琥珀色の戯言

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Kitano par Kitano: 北野武による「たけし」 ☆☆☆☆


Kitano par Kitano: 北野武による「たけし」 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

Kitano par Kitano: 北野武による「たけし」 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

稀代の天才が、フランス人ジャーナリストにすべてを明かす!


コメディアンとしての出発から、テレビの顔、俳優、そして日本を代表する映画監督となるまで――。多面体「世界のキタノ」の本音に、フランスの敏腕ジャーナリストが5年越しの取材で迫る。生い立ちとエンターテインメントへの憧れ、亡き師匠との思い出、自作映画の解題、バイク事故で生死の境をさ迷った時の感慨、日本に対する思いまで、ひとりの「天才」の栄光と挫折を引き出した名インタビュー、待望の文庫化


このインタビュー、ミシェル・テマンさんというフランス人ジャーナリストによって行われたのですが、日本のメディアに対しては、どうしても「ビートたけしとしてのサービス精神」を発揮してしまう北野武さんの「真摯な面」がうかがえるインタビュー集だと思います。
村上春樹さんもそうなのですが、日本のアーティストには、海外からの取材には「本心」みたいなのを明かす人が多いのは、なぜなのでしょうか。
日本のジャーナリズムへの不信感なのか、「自分やその作品は、日本よりも、海外で高く評価されているから、わかってくれる人たちのために話したい」のか。


この本を読んでいると、「日本とフランスの有名人へのインタビュー内容の違い」を感じます。
このインタビュー集を読んでいて驚いたのは、後半3分の1くらいが、「北野武は、いまの日本、そして日本と世界との関係について、どう考えているのか」とか「政治的スタンス」についての話だったことでした。
正直、「政治家でもない、北野武のこんな話、あんまり興味ないんだけどな……」と思いながら読んでいたのですけど、フランスでは、映画監督だから、映画の話だけ訊けばいい、というわけではないんだなあ、と。
インタビュアーが日本人であれば、「北野武が自ら語る半生」とか「やってきた仕事についての話」ばかりで、「北野武と政治」に、ここまで踏み込もうとはしなかったでしょう。
フランスのインタビュアーは、「作品と本人」だけではなく、「この人は、社会・世界とどう関わっているのか」を重視しているのだなあ、と考えさせられたのです。

 絵を描くのは好きだね。ずっと好きだった。十年くらい前から、毎日のように寝る前に描いてるね。眠くなかったり、眠りたくない夜は、絵の具や鉛筆を使って絵を描いてる。数時間で一枚の絵を描きあげてしまうことが多いね。描き始めたら、その晩じゅうに完成させてしまうのね。デッサンが大好きでね。鉛筆やペンで描くことが、ずっと好きだった。紙切れに思いつくままにデッサンしたりもする。これは、俺の”落書き”だね。

僕はこれを読んでいて、北野武という人の「常軌を逸した仕事への情熱と勤勉さ」に驚かされました。
仕事を終えたら、「たけし軍団」を引き連れて、飲み歩いているのだろう、なんてイメージを持っていたのですが(もちろん、飲みに行ったりもしているみたいですけど)、多忙な中、家に帰ってきてからも寝る前に絵を描いているんですね……
そういえば、『アキレスと亀』っていう北野武監督の映画に出てくる絵は、みんな監督の作品だったんだよなあ。


北野武は、勉強家で、孤独と絵を描くことを愛する人物でもあるのです。


そして、芸術への情熱と同じように、「科学への興味」も、北野武は語っています。

 科学への興味は尽きることがないし、むしろ高まる一方。科学に対する信念は、いつも心につきまとってる。だって、俺たちが好きなことって、すべて科学がつなぎあわせてるんだよ。たとえば、文学だけにすごく興味を持つことってできないの。俺が惹かれるのは、科学と文学がつながってるってこと。いまの時代は残念なことに先進国でさえ、教育カリキュラムがうまく組まれている国がほとんどないじゃない。とくに日本がそうで、学校のプログラムは経験に基づくもんじゃなくて、断片的なものになっちゃってる。たとえば、科学が哲学と切り離されて教えられているとかさ。昔は自然の法則が哲学のおかげで明らかにされたり、数学の公式が哲学的に実験されることもあった。今だってこのふたつの教科は、ひとつの、あるいは同じ学科として教えられるべきだと思うよ。数学でも哲学でも、並行して、ふたつのものがどうやって永続的につながっていくのかってのを発見していけるから、今よりもっと機能的で、さらにもっと実用的な、複数の専門分野に及ぶような教育を実現してほしいね。そうなったら、これからの子どもたちはもっと幸せになるよ、間違いないよ。


北野監督は明治大学を中退されているのですが(のちに活躍が認められて、正式に卒業証書を授与されています)、本当に、大人になってからもずっと勉強しつづけてきた人なんだなあ、と思い知らされます。


個人的には、映画や政治の話だけではなく、もっとテレビバラエティでの仕事の話なども聞きたかったのですが、それはフランスではあまり興味を持たれていないためなのか、あるいは、北野監督があまり語りたくなかったのか、この本のなかでは、ほとんど触れられていません。
ただし、1998年から2002年にかけて放送された「ある番組」について、北野監督は、このように話しています。

 この番組は、さんざん批判されたけど、すごい成功だったと思う。視聴率もかなり良かったしね。この番組の影響力が大きすぎるって感じた人たちもいたみたい。局のプロデューサーのところにも、スポンサーがらみで嫌がらせの電話があったって聞いたしね。とにかく物議をかもしたわけ。多くの日本人にショックを与えもしたけど、すごく楽しませもした。日本に住む外国人に、日本をテーマに自由に批判させるテレビ番組なんて、これがたぶん最初だよ、そうでしょ? 四年間、続けられた理由はただひとつ、俺が本当にこの番組に入れ込んでたからだね。


 みんなが言うには、この番組のおかげで、この国のメンタリティは進化したって。外国人への理解が深まって、受け入れ方も改善されて、外国人が日本に溶け込みやすくなったって。ここ最近、日本における共生への努力は高まってると思う。もちろん完璧じゃないし、まだまだ完璧にはほど遠いけどね……。

 この番組の名は『ここがヘンだよ日本人』。
 ヘンな外国人たちが罵り合っているカオスな番組だなあ、というのが、僕のこの番組に対する率直な印象なのですが、そう言われてみると、たしかにこの番組は、「外国人への恐怖感の払拭」に役立ったような気もします。
 それにしても、たけしさん、この番組にすごく思い入れがあったんですね。
 番組に出演しているときの姿からは、そういう「情熱」みたいなものは、どの番組もそんなに変わらないように見えるのだけれども。
 いやむしろ、適当に流しているようにすら見えたりもするし。


 ビートたけし北野武に関する本は、ものすごくたくさんあるのですが、それぞれ本人が言っていることが少しずつ違っていたりして、その人物像は、知ろうとすればするほど、よくわからなくなってもくるのです。
 この『Kitano par Kitano: 北野武による「たけし」』は、偉大な映画監督・北野武は、フランス人にどう見られたがっているか、というインタビュー集でもあるのです。


 それにしても、北野武というのは休息しない人だよなあ、いつ眠っているのだろうか……

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