琥珀色の戯言

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【読書感想】「弱くても勝てます」: 開成高校野球部のセオリー ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

「弱くても勝てます」―開成高校野球部のセオリー―

「弱くても勝てます」―開成高校野球部のセオリー―

内容説明
フツーにやってたら勝てるわけがない。「弱者」はギャンブルを仕掛けるしかないんだ! 練習時間、グラウンド、施設――すべてが不十分! それでも東大合格者数1位の超進学校は、7年前に東東京大会ベスト16、今年もベスト32に勝ち進んだ。守備より打撃、サインプレーなし、送りバントもしない。どさくさで大量点を取って打ち勝つべし! ――秀才たちが辿りついた結論は、高校野球の常識を覆す大胆なセオリーだった。

この本、開成高校野球部を取材したノンフィクションなのですが、「弱くても勝てる」というか「勝てることもあります」という話なんですよね。

 開成高校(学校法人 開成学園)は、毎年200人近くが東京大学に合格するという日本一の進学校である。


(中略)


 いずれにしても、開成は受験シーズンになると毎年注目を浴びるのだが、スポーツの世界でその名を聞くことはほとんどない。ところが、平成17年の全国高等学校野球選手権大会の東東京予選で、同校の硬式野球部がベスト16にまで勝ち進んだ。最後に敗れた国士舘高校が優勝したので、ややもすると夏の甲子園大会に出場できたのである。
 なんで開成が?
 私は驚いた。そもそも開成に硬式野球部があったのか。くじ運がよかったのだろうか。しかし、くじ運だけでそこまで勝ち進むとは考えられず、さらには平成19年に「開成がさらに強くなっている」と聞いて、いよいよ頭脳プレイでも花開いたのかと思い、私は早速取材を申し込んで同校を訪れたのであった。

開成高校」=勉強ばっかりのはずなのに、なんで「そこそこ強い」のか?というのが、このノンフィクションのテーマです。
「頭脳の力ですごい野球をして、甲子園常連校をどんどんなぎ倒していく」というような、マンガみたいなストーリーを期待して読むと、ちょっと拍子抜けしてしまいます。
昔の野球マンガでは、ライバルとして、「コンピュータを利用したデータ野球で主人公たちを苦しめるガリ勉チーム」が必ず登場してきました。
開成高校野球部もそんなチームなのかな、と思いつつ読み始めると、このチームの意外な方針というか「ワイルドさ」に驚かされます。
開成高校がめざしているのは、「緻密なデータ野球」とは正反対の「超攻撃野球」なのです。


また、選手たちがみんな「自分の言葉で語っている」というか、なんか理屈っぽい連中だなあ、というのが、この本の面白さでもあるんですよね。
著者によると、開成高校の選手たちは「あんまり上手くない」というか、率直に言うと下手で「キャッチボールでさえエラーをする」らしいです。

「僕は球を投げるのは得意なんですが、捕るのが下手なんです」
 内野(ショート)の2年生はそう言って微笑んだ。「苦手なんですね」と相槌を打つと、こう続けた。
「いや、苦手じゃなくて下手なんです」
――どういうこと?
 私が首を傾げると彼はよどみなく答えた。


「苦手と下手は違うんです。苦手は自分でそう思っているということで、下手は客観的に見てそうだということ。僕の場合は苦手ではないけど下手なんです」


 野球ではなく国語の問題か? と私は思った。

あーめんどさい!
気持ちはわかる、わかるんだけど、もうオッサンになった僕としては、これは大変だな、と。
開成高校の青木監督は、グラウンドで練習できるのが週1回、3時間だけ+自主練習で、テスト期間は2週間くらい練習できなくなるこのチームが、「どうやったら勝てるか」を考えています。
学生野球の「一般的なセオリー」に従っていては、開成のようなチームには勝ち目がない、という会話のあとで。

――その、一般的なセオリーというのは……。
 私がたずねると彼は即答する。答えが瞬時に弾き出されるようだ。


「例えば打順です。一般的には、1番に足の速い選手、2番はバントなど小技ができる選手、そして3番4番5番に強打者を並べます。要するに、1番に出塁させて確実に点を取るというセオリーですが、ウチには通用しません」


――なぜ、ですか?


「そこで確実に1点取っても、その裏の攻撃で10点取られてしまうからです。送りバントのように局面における確実性を積み上げていくと、結果的に負けてしまうんです」


――なるほど。


「つまり、このセオリーには『相手の攻撃を抑えられる守備力がある』という前提が隠されているんです。我々のチームにはそれがない。ですから『10点取られる』という前提で一気に15点取る打順を考えなければいけないんです」


――どういうことなのでしょうか?


