琥珀色の戯言

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【読書感想】堕ちた英雄 「独裁者」ムガベの37年 ☆☆☆☆

堕ちた英雄 「独裁者」ムガベの37年 (集英社新書)

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堕ちた英雄 「独裁者」ムガベの37年 (集英社新書)

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内容紹介
人種差別闘争の闘士から、腐敗した権力者に、そして最後は41歳差の妻の暴走をとめられず体制転覆、異国の地でひっそりと息を引き取った。
世界史上、独裁政権は枚挙に暇がないが、これほど絵に描いたような軌跡を辿った「独裁者」は類例を見ないだろう。
超長期政権、容赦ない粛清、ハイパーインフレ。名だたる独裁者のなかでもジンバブエの元大統領、ムガベの特異性は際立つ。
英雄はなぜ、独裁者となったのか。盤石の体制はなぜ、唐突な終焉を迎えたのか。
徹底取材でその世界史的意味を探った、最強の独裁者を追うノンフィクション。


 ジンバブエで、独立から37年間にわたって、独裁者として権力をふるい続けた大統領、ロバート・ムガベ。彼が辞任を表明したのは、2017年11月21日のことでした。
 

 たった一人の指導者の辞任に、人々が狂喜乱舞するのも無理はない。ムガベがこの国のリーダーになったのは、イギリスや白人政権の植民地支配から独立を果たした1980年、全人口約1600万人のうち、約8割を占める30代以下の若者にとって、リーダーが代わる経験は初めてのことだ。
 50ヵ国以上もあるアフリカ大陸で、ムガベほど長きにわたって権力を掌握し、さらには世界的にも注目を集めてきた指導者はほとんどいない。独立からわずか数年後、敵対する勢力を支持していた少数派民族のンデベレの制圧を指示し、2万人とも言われる人々を殺害した。クーデターを阻止し、権力基盤を固めるのが大きな狙いだった。
 そうかと思ったら、1997年には、独立闘争をともに闘い、生活に困っていた元ゲリラ兵約7万人には、財源のめどもないまま、一人50万円相当の一時金と月3万円相当の年金を支給することを決めた。
 1998年には、コンゴ民主共和国(DRC)の内戦に兵士1万人を派遣することを決定、4年にわたって4億ドル以上が使われ、国家財政を急速に悪化させた。国境を接してもいない国に兵士を派遣した理由について、「ムガベの妻のために買ったダイヤモンドの鉱山を守るためだった」とうわさされた。当時、コンゴに派遣された元兵士は「ムガベの指示なら、戦うしか選択肢はなかった。ただ、自分たちの敵が誰なのか、何のために戦っていたのか、最後まで分からなかった」と振り返った。
 これだけではない。2000年代に入ると、ムガベは、元ゲリラ兵たちが白人農家の農地に居座って白人を脅し、追い出すことを容認した。奪った農地は、農業の知識や経験が乏しかった元ゲリラ兵や側近に優先的に分配されていった。
 白人が多くの土地を占めていたジンバブエで、ムガベの土地改革は黒人の貧困層を中心に支持された。だが、食糧の生産量は一気に低下し、国連の世界食糧計画(WFP)の統計では、2000年に8億5000万ドルあった農産品輸出は、6年後には半分以下に減った。


 ムガベ大統領は、素晴らしい就任演説で世界を驚かせました。
 政策においても、教育を重視して、初等教育の無償化や奨学金制度整備し、国内の識字率は90%を超え、ジンバブエは「アフリカ髄一の教育国」と呼ばれるようになったのです。
 その教育が、長い間、ジンバブエの人々にとっては、大きな武器にもなっていたのです。

 その一方で、ムガベ大統領の政治は、どんどん「腐敗」していきました。支持者には、財源もないのに金をばらまき、再婚した若い妻のために贅沢な生活をおくるようになったのです。
 ムガベ大統領の晩年は、典型的な「堕落していく独裁者」でした。

 2008年に2億3000万%を超えるハイパーインフレが起こった際には、全人口の4分の1の約300万人が国外に逃れたそうですが、ムガベ大統領は、「この狂気の物価上昇はイギリスの陰謀だ」と発言し、コレラが流行した際にも、イギリスのせいにしました。もちろん、みんな呆れるばかり、ではあったのですが。

 独立時に英雄と称されたムガベは、いつしか、国民や欧米諸国から「独裁者」と批判されるようになった。不倫の末にムガベと結婚した41歳年下の妻グレースにいたっては、高級ブランド品の名前を取って、「グッチ・グレース」との悪名がついた。
 2003年に開かれた閣僚の葬式で、ムガベは欧米諸国を徴発するように叫んだ。「私は今もヒトラーだ。ヒトラーである私の唯一の目的は、国民のための正義、主権、独立、そして、資源への権利だ。もしそれらがヒトラーなのだとしたら、その10倍のヒトラーにさせてくれ。10倍だ」。
 2010年、アメリカの外交専門誌「フォーリン・ポリシー」は、世界の独裁者23人のランキングをまとめた。ムガベは、北朝鮮金正日総書記に続いて2位に選ばれた。この雑誌は、ムガベを「殺人的な暴君」と表現し、「反対勢力を拘束・拷問するなどした」と非難した。


