琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】禁忌の子 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

救急医・武田の元に搬送されてきた自身と瓜二つの溺死体。
彼はなぜ死んだのか、なぜ同じ顔をしているのか。
「俺たち」は誰なんだ。

現役医師が描く医療×本格ミステリ
第34回鮎川哲也賞、満場一致の受賞作

救急医・武田の元に搬送されてきた、一体の溺死体。その身元不明の遺体「キュウキュウ十二」は、なんと武田と瓜二つであった。彼はなぜ死んだのか、そして自身との関係は何なのか、武田は旧友で医師の城崎と共に調査を始める。しかし鍵を握る人物に会おうとした矢先、相手が密室内で死体となって発見されてしまう。自らのルーツを辿った先にある、思いもよらぬ真相とは――。過去と現在が交錯する、医療×本格ミステリ! 第三十四回鮎川哲也賞受賞作。


 久しぶりに小説、それも、引き込まれるようなミステリを読みたいな、と思い、『本屋大賞』で4位にランクインし、鮎川賞を受賞していたこの本を手に取りました。
 
 僕は「医者が書いた本」というのは苦手で、過剰に医療という仕事が美化されていたり、感動的な場面や、献身的な医療者が描かれていたりすると、「ああ、僕も医者になればよかったなあ」と、コンプレックスが刺激されるのです。
 じゃあお前はなんなんだ、って話なのですが、50歳を過ぎた「生命反応がある高配当株」とか「老朽化した税金支払いマシーン」みたいなものですね。こんなはずじゃなかったのに……

 それでいて、SNSで患者さんの批判ばかりするアカウントや「医者らしくない医者」アピールをしている人たちには「それでお金を稼いでいるんだから、不特定多数の前での顧客の批判は自重しようや」なんて思うことも多いのです。

 この『禁忌の子』は、医療を題材としたミステリとしてはかなり完成度が高く、不妊治療をめぐる医学的・社会的な問題への予備知識がないとわかりにくいのではないか、とは思うけれど、最近の「専門職ミステリ」というのは、このくらいの専門用語が飛び交っていないと、かえって読者に興味を持ってもらえないのかもしれませんね。
 読者は「面白いミステリ」であるのと同時に「読むことでちょっと専門家の仕事をかじったような気分になれる、賢くなれたような気がする話」を求めがちです。

 最近の「このミス」大賞や、文庫オリジナルの『ビブリア古書堂』シリーズなどの専門職日常ミステリを読んでいると、謎解き以外の蘊蓄で勝負!みたいなところもありますし、携帯電話や監視カメラがこれだけ普及した社会で「密室殺人」なんて、それが可能な状況をつくることに、みんな苦労している、というのが伝わってきます。

 ミステリなので、なるべく内容に触れないように、と思いながら書いていたら、なんだかもう何の感想だかわからなくなってきているのですが、この作品は、いちおう医療従事者である僕からみても、医者の人物像とか、専門医療に対する知識に違和感がなく(作者はこれまでちゃんと臨床をやってきた人なのだろうな、と思います)、現場を知っているだけに、過剰に美化することも、医療従事者を「聖人化」することもない等身大の人間として描いているのが印象的でした。

 そして、医療が進歩してしまったゆえの「どこまで人工的に命を生み出すことが許されるのか?」そして、「親ガチャ」や「親子の血のつながり」に関する問題など、さまざまな要素も取り入れられていて、「ミステリ」というよりは、「倫理テスト」のようにも感じたのです。

 ミステリとしては「ちょっと面白くなるまでに時間がかかるけれど(ただし、救急に自分と瓜二つの遺体が運ばれてくる、という導入部はかなり「読者を引きずり込む力」が強いと思います。僕だったら、きつい当直のときに面倒ごとを増やしたくないので、ドッペルゲンガー?とか思いつつもスルーしてしまいそう)、真ん中くらいからは、「どうしてこんなことが起こってしまったのか」気になって一気読みしてしまいました。

 この話が成り立つには、あまりに偶然の要素が強すぎるし、ミステリの「謎解き」の部分も、さんざん煽っていくわりにはちょっと物足りない。伏線っぽく散りばめられているエピソードも、中途半端に回収されてしまっています。
 いわゆる「どんでん返しのためのどんでん返し」という展開にも思えたのですが、こういうのがないと、なんだか満足できなくなっている自分も感じます。

 最近読んだ小説(ミステリ)のなかでは、かなり面白かった。
 人の感情を知るために、「推理」に足を踏み込んでしまう、というのは、米澤穂信フォロワーっぽくもあります。
 ホームズも、ポワロも、ある意味「人の気持ちがわからないからこそ、名探偵になれた」人なのかもしれません。
 最近のケネス・ブラナー主演のポワロの映画では「人の感情がわからないことに苦悩するポワロ」が描かれていて、それもまた、いまの「時代」なんだろうな、と。

 人が人を愛し続けるのって、難しいよね。そして、憎み続けることもまた、難しい。


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