琥珀色の戯言

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父・金正日と私 金正男独占告白 ☆☆☆☆

父・金正日と私 金正男独占告白 (文春文庫 こ 45-1)

父・金正日と私 金正男独占告白 (文春文庫 こ 45-1)


Kindle版もあります。

父・金正日と私 金正男独占告白 (文春文庫)

父・金正日と私 金正男独占告白 (文春文庫)

父上は厳しくても、愛情が深かった。「三代世襲」にはもともと否定的でした。祖父(金日成主席)に容貌だけ似ている弟の正恩が、どれだけ北朝鮮の人々を満足させられるか、疑問です。世界的スクープ!インタビュー7時間+メール150通。


人は見かけによらぬもの、とは言いますが、この本を読んで、その言葉をあらためて思い知らされた気がします。
僕のこれまでのイメージでは、金正男さんは、「金正日総書記のドラ息子」だったんですよね。
「あんな強面なのに、日本に密入国して行ったのが、東京ディズニーランドだなんて!」
あの「強制退去事件」のことが、どうしても頭に浮かんでしまいますし。


この本での、メールと2度の著者との会見からうかがえる金正男さんは、「置かれている立場からすれば礼儀正しい、常識的な人物」です。
とはいっても、一度はちゃんとしたインタビューなのですが、あと一回は「すでに酔っぱらっていた金正男さんと著者が、小一時間くらいバーで一緒に飲んだ」という話なのですが。
いきなり空港で会っただけの記者とメールのやりとりをするなんていうのは、あまりに無防備なのではないかとも思いますが、そこになんらかの「政略」があるのか、それとも、「自分なりに、世界に対して何かを語りたい」のかは、この本を読んでいてもよくわかりませんでした。

 私の自身のマカオ生活……私のマカオ生活に対して誤解が多いようです。
 まず私のギャンブル狂い説です。私が一角で報道されたニュースにように、マカオVIPカジノに毎夜、出入りしていたとすれば、多分いまごろ落ちぶれ、乞食になって通りに座っているでしょう。
 過去マカオを観光で旅行する時、カジノのスロットマシン程度のゲームをしていましたが、マカオに住んでいても、カジノへの出入りはしていない点を明確にしたいです。
 それではカジノもしない私がなぜマカオにしばしば現れるかとの疑問が必ず出るでしょう。
 私が西側教育を受けて、小さい時から自由を満喫しながら、成長したという点はすでに知られた事実だと考えます。私は今やはり自由奔放さを好みます。
 ところで一度考えてみて下さい。
 北朝鮮の旅券を持ってビザなしで行ける国が果たしていくつあるでしょうか。もし北朝鮮旅券で全世界旅行が自由だったとすれば、私が幼稚にもドミニカ偽造パスポートを持って日本のディズニーランドを訪問しに行ったでしょうか?
 私がマカオにたびたび行く理由は、家族が居住する中国の中で最も近く、自由奔放な地区ということです。

金正男さんは、スイスへの長期(9年間)の留学経験もあり、そこで、さまざまな「資本主義経済の国から来た友人」たちとも交流していたそうです。
この本で紹介されている正男さんのメールを読んでいると、「北朝鮮の貧しさ、国民の経済的な困窮」に対し、指導者層のひとりとして、「どうにかしなくては」という気持ちが伝わってきます。
正男氏が、長年中国にいて、その劇的な経済発展を目の当たりにしてきたことも、かなり大きいようです。
「自分は後継者レースからは外れてしまった人間」だという諦めと気楽さもあるのでしょう。


スイスでの自由な生活に慣れ親しんだ人間が、息苦しくて貧しい北朝鮮での生活よりも、北京やマカオでの豪華マンションでの優雅な生活のほうを選ぶのは、理解できるような気がします。
ただ、正男氏は、「中国にとっては、北朝鮮に何か政変が起こったときに送り込める切り札のひとつ」であり、だからこそ、こんな優雅な生活が許されているのだというのもまた事実。
正男氏自身も、「母国を豊かにしたいという思い」と、「自分が金正日総書記の長男であることで、発言が制限されることへの不満」はあるのでしょう。
「個人的には、いまの生活を捨ててまで北朝鮮を救おうとまでは考えられない。そもそもそんなの無理だろうし……」というのと、「金正日の長男として、いまの北朝鮮を黙ってみているだけでいいのか」という想い。
いろいろ、つらい立場ではあるのでしょうね。


また、この本からは、正男氏の「日本通」ぶりもうかがえます。
以下は、マカオでの「独占インタビュー」の一部です。

――日本には、結局何回来たんですか。


正男:5回だと思います。日本では新橋第一ホテルによく宿泊し、夜おでんを食べに行きました。おでん屋は銀座に近い一軒家でした。新橋駅に近い店でした。


――「お多幸」とか言いましたか? そういう名前の店が新橋の近くにあります。それと、赤坂に通ったそうですが?


