
- 作者: 夏目幸明
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2008/03/29
- メディア: 単行本
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会社の組織が、そこで働く人間が、どんなきっかけで、どんな発想のもとで、時代の方向性を決定づける商品を生み出したのか−。『DIME』連載の「『勝ち組』商品のヒット開発列伝UN・DON・COM.」をもとに書籍化。
読む『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』みたいな本なのですが、「新しい商品を開発すること」「新しいアイディアを形にすること」というのはこんなに大変なことなのか……とあらためて思い知らされました。非常に「アツい」内容ではあるのですが、一商品あたり10〜12ページにまとめられているので、途中で飽きたり息苦しくなったりせずに次から次へと読み進められます。
医療、とくに臨床というのは、「決められた手順を誤りなく、手際よくこなしていくこと」が要求される仕事なので(日常診療の現場で、いきなり「いま思いついたクリエイティブな治療法」を試されては患者さんが困りますから)、僕はこういう「新製品開発」のような「クリエイティブな仕事」に憧れてしまうのです。「新しいものをつくっていく」というのは、すごく楽しいものなのだろうなあ、と。
その一方で、「新製品」なんていうけど、結局はいままであったものの焼き直しで、目先を変えて必要もないものを消費者に売りつけようとしているだけなんだよな、という気持ちもあるのです。彼らの「マーケティング」というのは、「消費者を騙すための手練手管」みたいなものじゃないか、と。
でも、この本を読んで、僕の考えは、けっこう変わりました。
「新しい製品をつくる」というのは、もちろん、他社に勝つための手段ではあるのです。しかしながら、それをみんなが「買ってみたい」「使ってみたい」と思うような「商品」にするためには、開発者の「製品への思い入れ」や「買ってくれる人へのメッセージ」が必要なんだな、と。
いいかげんに創ったものには、それなりの魅力しかない。
いろいろな新製品開発時の感動的なエピソードが紹介されているのですが、「スマイルシャッター」搭載で人気機種となった、ソニー『サイバーショットDSC-T200』の開発者、小川要さん(ソフトウェア技術部門カメラ制御部3グループ)の話の一部を引用させていただきます。
今までの経緯を考えると、急ぐ必要があった。だが、彼(小川さん)は言う。
「『スマイルシャッター』は世界初の試みだからこそ、納得いく性能でなければ世に出すことはできなかったんです」
中途半端な状態で発売したとしても、世間から「表情の認識機能はその程度」と思われてしまい、評価が得られなければ、せっかくの企画も今回で終わりになりかねない。それはデジタルカメラの可能性を閉ざすことでもあるはずだ。結局、作業は連日、深夜に及んだ。だが彼は、真夜中にひとり机に向かいPCの画面に並ぶ笑顔を見たとき、初めてこの仕事の”本質”に気づいたという。
「想像してみてください。PCの画面に世界中の人々、ふだんは厳しい上司、きっちりしてると評判の経理の人……みんなの笑顔が何千枚も並んでいるところを。なぜか元気が湧いてくるんです。ああ自分は幸せな世界に生まれ、人は愛し合って生きている。笑顔ってそれを何より雄弁に実感させてくれるものなんだ、と」
完成すれば世界中のカメラを笑顔で満たせると信じて作業した。彼はその後、どれくらいの笑顔でシャッターが反応するかユーザーが調整できるようにし、「この思い、伝わってほしい」と念じて製作物を次の部署に渡したという。
そして2007年9月、「スマイルシャッター」機能を搭載したカメラが発売開始となる。
僕は写真を撮られるのが苦手で(撮るのは下手ですが好きです)、自分が写っている写真を見るたびに、いつも「こんなはずじゃないのになあ」と落胆してしまいます。
この「スマイルシャッター機能」も関しても、「機械が自然な笑顔を判別できるわけない」「被写体がダメならどうしようもないだろ」なんて考えていたのです。いままで使用経験もなかったのですが、この小川さんの話を読んだら、「スマイルシャッター」使ってみたいなあ、と思わずにはいられませんでした。
所詮、「お遊び」「おまけ」の機能だろ、と僕が考えていた「スマイルシャッター」には、こんな「希望」がこめられていたのです。
大金持ちになったり、テレビに出まくったり、大学の教授になったりするような人だけが「偉い」のではなく、こんなふうに、「世の中を少しでも楽しくしようとしている隠れた偉人」たちと、僕たちは知らず知らずのうちに道端ですれちがったり、同じ電車に乗ったりしているのだな、と思うと、なんだか少し勇気が湧いてきます。
仕事の「やりがい」って何だろう?と悩んでいる人には、ぜひおすすめしたい本です。




