琥珀色の戯言

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【読書感想】善き書店員 ☆☆☆☆☆


善き書店員

善き書店員

内容紹介
6人の書店員にじっくり聞き、探った。この時代において「善く」働くとはなにか?500人超のインタビューをしてきた著者が見つけた、普通に働く人たちが大事にする「善さ」――。「肉声が聞こえてくる」、新たなノンフィクションの誕生。


この時代において「善く」働くとはなにか?
500人超のインタビューをしてきた著者が、現役書店員6名へのロングインタビューを敢行。
その肉声の中から探し、見つけ、考えた、体を動かし普通に働く人たちが大事にするようになる「善さ」とは――。
「肉声が聞こえてくる」、新たなノンフィクションの誕生。


話をうかがいはじめたら……すぐに、ああ、こういうゴツゴツとした手ざわりのある体験そのものを聞きたかったんだよなという手応えがあった。この分野ならずとも多かれ少なかれ抱えているものに、「書店員」という職業を通してさわっている気がした。いまの働く日本人にとって「これはあなたの悩みや思いでもあるかもしれないですよ」といいたくなるような声がたくさん聞こえてきて取材に夢中になったのである。――最終章「普通の人に、『長く』話を聞いて記録するということ」(書き下ろし)より。


この本、インタビューのプロである著者が、6人の「普通の書店員」に話を聞き、その内容をなるべくもとの会話に忠実にまとめたものです。
Amazonの影響や、電子書籍の普及、そして何より「本が売れなくなったこと」。
ネット上でも「リアル書店の苦境」は、頻繁に話題になっています。
でも、その「リアル書店の現場で働いている人」たちのナマの言葉って、あまり聞こえてこなかったんですよね。
「カリスマ書店員さんによる『武勇伝』みたいな話」は、それなりに伝えられているのですが、おそらく「書店員」の大部分であろう、「斜陽の業界で日々業務をこなしている、普通の人たち」の思考に触れる機会というのは、なかなかありません。
これは「書店員」だけの話じゃなくて、医療業界でも、小売業でもそうなんですけどね。
多くの人に伝えられるのは「突出したカリスマの言動」だけで、「その業界を支えている『普通の人』たちの声」は、表に出てこない。


この本では、書店員さんたちの「実際の仕事」も多く語られています。
書店の現場は多くが肉体労働であり、身体の負担も大きい。
そして、営業時間が長いので勤務は不規則になりがちで、給料も安い。


ジュンク堂書店の佐藤さんの話より。

 本屋のイメージって、好きな本を並べて、ちょこちょこ棚を整えてという感じかもしれませんが、ほぼ肉体労働ですよ。重いものを運ぶ場面が多いので、腰を痛める書店員さんはかなりいます。優雅に「この本いいわね」なんて楽しんでポップを描いたりするのは勤務時間中はむずかしいですよね……。たいがい、店の裏で「よっこいしょお!」ってやってる。ダンボールって重いですよね。私は文芸書を担当していて、文芸書と文庫とは同じチームでやってるんですが、ダンボールを開けた状態で九面(九冊分の表紙が見えているという意味)びっちり入っているものの重さは、すごいです。ぷるぷる震えちゃいますよね。つらい。
 本を棚入れするのにもけっこう動きますし、カウンターの業務も立ちっぱなしだし、座ってる時間はほとんどない。カウンターはいちばん楽しいかもしれません。うちの店は全員で順にカウンター業務をやるんです。時間割りみたいな表に決めてある。お店によっては、棚のお仕事だけする人とカウンターのお仕事だけする人とに分かれているみたいですけど。個人的には、誰でもカウンターをやることによってお店の様子もわかるし、そのうえで棚の仕事もして自分の担当ジャンルの専門的な業務もやってといういまの店のスタイルが好きですね。常連さんのこともわかるし、どんな問い合わせがくるかもわかるので。店の傾向が知れるし、それに私は、接客というのがやっぱり好きなんです。


 佐藤さんは「ポップ」について、こんなふうに仰っています。

(本の近くに説明やおすすめの言葉を記す)ポップについては、いろいろ言われもしますよね。ポップが乱立していてカリスマ書店員的なものがそれを描くみたいな状況に賛否両論ある。ポップって描くのが楽しいとは思います。描いたのを見て買ってくれる人がいるのも、うれしい。店の仲間たちが描いたのを見るのも楽しいですよ。いつもおもしろいのを描く子のを「今度はこうきたか、いいな」と思ったりする。
 個人的な好みでいえば、出版社さんから送られてくるような「泣ける!」みたいなのはあんまり好きではないですね。サプリメント的な作用は、私はそこまで本には望んでいないので。もちろん、その「泣ける!」の中にいい小説があったりもするとは思うのですが。ポップとしては「この人、ほんとにこの本が好きなんだな」とわかるものがいいな、と。愛してるんだなと伝わってくるのはじっと見てしまいます。


 恵文社の堀部さんの、ポップに対する見解。

 ぼくはポップで本を紹介するのがあまり好きではないのですが、それは本ってデザイナーのかたがたがそれぞれ作った美しさがあって、その美しさを壊したくないからなんですね。そのデザインされた表紙の文字組みだけでも、充分に情報量がある。

