琥珀色の戯言

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【読書感想】ニコニコ哲学-川上量生の胸のうち ☆☆☆☆


ニコニコ哲学 川上量生の胸のうち

ニコニコ哲学 川上量生の胸のうち


Kindle版もあります。

内容紹介
ニコニコ動画を育てあげ、KADOKAWA・DWANGOのトップとなった
川上量生氏が生き方、働き方の哲学を語りつくす。


ウェブメディア「cakes」(ケイクス)の大人気連載「川上量生の胸のうち」を単行本化!
もしドラ」の担当編集者でありcakesを率いる加藤貞顕氏が、川上量生氏の本音を次々と引き出していく。


「よくわからないからこそ、解きたいと思う」
「『しょうがないな』と思われるポジションをつくる」
「バカだとわかって、バカを一生懸命やるのが一番いい」
「とんでもなく悪いUIをわざとつくる」
「インターネットは多様性を減らしてしまう」……


常識とは真逆の結論、1億年先を考える思考、さらにテクノロジーと笑い――。若き天才経営者と呼ばれる川上量生の胸のうち、頭の中がわかります。


 この本を読みながら、僕は感動していました。
 ああ、世の中には、「天才」っていうのが、本当にいるものなんだなあ、って。
 川上量生さんって、すごいや。


 この本、川上さんの考えについて、「cakes」の加藤貞顕さんが、ひとつひとつ丁寧に確認しながら聞いていく、という内容なのですが、加藤さんは「はじめに」で、こんなふうに仰っています。

 一般的に、頭がいい人というのは、とても孤独なものです。だって、誰にも自分の本当のところをわかってもらえないんだから、そのことで傷ついたりしても、その気持ちを共有してもらえません。みんながバカに見えてしまうけど、そのことで相手を見下していると、さらに孤立してしまいます。
 で、そういう頭がいい人の生き方は2つあるのではないかと思います。ひとつ目は、みんなを憎んで生きていく。もうひとつは、それでもみんなにやさしくする。川上さんは、後者を選んだ人だと思います。ニコニコという事業は、ドワンゴという会社は、そういう川上さんの「やさしさ」を体現したものではないかと思うのです。


 それが「やさしさ」だと断言して良いのかどうか(「余裕」なのかな、とも思うから)、僕にはあまり自信はないのだけれど、川上さんという人は、インターネットとその利用者、そして、テクノロジーの未来に対して、すごく楽天的であろうとしているのではないかと思うのです。
 川上さん自身も、『ニコニコ動画』をはじめとするドワンゴのトップとして、あるいは、ブログをやっている人間として、あまりお上品とはいえないようなネットの反応を、直接浴びてきているはずなのに。
 「ブロマガ」でのユーザーのコメントなどをみていると、なんというか、この「はてな」よりもいっそう、気難しい、一斉に叩かれやすい場所なんじゃないか、と感じるくらいです。
 そんななかで、飄々とやり続けている川上さんというのは、本当に凄い。
 ただ、そういう川上さんの「精神的な強さ」を基準にされると、ドワンゴの各サービスにおけるコンテンツの製作者たちはつらいかもしれませんね。


 大きな話題となった、KADOKAWAドワンゴの経営統合について、川上さんは、こんな話をされています。

――記者会見で「この統合による、ドワンゴ側のメリットが見えない」という質問がありました。じつは、僕もそう思ってんです。そのときの川上さんの回答を聞いても、やっぱりよくわからなかったのですが、あらためて教えてください。この統合の、ドワンゴ側のメリットって、なんでしょうか?


川上量生いや、その「わからない」という感覚は正しいんじゃないですかね。だって、僕もよくわからないですから(笑)
 まあ、僕個人のメリットで言うと、僕はけっこう課題を与えられたい人間なんです。自分で壮大な問題設定とかをしたくない。問題設定をする仕事っていうのは、たとえば「日本国総理になって社会を変える」とか「Googleを超える世界一のIT企業をつくる」とかそういうこと。僕は、あまりそういう気持ちにはなれなくて。
 僕は課題があったほうがやりやすいんです。この統合って麻雀でいえば、KADOKAWA・DWANGOというごちゃごちゃした牌の組み合わせが与えられて「これでどういう”役”をつくる?」と問われているような状況だと思うんです。そして僕は、このKADOKAWA・DWANGOという配牌をおもしろいと思った。なにがおもしろいって、これで何の役をつくればいいのか、一見よくわからないから。


