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【読書感想】北朝鮮・絶対秘密文書: 体制を脅かす「悪党」たち ☆☆☆☆

北朝鮮・絶対秘密文書: 体制を脅かす「悪党」たち (新潮新書)

北朝鮮・絶対秘密文書: 体制を脅かす「悪党」たち (新潮新書)


Kindle版もあります。

北朝鮮・絶対秘密文書―体制を脅かす「悪党」たち―(新潮新書)

北朝鮮・絶対秘密文書―体制を脅かす「悪党」たち―(新潮新書)

内容(「BOOK」データベースより)
記者が秘かに入手した、あの国が「絶対秘密」と指定する内部文書。そこには、統制に抗い、管理から外れた「悪党」たちのたくましいまでの行動が描かれていた。金鉱山のヤミ採掘、放射性物質の密輸出、世界遺産地区からの文化財窃盗―。数々の経済犯罪は、市場経済の拡大から露呈した国家管理の限界でもあった。文書分析と北朝鮮住民たちへの直接取材の積み重ねから、閉鎖国家の現在と、その体制崩壊への道筋に迫る。


 この新書のタイトルを書店で見かけたとき、「うわー、なんか胡散臭いタイトルだなあ……」と感じたのです。
「絶対秘密文書」って、なんか妄想チックなクーデター計画とかが書かれた文書を入手したとか、そういう話なのだろうか。でも、その手には引っかからないぞ!

 もっとも、その「絶対秘密」とは、金王朝メンバーの赤裸々な生活が描かれた手記でもなければ、朝鮮人民軍のクーデター計画書でもなく、じつは北朝鮮の検察機関が捜査記録などをまとめたものでしかない。だが、文書に記されていた具体的な犯罪事例は、


・金鉱山のヤミ採掘
放射性物質の密輸出
世界遺産地区での文化財窃盗

 
 などと非常にバラエティーに富んだもので、単なる読み物だと考えても興味深い上に、そこに「犯罪者」として登場する、まさに「庶民」と呼ぶべき北朝鮮の人々の行動や思考には、国家崩壊への「要因」が満載されていたのである。
 なぜ、犯罪記録が国家崩壊と結びつくのか、ピンとこない向きがあるかもしれないが、そもそも犯罪とはその社会の規範を犯すことであり、逆に言えば、国家権力が何を規範とし、何を守ろうとしているかを示すものだ。たとえば、経済状況がつねに逼迫している昨今の北朝鮮においては、やはり中でも経済事犯が多いのであるが、北朝鮮の検察組織もそこを非常に重視していることが、「絶対秘密」の文書にもはっきりとあらわれている。


(中略)


 つまり、私が入手した「絶対秘密」の文書は、あの国では稀有な、「国家が恥部と考えているものを国家公認で治安機関が編集した文書」であり、それは厚いベールに覆われた閉鎖国家の内情を知るにおいては、じつに貴重な資料となるのである。
 そんな文書を読み込んだ結果として言えることは、多くの日本人がマスコミ報道を通じて抱いている、「北朝鮮の人々は国家から洗脳されて何も事実を知らない」、「国家の命令を唯々諾々と聞くだけの人形」、「窮屈な制度に縛られて息も出来ない」といったイメージは、間違いとまでは言わないまでも非常に一面的だということだ。


 ……実は、この「絶対秘密文書」って、北朝鮮の犯罪者たちに対する「検察組織の調書」だったんですね。
 新聞記者である著者は、きちんと「裏取り」もしていて、おそらく「本物」だろう、と。
 なぜ、犯罪についてのレポートが「秘密文書」になるのかというと、「ある国で行われている犯罪というのは、その国の現状の問題点(国民が不足だと感じているのは何か)を克明にあらわしているから」なのです。
 「理想郷」であることをアピールしたい北朝鮮にとっては「不都合な文書」であることは間違いありません。
 治安の状態や、経済活動の現状なども、このレポートからは伝わってくるのです。
 この文書と、実際に中国と北朝鮮の国境などで地道に取材を続けてきた情報と経験を掛け合わせて、著者は、「いまの北朝鮮」に迫っていきます。


 経済的には「統制」されているはずの北朝鮮で、さまざまな「経済犯罪」が行われ、財産を私有して豊かに暮らす人も出てきている。
 餓えや生活苦が採りあげられることが多い北朝鮮なのですが、「うまくやって、贅沢をしている人々」が、登場してきているのです。
 それは「体制側」にとっては脅威なはずなのですが、「いい生活をしたい」という市民・庶民の欲望はとどまるところを知らず、「格差」が生まれ、広がってきています。


