琥珀色の戯言

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さらば脳ブーム ☆☆☆☆


さらば脳ブーム (新潮新書)

さらば脳ブーム (新潮新書)

内容(「BOOK」データベースより)
世界的に大ヒットしたゲームのアイコンとなったことで、「脳トレの川島教授」は一人歩きを始めた。日本の街中に顔があふれただけでなく、スペインの地下鉄のポスターや、イタリアのテレビCMにまで登場。そのうえ研究者たちからは「科学的じゃない」との批判が始まり、果ては税務調査までやってくる始末…。「基礎科学研究の社会還元」とは何か。「脳ブーム」の功罪とは。渦中にいた当事者が初めて沈黙を破った手記。

この新書、あの「脳トレ」の川島教授が「脳ブーム」に「さらば!」とタイトルで告げているのですから、いったい何事が起こったのかと思いつつ読み始めました。
実際は、「脳ブーム批判」というより、さまざまな「挙げ足とり」を行っている学会の人々や、インタビューの断片をつなぎ合わせて、自分たちに都合のいい内容を「捏造」しているマスコミへの恨みつらみが、川島教授自身から語られるという、なかなか読みごたえのある本になっています。
いやまあ、とにかく「成功者はあれこれ大変なんだなあ」とも思いますし、「学会というところは、カッコつけてはいるけれど、いろんな欲望が渦巻いている、権力闘争の場でもあるのだよなあ」と、しみじみ考えてしまう本ではありますね。
僕のような「学会の末端構成員」には、まったく縁のない世界ではありますが。

 私は不遜にも、出すぎた杭は打たれないだろうと嘯き、これまで数々の、私からみると極めて低次元の脳トレ批判などは受け流して、高みの見物を決め込んできた。私達の基礎研究は世界から認められており、高い評価を受けていると自負してもいるので、社会活動に対する批判は対岸の火事のように眺めていた。
 しかし最近、私からすると、「なんでこの人が?」という研究者に真後ろから狙撃されたり、一般の方が「神経神話」などという言葉を使ってまことしやかに脳トレ批判をしたりしているのを耳にすると、心中穏やかでなくなってきた。そこで、これまで胸中に秘めてきた、「脳トレ」やその裏付けになる研究に対する批判への思い(ぼやき)を綴ることにした。

CTやMRIなどの画像診断を利用して、日本の「脳機能イメージング」研究を立ち上げた主要人物のひとりであった川島教授は、作動記憶(ワーキングメモリー)を調べていくうちに、簡単な読み書き計算を毎日短時間、継続して行うことによって、子供の認知機能が発達するという研究結果を得て、それを高齢者の認知症の治療に利用することを考えます。
現場から「高齢者虐待ではないか」などとの批判すらあがったこの研究「学習療法」は、予想以上の効果があり、

 ドリル教材を使った読み書き計算の生活介入(ワーキングメモリー・トレーニング)を始めて1〜2か月がたって、永寿園からは、「早く現場を見に来い」との連絡が入るようになった。これまでに見たことがない変化が、生活介入を行った高齢者達に起こっているというのである。昔の自分を取り戻して、まったくの別人のように変わった人。オムツがとれてしまった人まで出てきたと言う。私も臨床の現場を少しは知っているので、そんなことは普通では考えられない。そんなに誇張して成果を報告しなくても良いのにと、遠く離れた仙台で冷ややかな対応をしていた。なんと不誠実な態度であったのかと、いま思い返すと恥ずかしくなる。
 当初から、2ヵ月ごとに永寿園で会議をする予定であったため、介入開始から約2ヵ月の時点で永寿園に向かった。その私の目に、信じられない光景が広がっていた。介入を受けている高齢者の方々が、本当に別人のように明るく元気になっていたのである。学習の時間が始まると、認知症の高齢者達は、自分から部屋を出てきて、学習室の前できちんと座って順番を待っていた。一生懸命、そして楽しそうに自分の学習を行い、100点満点を表す大きな二重丸をケアスタッフに赤ペンで付けてもらうのを、幸せそうな顔で見つめていた。そして、学習を終えると、スタッフの介助もなしに自ら自分の部屋に戻っていくのである。