――はい。わからないですよ、これは。


川上:そうでしょう。僕自身、これに対して最適な解はないって、ひと目でわかりますよ。でも、可能性はすごく多いんですよね。打てる手が多い。こういうふうに、みんながなにをやれないいのかわからない状況だと、そこに競合相手がいない可能性が高いんです。誰も予想がつかない。それは、逆に成功しやすい状況だと思っているんです。
 もともとドワンゴってそういう会社だったんです。何者かよくわからないから、競合相手がいなくて独自のポジションを確立できた。そしてKADOKAWA・DWANGOってなったら、さらにわけがわからなくなりますよね(笑)


ーーたしかに(笑)


川上:よくわからないからこそ、やれることは多い。相当おもしろいことができると思います。それがいいと思いました。だから、加藤さんの「なんのためにやるのかわからない」っていう感想は正しいですよ。


 世の中には「この先どうなるか、すぐにわからないような難しい案件だからこそ、やる価値があるし、やってみたいと思う」という人もいるのです。
 そして、「そんなの無理だろ」という周囲の否定的な反応をもろともせず、限界(だと思われていたところ)を突破してしまう。


 このインタビューのなかで、川上さんは、『ニコニコ超会議』も、スタジオジブリ鈴木敏夫プロデューサーへの「弟子入り」も、「行くと決めたときは個人的な衝動に駆られただけで、なんの計算もしていなかった」と仰っているのです。
 「直感」みたいなものに頼っているようで、ちゃんと最終的には帳尻があっているのだよなあ。

川上:ニコニコ動画って、ユーザーの個人情報を勝手にさらすということをよくやるんですよ。


――えっ、たとえばどういうことですか?


川上:ゲームに勝った人のIDとそのとき見ていた動画を発表するとか、100万人目のユーザーのIDを公にするとか。実際には個人情報ではないですよ。ニコニコ用に設定したIDですから。でも、そういうことを、あえて許可をとらずにやるっているのがポリシーなんです。


―― ……普通の会社だったら、クレームを恐れてやらなさそうですよね。


川上:そうだと思います。でもニコ動は、やる。長期的にニコ動が自由な場であるためには、会社がクレームに対して鈍感である体質をつくることが重要だと思っています。


――クレームに対して鈍感である体質。


川上:日本って、自粛する社会なんですよね。クレーマーが文句をつけてくると、戦うより先に「申し訳ありません」と要望を受け入れて、どんどん自粛する範囲を広くしていく。テレビ局なんか完全にそうだから、ふれられない話題ばかりですよ。


――普通はクレームが来て、売上が落ちたり、ユーザーが離れたりするのが怖いから、ニコ動みたいな挑戦をしないわけです。そういうことは怖くないんですか?


川上:あまり落ちないし、そんなことでユーザーは離れないと考えています。むしろ、クレームに逐一対応するほうがリスクじゃないでしょうか。一度対応すると、次回も対応せざるをえなくなる。「今度は対応しないなんておかしい」と評判が下がるから。どんどん言いなりになるしかなくなるんです。その場をおさめるには言うことを聞くほうが楽かもしれませんが、将来的にはマイナスになると思います。


――前にお聞きしたUI(ユーザインタフェース)変更のお話ともつながりますね。


川上:そうです。普通の会社だったら、一度ダメなUIにしたらボロクソに言われて炎上して、もとのUIに戻しちゃったりするかもしれない。でも、ニコ動はクレームへの耐性があるから大丈夫なんです。まあ、炎上しているといえばしてるんですけど(笑)、今ではユーザーさんたちもなんとなく「言っても聞かないだろうな」って諦めてくれていると思います。


――ちょっとくらいの不満を呼んでも、自由度を確保するほうが重要だと。


川上:はい、そう思います。ネットサービスを運営する上で、自由度を確保するのはとても重要なことです。簡単に言うと、「この会社だったら、しょうがないな」と思われるポジションをつくること。


 『ニコニコ動画』のサービスって、完璧ではないのだけれど、その不完全さも含めて、ユーザーから、愛され、共感されているのです。
 たしかに、「この会社だったら、しょうがないな」って思わずにはいられない「何か」があるのです。


 そういうのは、「運」というか、「才能」みたいなものなのかな、というイメージがあったのですが、このインタビューのなかで、川上さんは、こう仰っています。

川上:ニコニコ動画が始まって最初の1、2年は、運営からのメッセージやコメントを全部僕が見ていたんですよ。見ていたというか、ほぼ自分で書いてました。


――「お知らせ」などの文章ですか?


