琥珀色の戯言

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【読書感想】ときを感じる お宿図鑑: スケッチで巡るレトロ建築ガイド ☆☆☆☆

一度は泊まりたい宿建築を徹底解剖──。
その魅力に取り憑かれ、全国100軒以上、描きながら巡ってきた著者がおくる
宿の新しい見方・楽しみ方──。

建築を学ぶ傍ら古い宿の魅力に取り憑かれ、全国100軒以上を描きながら巡ってきた著者がおくるレトロ宿ガイド。東北から九州・沖縄まで、選りすぐりの35事例を掲載し、その見所を建物のスケッチと豪華な写真で徹底解剖。


 僕は40歳を過ぎたくらいから、建築というものに興味を持つようになってきました。
 それまでは、「古来の神社仏閣やお城、海外の境界や聖堂などはさておき、近現代の建物なんて、眺めることができるだけで面白いわけでも、中で遊べるわけでもないし、歴史的な物語が詰まっているわけでもないし、わざわざ観にいくようなものじゃないよな」と思ってはいたのですが。
 ル・コルビュジエサヴォア邸なんて、トミカのミニカー用の駐車場の建物の隅っこに、こんなの建っていた記憶があるな、という程度の認識でした。

 しかしながら、興味を持ちはじめてみると、建築というのは、その時代の「人間はどういう生活を送るべきか」という思想やデザインと実用のバランス感覚などが反映されていて、なかなか興味深いものではあるのです。
 そして、神社仏閣などの歴史的建造物に比べて、家屋や宿泊施設、商業施設やオフィスなどの近現代の建物というのは、「実際に使われている」だけに、長期間保存されているものは少ない。
 誰かの「これを次の世代、時代に遺そう」という意思がなければ、古くなって不便だから、安全性に問題があるから、と更新されていくのが「普通」なのです。

 この『お宿図鑑』、著者たちが実際に巡り、宿泊した全国100軒以上の「レトロな宿」が、建築学科で学んでいるという著者がその宿の構造がわかるように描き、丁寧に見どころのコメントがつけられたイラストとともに紹介されています。
 「レトロ」という言葉は便利ですが、そんな軽々しいものではなくて、「伝統を守り続けてきた宿」と言うべきなのかもしれません。
 
 やっぱり、建築を仕事にするには、絵が描けて、デザインのセンスが無いとダメなんだなあ、と僕自身の絵心のなさを痛感したり、コメントを全部読んでいこうとするとけっこうなボリュームだし、老眼が進行している僕にはキツいなあ、と思うところもありました。
 本文を読み、イラストと写真を眺め、イラストの建築に関するコメントはざっと流し読みする、という感じではあったのですが、こういう本は、一度にきっちり読む、というよりは、手元に置いて、ときどき思い出して1軒、2軒拾い読みをするか、行ってみたくなったタイミングで、行き先を決める時に開いてみるのが良さそうです。

 僕自身は、そんなに旅行が好き、というわけではないですし、どちらかというと、出張先の必要最低限のものしか置いていないビジネスホテルの机で、買ってきた本を読んだり、ベッドに寝転がってホテルのWiFiYouTubeをダラダラを観たりすることに小さな幸せを感じる人間なのです。

 この本に載っている宿は、すごく雰囲気は良さそうだけれど、交通の便が悪かったり、宿の人たちも「伝統を守ってきた者」としてのプライドが感じられたりして、「ちょっと気軽に行ってみよう」というのは難しそうな場所も多いのです。
 『東京ステーションホテル』などは、交通の便は文句なしなのですが、ネットで検索してみたら、1泊10万円くらいで、うーむ、少し足せば、PS5Proが買えるな……とか、つい考えてしまいます。体験はお金では買えないのもまた事実ですし、一度は泊まってみたいものですが。

 著者も触れておられるのですが、新型コロナ禍や後継者不足で、遺ってきた「レトロな宿」も、近年閉鎖されてしまったところが少なからずあって、これからもずっと遺っているかどうかはわからないのです。
 「お金を出せば泊まれる」ということは、商業施設でもあるので、「採算が成り立たなくなってまで『文化財だから潰さないで』と周りが強制できるようなものではない」とも言えます。


 修善寺温泉の「新井旅館」の項には、こう書いてありました。

 なお令和四(2022)年には創業150周年を迎え、それに合わせて館内の修繕を行なっている。各所の窓が新品の木製建具に入れ替わり、電気系統も一新。さらに各棟の耐震改修も徐々に進められており、仲居さんによれば「次の100年間も安心して使えるように」とのこと。今日ではもう建てることができない文化財建築は、こうして愛情を込めて手をかけて後世に受け継がれていくのだ。


 昔のものを遺していこう、とはいうけれど、昔のままで、ただ放っておくとか、ちゃんと掃除をするくらいでは、昔のものは遺らないのです。
 外観や基本的な構造を維持しながら、定期的な修繕や安全性を確保し、電気や水道などのインフラを維持していくことを考えると、新しく建て替えるよりも、費用がかかるかもしれません。
 それでも、遺したい、という誰かの意思があり、経済的にもなんとかなってきたからこそ、これらの宿は、生き残ってきたのです。

 本の中に「宿泊の作法を心得る」というコラムがあって、「飲食物を無断で持ち込まないように」とか「料理はなるべく残さないように」ということまで書かれていて、こんなことまで注意しておかなければいけないの?と思ったのですが、あらためて考えてみると、僕自身も、「旅館」には、10年以上泊まっていないんですよね。
 実際、「旅館には泊まったことがない」という若者は、けっこういるのではなかろうか。修学旅行とか部活の合宿とかは、最近でも「旅館の大部屋で雑魚寝」のことが多いのかなあ。

 「和式便所の存在は知っているけれど、使い方がよくわからないから入りたくない」という子どもたちの話もけっこう聞きますし、「レトロな宿」じゃなくても、「旅館に泊まる」というだけで、敷居が高い時代になってもいるのでしょう。
 「旅情」「人とのふれあい」は3人称的には魅力的ですが、自分が泊まるとなると、「チェックイン、アウトも予約しておけば機械ですぐにできるホテル」を僕も選んでしまいます。
 だからこそ、こういう伝統的な宿に泊まるのは、それだけで、「冒険」としての面白さもありそうです。
 
 年に1軒ずつでも、こういう宿に泊まって、「あー、結局何もやることないねえ」とか言いながら、周囲を散策したり、窓の外をボーッと眺めてみたりしたいものですね。
 すぐに役立つ、というわけじゃなくても、いつか利用するときのために、あるいは「忙しい中で、気分だけレトロ宿体験」のために、本棚に一冊、置いておきたい、そんな本です(『ときやど』という情報サイトがあるので、「伝統的な宿」に宿泊したいときの最新情報はそちらで確認したほうが良さそうです)。


www.tokiyado.net
www.tokyostationhotel.jp
arairyokan.net
fujipon.hatenablog.com

※僕はこのドラマの深川麻衣さん、すごく好きです。ちなみに『お宿図鑑』で紹介されているのはクラシックなレトロ贅沢な宿がほとんどで「ボロ宿」ではありません。

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