 僕も、ムガベ大統領は「アフリカの独裁者で、『同性愛者は犬や豚よりもひどい』と暴言を吐く、とんでもない人物」だと思っていたのです。
 逆に、この本を読んで、独立初期は人種間の融和や教育重視など、まともというか立派な政治をしていたことに驚いたくらいです。
 
 こんな独裁者は嫌われて当然だろう、と考えていたのですが、著者が取材したジンバブエの人々は、「かつて英雄であった男」に対して、複雑な感情を抱いているのです。

 著者は、南アフリカ共和国アパルトヘイトを終わらせ、偉人として称えられ続けているネルソン・マンデラ元大統領とムガベ元大統領を比較しています。黒人差別をつづけた白人政権に異を唱えて政治運動をはじめ、獄中生活も体験するなど、このふたりが生涯でやってきたことは、途中までよく似ています。何がこの二人の後半生や世界からの評価を分けたのか、と疑問を呈しているのです。

 ムガベ大統領の評価に関しても、母国・ジンバブエの経済危機で南アフリカに移住したという34歳の男性は、こう述べていたそうです。

ムガベは確かに長く権力の座にとどまりすぎた。経済危機も招いた。でも、その責任は、ほかの側近にもあるはずだ。彼は私たち黒人のことを第一に考えてくれた。白人と仲良くした南アフリカネルソン・マンデラは、世界的には英雄として称賛されているかもしれない。でも、私にとっては、ムガベのほうが尊敬できる英雄だ」


(中略)


 ムビリミと同じ意見を持つ南アフリカ人にも出会った。フリーで音楽活動をしているフロイド・ケカナ(34)は「マンデラは白人と手打ちして、白人に国を売った。大多数の黒人は土地も持てず、今も貧困にあえいでいる」と批判した。
マンデラムガベ、どちらが英雄でしょうか?」と尋ねると、「そんなの疑いようがない。ムガベだ。白人から土地を奪い返し、白人支配を打破したのだから、彼こそが真のアフリカ人だ」と言った。
 彼らの考えは、私にとって、頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。


 「白人たちの世界」に近い、日本からみた「独裁者・ムガベ」と「理想の指導者・マンデラ」は、長年虐げられてきた側からは、全く違う見えかたをしているのです。
 マンデラという人は、「西欧諸国にとって、都合の良い存在だった」からこそ、称賛されている面もあるのかもしれません。
 それでも、僕はネルソン・マンデラという人の生きざまに、感銘を受けずにはいられないのですけど。
 権力の座に37年間も座っていたムガベと、大統領を1期のみで退いたマンデラの引き際の差もありますし。
 権力というのは、どんな人でも、長い間それを握っていれば、腐敗していくものなのだと思います。
 あるいは、腐敗していることに、自分では気づかなくなってしまう。

 南アフリカと国境を接するジンバブエは、少なくとも身近な犯罪に巻き込まれるケースは南アフリカより少ない。街中を一人で歩いていても危険な目に遭ったことはないし、暴動が起きていない限り、首都ハラレの街は平穏だ。
 国造りを担うのは黒人であり、白人の存在感は南アフリカに比べれば圧倒的に小さい。白人は独立後しばらくすると、ムガベの圧政に耐えかねて減っていった。今や人口の1%にも満たないほどだ。白人と黒人の経済格差を論じることはほとんどなくなった。
 独立当初、ムガベはこう演説していた。
「若者も年老いた人も、男性も女性も、黒人も白人も、生きていてもそうでなくても、全ての人がジンバブエ人となるのだ」
「過去の過ちを許し、忘れなければならない。過去に目を向けるならば、過去が私たちに示してきた教訓に目を向けよう。(中略)権力を持っていた白人が昨日まで私たちを抑圧していたからと言って、今、権力を持った黒人が白人を抑圧しなければならないという考えは、決して正当化できない」
 だが、その後のムガベは、国民の融和よりも、黒人の、黒人による、黒人のための政治に重きを置いた。現代風に言えば、黒人ファーストの政策を取った。明らかに豹変してしまったのだ。代表的な例が、白人の土地の強制接収だった。その結果、白人や欧米諸国からは嫌われ、「独裁者」と言われるようになった。
 ムガベは辞任に追い込まれる直前、マンデラについてこう批判していた。
マンデラは(自分の)自由を何よりも大事にし、なぜ獄中生活を強いられたのかを忘れてしまった」「(南アフリカの白人は)土地も産業界も企業も支配し、黒人の雇用主になっている。黒人が白人優位の体制から解放されていないのは、マンデラのせいだ」。マンデラが土地改革を実施しなかったことについても、「最大の過ちだ」と述べた。

 立場が違えば、ひとつの物事に対しても、見え方が違ってくるのは当然のことですし、僕のマンデラ、ムガペ、それぞれの元大統領についての評価も、必ずしも公正なものではないのでしょう。
 これまでの人間の歴史を考えると、「なぜムガベマンデラになれなかったのか?」よりも、「なぜマンデラムガベにならなかったのか?」のほうが、大きな謎であるような気もするのです。


自由への長い道 ネルソン・マンデラ自伝

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ネルソン・マンデラ (小学館版学習まんが人物館)

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マンデラ 自由への長い道(字幕版)

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