「1番から強い打球を打てる可能性のある選手です。2番に最も打てる強打者を置いて、3番4番5番6番までそこそこ打てる選手を並べる。こうするとかなり圧迫感がありますから」


――圧迫感?


 意外に単純な答え。要するに1番から打てそうな選手を並べるということで、単に「セオリーがない」ということではないだろうか。


「打順を輪として考えるんです。毎回1番から始まるわけじゃありませんからね。ウチの場合、先頭打者が8番9番の時がチャンスになる。一般的なセオリーえでは、8番9番は打てない『下位打線』と呼ばれていますが、輪として考えれば下位も上位もありません」


 確かに、一般的なセオリーは打線を直線的に考えている節がある。


「8番9番がまずヒットやフォアボールで出塁する。すると相手のピッチャーは、『下位打線に打たれた』あるいは『下位打線を抑えられなかった』とうろたえるわけです。そこへ1番打者。間髪を入れずにドーンと長打。強豪校といっても高校生ですから、我々のようなチームに打たれれば浮き足立ちますよ。そして、ショックを受けているところに最強の2番が登場してそこで点を取る。さらにダメ押しで3番4番5番6番と強打者が続いて勢いをつける。いったん勢いがつけば誰も止められません。勢いにまかせて大量点を取るイニングをつくる。激しいパンチを食らわせてドサクサに紛れて勝っちゃうんです」


 巧妙な心理作戦ということか。一般的なセオリーは確実性を重視する。確実に点を取り、確実に守る。その確実性を打ち破るのは何かと理詰めで考えると、「ドサクサに紛れる」ということになるのだろうか。


「いうなればハイリスク・ハイリターンのギャンブルなんです」

 これを読みながら、6人も「強打者」がいれば、けっこう強いんじゃない?とか考えてしまったのですが、とにかく開成高校は「強豪校のセオリー」に付き合わずに、超攻撃野球を貫いているチームなのです。
 そういえば、広島カープに就任した年のマーティ・ブラウン監督も「2番打者最強説」を唱えていて、前田智徳選手を2番に起用したりしていたんですよね。結局、打線は機能せず、選手も「やりにくい」ってことで、その試みは中止されたのですが、メジャーリーグではそんなに珍しくないのかもしれません。
 ただし、青木監督はこの方法について「1%の勝てる確率を10%にアップできれば大進歩」だと語っておられます。
「もともと実力があるチームは、セオリー通りのほうが強いに決まっているけれど、いまの開成高校には、このやり方のほうが可能性が高い」ということなのです。


 こんなチームが、「高校野球の常識」に挑んでいく、と言えばなんだかワクワクするのですが、当の選手たちは、「これで甲子園に行くんだ!」というタイプはほとんどおらず、「野球で、自分を試してみたい」というような選手が多いんですよね。
 勝ちたい、というより、「自分自身の課題を克服したい」という感じ。


 青木監督は、こんなことを仰っています。

「グラウンドでやるのは『練習』ではない」


 監督は意味不明なことを言った。


――練習じゃない?


「『練習』という言葉は、同じことを繰り返して体得する、という意味です。しかしウチの場合は十分に繰り返す時間もないし、体得も待っていられません。それにそれぞれが繰り返すべき何かをつかんでいないわけですから、『練習』やダメなんです」


――それで何を?


 私がたずねると監督は明快に答えた。


「『実験と研究』です」


――実験と研究?


「グラウンドを練習ではなく、『実験の場』として考えるんです。あらかじめ各自が仮説を立てて、それぞれが検証する。結果が出たらそれをまたフィードバックして次の仮設を立てることに利用する。このサイクルを繰り返していくうちに、それぞれがコツをつかみ、1回コツが見つかれば、今度はそれを繰り返して体得する。そこで初めて『練習』と呼ぶにふさわしいことができるんです」

ああ、開成高校らしいなあ。
でも、もしかしたら、こういう「実験と研究」を意識しながら野球強豪校のような練習をしてきた人が、イチロー選手みたいになっていくのかなあ、なんてことも、ちょっと考えてしまいました。


はたして、彼らは甲子園に出場することができたのか?
興味がある方は、ぜひ読んでみてください。
野球の話というよりは、「開成高校っていうのは、こんな人たちが通っている学校なんですよ」という本として読んだほうがよさそうなのですが、野球というスポーツの本質というか、その原型について考えさせられるところもありますし。


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