川上:そうです、そうです。そこで、「しょうがないな」っていうイメージがつくようなことを発信していました。


 これって、川上さんはサラッと仰っていますが、すごく難しいことだと思うんですよ。
 言葉が足りなければ、「不親切」「ユーザーの声に耳を傾けない」って言われるし、前述のように、過剰に反応しすぎては、どんどん「言いなり」になっていってしまう。
 ユーザーの「しょうがないな」と「開き直りやがって!」の差って、ほんの少ししかないと思うのです。
 その「さじ加減」って、誰にでもうまく調節できるものではありません。
 やっぱり、この人は「天才」だとしか言いようがないのだろうな、と。
 そして、川上さんは「なるべくラクしたい」というスタンスなのだけれども、「ここがポイント」という場所を、ちゃんと見極めて、注力しているのです。
 もしかしたら、そうすることが、「長期的にみればラクになる」ことにつながる、というのを理解した上で、なのかもしれませんけど。


 ただ、『ニコニコ動画』も順風満帆、なところだけではなくて、これだけ影響力のあるメディアとなれば、そこで「ヘイトスピーチ」が流されることを問題視する声もあがってきています。
 それは、運営側が制限するべきではないのか、と。

――ヘイトスピーチについてはどう思われますか? これはニコニコのコメントでもありうると思うのですが。


川上:ヘイトスピーチはレッテル貼りですよね。手段として単なる悪口を言うという行動は、なくしていくべきだと思います。これはニコニコの運営者として取り締まるべき、合理的な理由がある。なぜならそういうことばかり言うユーザーが増えると、普通のユーザーが来なくなるから。


――たしかに、そうです。


川上:取り締まり方は常に考えていて、実際、投稿者のアカウントを削除するなどの対応をしています。それでも完全にはなくならないですよね。ただニコニコは、「韓国人に対するヘイトスピーチを特別に取り締まれ」といった意見には対応しません。


――え? ヘイトスピーチは良くないんですよね?


川上:テーマがなんであれ、ヘイトスピーチそのものはなくすべきです。でも、「韓国人に対するヘイトスピーチになりうるものは、すべて無条件に消せ」みたいな意見はおかしい。ヘイトスピーチの定義なんて簡単にはできないですから、どんどん拡大解釈されるだけです。ある特定のテーマの言論を規制すべきだ、という考え方に対しては、反対です。
 僕ら運営側としては、ヘイトスピーチは中身を取り締まるのではなく、手法を取り締まるべきだと思っています。中身の是非の判断は個別に当事者間でやってほしいですね。運営として踏み込むべき領域ではないです。


――なるほど、どちらの立場の情報も流すべきだ、というお話と一貫していますね。どんな立場の人であれ、議論する権利はある、と。


川上:そう。嫌韓、嫌中は取り締まるべき、といった単純なものではないんですよ。国と国との関係の間に、多様な意見や思いがあるということは、みんな知ったほうがいいと思います。

 川上さんは、ヘイトスピーチについて危惧しながらも、「特定のテーマに対する言論を規制するのは反対」だと立場を明確にされています。
 ああ、川上さんが言っていることは、たしかに「正しい」。
 ネットにも「自浄作用」みたいなものがあって、ヘイトスピーチばかり続けているような人は、周囲から相手にされなくなり、「淘汰」されていくのかもしれません。
 川上さんには、ユーザーの総体としては、そのくらいの能力があるはずだ、という想いがあるのでしょう。


 僕は正直なところ、川上さんが考えているほどユーザーは賢くない、というか、匿名の空間では、賢くないふるまいをしてしまいがちだし、ネットでの誹謗中傷というのは、やる側のコストに比べて、やられる側のダメージが大きすぎるのです。
 僕は、この問題はドワンゴの、ネット文化の未来を左右していくのではないか、と思っています。
 それが杞憂であることを、願ってはいるのですけど。

川上:インターネットに国境がない状態で何が起こるかというと、グーグルとかフェイスブックとかそういうグローバルなプラットフォームが国家みたいな権力を持ってくると思うんですよ。じゃあ、プラットフォームと日本政府のどっちに統治されるのが日本人にとっていいかというと、どう考えても日本政府でしょう。政府は、福祉政策とかインフラ整備とかやってくれますよね。でも、グーグルやフェイスブックはやりませんよ。今でも個人情報すら守ってくれない。

 川上さんって、理想主義者であるのと同時に、現実主義者でもあって、その両者のバランスを高いレベルで奇跡的に保っている人なのです。
 世の中には、こんなすごい人がいるのか、とあらためて驚かされるインタビュー集。
 ネットユーザーがみんな、川上さんみたいな人だったら、ネットはものすごい勢いで、人類を進化させていくのだろうな……

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