正しかったのでしょう。「中学生編」が断片的で簡潔だったのも、あれをキッチリやってしまうと、「幸江や熊本さんをいじめる側だった」大部分の観客たちが自責の念にかられていく危険性があったからなのだと思います。
 笑いながら、他人の貧乏とか不幸って、けっこう笑えるものなのだな、とちょっと寂しくなったところで場面が変わってましたし。

 でもねえ、この映画、冷静になって考えると、そんなに「いい話」じゃないですよね。
 「あさひ屋のマスターの気持ちを十分承知していながら、あの店でずっと働いている」という幸江の残酷さと計算高さには、ちょっといたたまれない気がするし、イサオと幸江の関係って、いわゆる「共依存」でしかないような気がするのです。

 ドキュメンタリー番組で、「彼女を風俗で働かせて、パチスロばっかりやっているヒモ男」に憤る一方で、この作品に「感動」できてしまうというのは、ダブルスタンダードじゃないのかね?
 結局、人の「共感」とかって、「演出」によって、どんなふうにでも転んでしまうものなのかな、とも思うんですよね。
「こういう幸福もある」のは別に構わないんだけど、「こういうのが本当の幸せ」だと勘違いしてはいけない、と僕は自分に言い聞かせています。
 表層的に感動しようと思えばいくらでもそれが可能な、「良い映画」なんですけどね……
 こういう観かたしかできない僕のほうが病んでいるのだろうか?

 中谷美紀さんの演技は、最近の出演作のなかではいちばん良かったのではないかな、と感じました。気心知れた堤幸彦監督だったというのも大きかったのでしょう。すごくリラックスしていたように見えたし、もともと幸江というキャラクターを中谷さんが演じることそのものが「原作のイメージとは異なる」ので、「それなら自分の演じたいように演じる!」っていう開き直りもあったのかもしれません。
 ただ、この映画の森田幸江って、中谷さんが演じていると、どうしても『嫌われ松子の一生』の「松子」とイメージが被ってしまいます。両方とも「悲惨な人生をポップに描いている」作品なのですが、先に『松子』のほうを観てしまっていると、この映画のインパクトはかなり薄れてしまうんですよね。『松子』のほうが、映画としては「新しい」ように見えるので。
 まあ、幸江は人を刺したりしないので、松子よりは不快感が少ないし、落ち着いて観られるキャラクターなのですが。


 いや、僕は正直けっこう感動しましたし、ちょっと泣きもしたんですよ。笑えるし、テンポも良いし、とてもいい映画です。
 でもね、「これで感動してしまう自分の底の浅さ」が嫌だな、とも思ったのですよ。


 以下ネタバレ感想を少しだけ(未見の方は読まないでくださいね。この映画、DVDで観ても十分楽しめると思うので、できれば先入観なしで観ていただきたいです)。

 僕がこの映画でいちばん感動したシーンって、実は、最後のほうのシーンで妊娠した幸江が電車に乗ったとき、座っていた若者たちが一斉に席を立って幸江に席を譲ったシーンでした。当たり前のことなんですけど、この世界には、まだまだ「ささいな善意」が捨てたものじゃないくらい存在しているのだな、と実感させてくれたような気がしたんですよね。堤監督のああいうシーンの描き方は、本当にうまいなあ、と思います。それだけのシーンなんですけど、あれで幸江を包む「空気」が、ガラッと変わってしまったような印象を受けました。

 あと、こちらは気に入らなかったところなのですが、最後の最後で、「幸福も不幸も関係ない、人生には意味がある」というマンガの最終回で書かれていた作者の言葉が、幸江のモノローグとして流れるのですけど、あれはちょっと興醒めというか、「観客の読解力をもうちょっと信頼しろよ!」と言いたくなってしまいました。ああいうのを「蛇足」だと言うのだと思います。映画の「感想」って、誰かに教えてもらうものじゃないはずなのに……

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