ちなみに、これらの研究成果は、2005年にアメリカの学術雑誌に掲載されているそうです。
少なくとも、川島教授は、「ちゃんとした学問の世界のルール」にのっとって、仕事をされてきたわけです。

しかしながら、川島教授の業績に対する、マスメディアや学会内からの批判は、その業績の大きさに比例するように強まっていくのです。
それも、かなり歪められた「イメージ」とともに。

 学習療法論文の批判の主流は、例えば大阪大学の藤田一郎教授が著書『脳ブームの迷信』に書いているように、認知症高齢者の認知機能改善効果が、読み書き計算を行ったことによるものなのか、読み書き計算活動を通してコミュニケーションをとったことによるものなのかが判然としないとするものである。
 そんなことを今さら他人に活字にしていただかなくても、実際に論文の中で、私がそのように考察している。学習療法は「システム」であり、システムの効果を検証したものである。そして、そのシステムは、これまでにあり得なかった、アルツハイマー認知症患者の認知機能を向上できることを実証した。
 このシステムは、多くの認知症で苦しむ患者やその家族に、明らかに福音となる。社会の価値観からすれば、このシステムのどの要素がどのように認知機能に影響を与えるのかは「どうでも良いこと」で、認知症の症状が改善することのみが価値を持つ。読み書き計算が効くのか、はたまたコミュニケーションか、といった議論は、認知症ケアの現場では不毛であり、学者の戯言と一笑に付されてしまう。おそらく多くの医療関係者も、「そんなのどっちでもいいじゃん。療法が有効かどうかだけが問題で、本当に有効な証拠があるならそれでお終いでしょ」と、コメントするであろう。
 ところが、日ごろ細胞や分子のみを相手にしている研究者には、人間にとって何が大切か、社会にとって何が本質かが全く見えていない。悲しいことである。

 こういった、川島教授の「ぼやき」には、おおいに共感できるのと同時に、「でも、『このシステムのどの要素がどのように認知機能に影響を与えるのか』と検証するのは、今後のためにも、とても大切なことではないかな」とも思うんですよ。それはもう、「社会にとって」も。
 後のほうのページでは、川島教授自身も、「社会に還元されることを目的としない、『研究のための研究』の重要性」を訴えておられます。
 ちゃんとした「学者」でありたいという気持ちと、あまりにも実社会で「成功」してしまったがために、「学者たちの世界」から白眼視されてしまい、論文を精読されることもなく批判されていることへの苛立ちとが、川島教授のなかで、せめぎあっているようにも思われます。
 『脳トレ』のお金は、全部大学で管理することとして、個人的には一銭も受け取っていない(これだけでも、すごいことなんですけど)としても、『脳トレ』の稼ぎで、東北大学にビルが2,3軒建った、という話は、常に研究資金獲得に悩まされている他の学者にとっては「あいつだけうまくやりやがって」妬まれるでしょうし、臨床研究でも「あの『脳トレ』の川島教授の研究です」ということなら、積極的に協力してくれる人が集めやすくもなるはず。
 まあ、他の「学会の人々」からすれば、羨ましいかぎりですよね。