正男:忘れましたね。新宿では焼肉の「瀬里奈」によく行きました。赤坂の高級クラブは特別な場所です。そこは民団系、総連系、一般の日本人もいます。みんなが一緒になって歌を歌い、お酒を飲んでいた。いつかこういうふうに壁がなくなればいいと思ったものです。
 その他には熱海の温泉にも行きましたよ。「石亭」という名前でしたね。お風呂がすばらしく、忘れられません。その後もスイスなどで温泉に行きましたが、日本で入った温泉にはかなわなかった。


――なぜ日本に5回も来たんですか。


正男:日本文化に小さい時から関心があったからです。高倉健真田広之の映画をよく見ました。全般的に日本の文化に関心があったんです。

正男氏がこんなに「日本の文化好き」だったことも驚きなのですが、金正日総書記の長男であっても、こんな生活が許されていたというのは、ちょっと驚きでした。
日本からはうかがい知ることは難しいけれど、文化レベルでは、北朝鮮も(とくに上層部は)「日本への嫌悪感」は薄いのかもしれません。
金正日総書記の料理人にも日本人(藤本健二氏)がいましたし。


ちなみに、弟・正恩氏への「世襲」について、正男氏は、こんなふうな見解を述べています。

「三代世襲」というのは、過去封建王朝時期を除いては前例がないことで、常識的には社会主義に符合することもないことは、世人が共感する現実です。
 また三代世襲に最も否定的だった父親が、今日これを押し切ったのには、それくらいの内部的要因があったと信じています。個人的考えですが、いわゆる「白頭の血統」(故金日成主席の血統)だけを信じて従うのに慣れた北朝鮮住民たちに、その血統でない後継者が登場する場合、面倒なこともあったとだと考えられます。


(中略)


 私は「三代世襲」は反対します。しかし北朝鮮内部の安定のために「三代世襲」を押し切らなければならなかったとすれば、これに従わなければならないといいました。北朝鮮の内部安定は皆に有益なためです、北朝鮮の内部混乱は地域の混乱を持ってくる可能性もある危険なことだと考えます。
 当然兄として弟に協力する用意があります。あくまで弟が願う場合にですね。さらに「海外から」と条件をつけています。
 北朝鮮が崩壊すると発言をしたことはありません。
 弟正恩とは対面したことはありません。
 正哲と外国で、何回か偶然に会ったことがあるだけです。
 私は今、北朝鮮政治と関係ない人間です。党代表者会に参加する理由もなく名分もありません。

 正男氏の「複雑な立場」がうかがえるメールなのですが、少なくとも正男さんが知っている、父・金正日は、「三代世襲を望んではいなかった」ようです。
 それでも、「北朝鮮の安定のためには、しかたがない選択だった」というのが正男氏の「公式のスタンス」なのです。
 少なくとも、正男氏は「現在の北朝鮮という国、そして三代世襲が世界の人々からどう見られているのか?」を客観的にみて、それに対して、なんらかの「説明」をする必要を感じているのです。
 北朝鮮の指導者層も「世界の目」を黙殺することはできないのでしょう。


 「あまり政治的な話には触れていない、あるいは触れることができない」インタビューやメールではあるのですが、「金正日総書記を父親として生まれ、資本主義の洗礼を受けてしまったひとりの男」の人生がうかがえる本として、興味深く読むことができました。
 そういう立場に生まれてきて、これだけ自分の言葉で語ることができる人は、そうそう多くはありませんから。


 「この本を読むと、今後の北朝鮮情勢がわかる」という内容ではなく、「金正男氏待望論」みたいなのも、「過剰な期待感」でしかないと思うのですが(だって、日本人がこの人に親近感を抱くのは「日本通」、「権力欲に乏しい(ように見える)」というイメージによるものだけですから)、「金正日さんも、指導者として、また、父親としていろいろと大変だったのだな」と想像することができる、貴重な一冊でした。
 

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