 書店員さんの中にも「泣ける!」という、いかにも「売るための過剰包装ポップ」に対して、あまり好感を抱いていない人もいるんだな、と、僕はちょっと安心しました。
 でも、そういうふうに推されている本のほうが、つまらなくても売れてしまうのもまた事実なのだろうな、とは感じるんですよね、やっぱり。
 この本でインタビューを受けている書店員さんたちはみんな「この書店にしかない『棚』をつくること」へのこだわりがある一方で、「普通の本や雑誌を、普通に売っていかなければ、書店というのは商売として成り立たない」ことを強調していました。
 僕のような「本好き」は、リアル書店をネット書店と比べて、あれこれ批判してしまいがちなのですが、現場の人たちは「本好きのお客さんは大事にしたいけれど、本好きだけを相手にしていては店が潰れてしまう」という認識を持っているのです。
 

 また「接客の重要性」について、多くの人が語っていたのが印象的でした。
 廣文館の藤森さんのお話から。

 児童書のあとには比較的小さな店に移ったので、割とどのジャンルもまんべんなく見るようにはなりました。そのへんから、ひとつポイントとして自分に必要だと思ったのが、接客ですね。これは、すごく奥が深い。それで大事な仕事なんだなと気づいたんですよね。本が好きだからお客さまにおすすめをする、それでつながるとかいうことではなくて、やっぱり人と人が接する時の心の持ちかたというのを追求しなければ、と。書店員としてどうのこうのという前に、もっと接客の部分を大切にしなければと思うようになったんです。この仕事の中で、もしかしたらいちばん大事なのがこの接客なのではないか、と私は考えています。
 いまでも、私はアルバイトさんの面接をする時にはそこを見ます。ほぼ100パーセントのかたが「本が好きだから」といいますし、それは本屋で働く以上は大事な要素のひとつではあるのでしょうが、それよりは、人と接することが好きだとか、お客さんが喜んでくださるのが好きだとか、そういう人のほうがいいですね。いまはほんとうにそう思います。アルバイトにきてくださるかたには、まず人に丁寧にしていただきたい。いまの時代、とくにネット書店などの別のサービスとの対比で、店に人がいて、手から手に渡すということの意味が重要になってきている。いままでは当たり前でしたけれど、いまは人を介さずに情報を入手できる時ですので、接客している私たちこそが、人としてお客さまと向き合って渡しているんだということに関しては、もう極端にいえば渡す本がなんであったとしてもいいんじゃないかっていうぐらい、きていただいて感じよく接するのが大事なのでは、と……。
 なにも、たいそうな接客をしなさいとかではなくて、ものすごい役に立つとかじゃなくていいから、ちょっとした親切さとか、案外、そうしたことで救われる、少なくともほっとする人はきっといるだろうなと考えているんです。

 僕のような「外野」は、Amazonと比較してのリアル書店の「不便さ」ばかりを採り上げてしまいがちなのですが、リアル書店で働いている人たちには「お客さんと直に接する機会があることは、メリットにもなりうるのではないか」と考えておられるのです。
 僕は正直「人と接するのはめんどくさい」という気持ちがあるのですけど、世の中には「人と接する温かみ」みたいなものを求めている人も少なくないんですよね。
 僕自身も「書店の空気」が好きで、リアル書店に通っているところはありますし。
「世の中には、こんなに本好きの人がいるんだなあ」って。

 
 現場の書店員さんたちも、きびしい環境のなか「生き残るための道」を模索しているのです。
 効率的すぎるAmazonには、できないこともありますし。


 ただ、この本で木村さんにインタビューされている6人の書店員さんたちにしても、読んでみると、丸善ジュンク堂といった「大手書店」に勤めていたり、『本屋大賞』の立ち上げに深くコミットしていたり、地方の歴史ある書店の御曹司だったりするわけで、「ちょっと特別な人」ではあるのです。
 僕としては、ひとりくらい、「なんとなく郊外の中規模書店でずっと働いているおばさん」みたいな人が入っていたらいいのにな、もっと「本当に普通の書店員さん」の話を聞いてみたいな、と思うところもありました。
 まあ、それだと退屈なインタビューになってしまうのかもしれませんけど。


「書店員の現状と今後」については、東京堂書店の小山さんが、こう仰っていたのが印象的でした。

 書店員のいまの状況について思うこと、ですか? 年下の人間に対しては、とにかく、ほんとうに好きじゃなければやめたほうがいいよといわざるをえない世界になっていますよね。なにかしらの思い入れがなければ、体を壊していくだけ。しかもこれから、労働環境はきびしくなっていくだろうなとは見えているわけですからね。

実際は、いま、この時代に「書店員として収入を得て、暮らしていけること」そのものが「普通じゃない」のかもしれません。
この本のなかにでてくる書店員も「同期や先輩・後輩が次々と辞めていった」ことを語っている人ばかりです。
仕事はきついし、給料は安い。
それでも「本が好きだから、書店で働いてみたい」という人はいる。
ある意味「本好き」の本への愛着を利用して雇い、使い潰しているのでは?などと思えてくるくらいです。
大手書店ですら、かなり離職率が高い。
(もしかしたら、「自分の棚をつくらなければいけない大手」よりも、「本部が仕入れた売れ筋本を並べるだけの中規模書店」のほうが、仕事はラクだったりするのかもしれませんが……)


この本は「書店業界にだけ、起こっていること」ではなくて、いまの日本という社会のあちらこちらで、「普通の人が、普通に働くことが難しくなっている」ことの貴重な記録であり、それでも、がんばって生きていこうとしている人たちの肉声でもあるんですよ。
リアル書店での仕事に興味がある人」は、ぜひ読んでみていただきたい。
そして、「30〜40代くらいで、自分が仕事で『カリスマ』になれないことを認めざるをえず、それでも生きていかなければならない人たち」にもオススメしたい一冊です。

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