脳トレ』への「学問の世界」からの批判について。

 ソフトは、ワーキングメモリーと認知速度のトレーニングとして、理にかなっている。また、脳機能イメージング技術によって、ソフトで遊ぶと実際に背外側前頭前野が活性化することは証明した。これをもって、新しい人間脳工学の提案ができたと思っていた私に、冷や水が浴びせられた。
 2007年、『Nature Neuroscience』という超一流雑誌の編集コメントとして、任天堂脳トレソフトを含めて、さまざまな認知トレーニングの般化効果に関する疑問が呈されたのであった。
「認知介入によって般化効果を証明した論文が存在することは事実であるが、任天堂脳トレの場合は般化効果を直接示す科学的根拠が示されていない。この大ブームとなっている脳トレソフトを購入しても、実際にどのような良い効果がどの程度あるかは明らかではない。しかし、悪影響があるとも考えられない。悪影響が唯一あるとすれば、20数ドルのお金を失うことだけであろう。」
 超一流雑誌の編集者のコメントは、嫌味たっぷりに締められていた。このコメントを受け、国内の科学者達からも一斉に「脳トレバッシング」が始まった。
 正直に言えば、私は、『Nature Neuroscience』の記事を見て、ぐうの音もでなかった。「学術界はそこまで要求するのか」と頭を抱えた。私としては、基礎研究としてこのソフト開発を行ったわけではない。産学連携により、企業のエンタテインメントとしてのゲームソフトの開発をお手伝いしただけのつもりであった。だからソフトに関する論文を書くつもりも毛頭なかったし、学術の世界で誰かに何かを言われるとは微塵も思っていなかった。あくまでも家族で楽しむためのゲーム、そのゲームのスパイスとして、ゲーム内にきちんと背外側前頭野が活性化することを情報として開示した。エンタテインメントとしてのゲームソフト開発に、脳機能イメージングという新たな手法を取り入れ、人間脳工学に基づくモノづくりを提案したつもりであった。そして、それが社会の大きな支持を得て、たくさんのソフトが売れたのだと解釈していた。正直に言って、褒められることはあっても、非難されるとは夢にも思っていなかった。

また、2010年には『Nature』に、イギリスからの「コンピューター脳トレゲームは認知機能を改善しないであろう」という論文が発表されたそうです。
しかし、これは川島教授によると「彼らが使った『脳トレゲーム』(任天堂のものとはかぎらない)が、健康な成人の認知機能の全般的向上には有効でないことを証明しただけであり、他のゲームまで無効であるとはいえない」とのことです。

僕はこの新書を読んでいて、「まともに論文を読んでもいない人たちが、印象だけで批判してくること」に対する川島教授の苛立ちが伝わってきましたし、そもそも一消費者としては、「ゲームを買った人たちの大部分は、そこまで『脳トレ』に厳密な効果を期待しているとは思えない」のですよね。
逆に「まあ、ちょっと頭がよくなったような気分になれて、面白ければ、『論文になるような効果』がなくても、20数ドルくらい払っても構わない」。

世間にはもっといいかげんで高額な商品がたくさんあるのに(「健康食品」には、そういうものがかなりたくさんあります)、売れすぎてしまったがために、大きな批判にさらされた「脳トレ」と川島教授は、不幸だとしか言いようがありません。
もっともこれは、「学者であること」を自負し、その世界で戦おうとしている川島教授だからこそ、生まれてきた批判であることも事実なのでしょう。
「あなたが学者であり、『科学的』であることを証明したいのであれば、ちゃんと論文を出せ!」
学者の世界では、たしかにこれは「正論」ではあるんですよね。

いわゆる「学問の世界の居心地の悪さ」を、これほど率直に書いてある本はあまり無いと思いますし、「学問の世界は、純粋で綺麗なものだ」と思っていただいている人にこそ、この新書はオススメするべきなのかもしれません。
やっているのはしょせん「人間」だし、嫉妬とか誹謗中傷とか功名争いみたいなドロドロした「学問の世界」の暗黒面に、ちゃんとうんざりさせてくれます。
こうして一般向けの本で、多くの人に「弁明」できる川島教授は、まだマシなのかな、と思うくらいです。

しかし、『脳トレ』って、本当に毎日ちゃんとやっていた人って、どのくらいいるのでしょうか。
効果のあるなし以前に、多くのユーザーは、1ヵ月もしないうちにやらなくなってしまっていたのではないかなあ。


参考リンク:『さらば脳ブーム』(基本読書 2010/11/21)

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