 この本の30ページに、国境の川を挟んだ北朝鮮新義州)と中国の街(丹東)の景観の写真が載っているのですが、高いビルが立ち並ぶ中国側と、目立つ建物が何もない北朝鮮側のあまりのギャップに驚いてしまいます。
 宇宙からの写真でも、北朝鮮は、光にあふれた中国と韓国の間の「暗黒地帯」になっているのだとか。

 
 この新書のなかで、読み書きもできない農場労働者だった孔という男が、金鉱山のヤミ採掘でのしあがっていったという「犯罪」が採り上げられています。

 孔はブタ谷に金採取のため、磨鉱機などの機器を設置し、その隣には70平方メートルの労働者のための休憩室も建設した。そして、元の同僚である農場員たちを集め、金鉱労働者として使った。1日に平均5~7人の労働者を使い、毎日1500~2000キロの金鉱石を金鉱山から運び出させていた。軍部隊や郡人民委員会の前委員長をバックに持つ孔に対し、農場の幹部たちは作業員を横取りされても何も言えなかったという。
 また、金の採掘で大金を手にした孔は、女性関係も派手になったようだ。検察文書は、2006年5月から2009年3月までの間に、孔が20人余りの女性を家に連れ込んだと、その「好色ぶり」を批判している。

 
 いろんな意味で、「よくやるよ」という孔氏なのですが、北朝鮮でも、こういう「犯罪」が成立するということに、僕は驚いてしまいました。
 ちょっと体制に背くようなことをしたら、すぐに告発され、粛清されてしまうような社会ではないのか、と。
 この孔さんは、やりすぎたためか逮捕され、かなり厳しい処罰を受けたと予測されているのですが、北朝鮮にも「こういう人」が、近年増えてきているのです。
 隣には、経済発展著しい中国があるのですから、北朝鮮にも影響があるのは当然ですよね。

 米国の北朝鮮研究者であるマーカス・ノーランド氏とステファン・ハガード氏は、2011年に共同で『変革の証人―難民から観る北朝鮮(Witness to Transformation:Refugee Insights into North Korea)』と題する研究所を出版している。2004年から05年、そして08年に行われた中朝間を行き来する北朝鮮住民や韓国に居住する脱北者への聞き取り調査をまとめたものだが、同書によると、回答者のうち、北朝鮮に居住していたころに「市場取り引きを通じて収入を得たことはなかった」と答えた人は、わずか4%だったという。つまり、資本主義的行動は一切取らず、固定給与と配給で暮らしている人は、ほとんどいないということだ。
 では、ビジネスに従事して金持ちになった人はどのくらいいるのだろうか。金持ちがどのくらい存在するかについては、韓国の統一省が「5~10万ドル(500万円から1000万円)の現金資産を持つ富裕層は約1%、24万人程度」と推定している。私も北朝鮮の当局者から「資産10万ドル程度なら、平壌市内にはごろごろいる」と聞かされたことがある。
 また、ある北朝鮮住民は、「平壌市民の関心事は、自分が上位5%に入れるかどうかだ」と言っていた。「5%」は朝鮮語で「オプロ」と発音するが、「我が家はオプロに入った」という言い方をよくするそうだ。平壌の人口は約330万人だから、オプロは16万人程度。


 この新書を読んでいると、「北朝鮮にも、ここまで『資本主義の波』が押し寄せてきているのか……」と驚かされます。
 北朝鮮住民のなかには「うちの国は、表面は社会主義。でも中身は、もう完全に資本主義だ」と言う人も少なくないそうです。
 客観的にみれば、そうなっていてもおかしくないのだけれど、これまで、そういう実情は、あまり日本には伝えられてきていませんでした。
 そして、こういう世の中の変化が、金王朝存続にとっては、大きな問題となるだろうと、著者は予測しているのです。
 少なくともいまの体制では、国民の「豊かになりたい、いい生活をしたいという欲求」を満たすのは難しい。
 とはいえ、今さら資本主義世界の荒波に漕ぎ出していっても、北朝鮮の座る椅子が残されているのだろうか?とも僕は思うのですが……
 急激に「資本主義化」されていくことにより、「自分さえよければいい」という人が増え、マンションの手抜き工事や、覚醒剤の蔓延、電線泥棒など、社会がどんどん不安定になってきているのですが、あまりに不正が当たり前のことになってしまって、政府も手をつけられない。
 このままでずっとやっていくのは、難しいことは自明の理です。
 その終焉がいつになるかは、わからないけれども、そんなに遠い将来ではないだろう、と著者は考えているようです。
 

 ほんと、面白いんですよこの新書。
 北朝鮮の人も、なかなか「したたか」だなあ、と感心してしまいます。
 この「アオリっぽいタイトル」って、かえって逆効果なんじゃないかなあ……

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