内容紹介
子どもの頃、どんな本を読みましたか? 心を揺さぶられた物語、勇気をもらった言葉、憧れの主人公――小川糸、森見登美彦、宮下奈都、辻村深月、吉岡里帆をはじめ、作家、女優、映画監督ら70名が、「根っこ」となった大切な一冊について綴るエッセイ集。あの頃のドキドキやワクワクがよみがえり、大人になった心に響く一冊です。
この本を書店で見かけたとき、「いま、子どもに読ませたい本」みたいな内容なのかな、と思ったんですよね。
実際は、自分自身が子どもの頃に読んで、面白かった本、忘れられない本の思い出を作家・芸能人・文化人などが自由に語る、という内容でした。
「だから役に立たない」というわけではなくて、「本好きの人が、思い入れの強い一冊について、自分の言葉で語ること」って、すごく面白いなあ、って。
僕も読んだことのある本が少なからずありましたし、あんなに本を読んだつもりだったのに、知らない本がたくさんあるということも思い知らされました。
僕だったら、どの本のことを書こうかな、なんて考えずにはいられなかったんですよね。
平松洋子さんが語る『いやいやえん』。
「いやだい。ほいくえんなんかいやだい」
「いやだい。なくのなんかいやだい」
「いやだい。おべんとうなんかいやだい。さんどいっちをもっていくよう」
「いやだい。こんな、女のようふく!」
きっぱり一刀両断、言い放つしげるは、鼻をぴくつかせて大えばり。「いやだい」の四文字は読むだけですかっと痛快で、小躍りしたくなった。
(あたしだって言ってみたい)
しげるが「いやいやえん」に入ったら、みんなおかたづけのときに鬼ごっこをするわ、怒ったおもちゃがぜんぶ出ていくわ、噛んだり蹴ったり叩いたり、悪さのし放題。ふだん通っているちゅーりっぷほいくえんは約束ごとが山ほどあるし、勝手に破ったらはるのせんせいとなつのせんせいに物置に入れられるのに、「いやいやえん」は好き勝手ができて居心地いいなあ。しげるはがぜんうらやましくなるのだが、おなかが空くにつれ、ちゅーりっぷほいくえんに恋しさが募る。寄る辺ない気持ちを味わい、迎えに来たおかあさんの背中でしみじみつぶやく。
「あしたになったら、ちゅーりっぷほいくえんにいくんだ」
ああ、懐かしい。
この絵本、1962年に刊行されたので、僕が子どもの頃には、すでに「定番」だったのだと思います。
そして、いまのうちの本棚にもあって、僕が「いやだい」を読むたびに、子どもたちは嬉しそうにしていました。
僕もいやだったんだから、息子がいやなのも、しょうがないよね。
自由って、手に入れてみると、意外と張り合いがないんだよなあ。
この人がこの本を選ぶのか……と意外なものもあれば、子どもの頃から、こういうのが好きだったのか、と感心してしまうようなチョイスもありました。
平山夢明さんの『冒険手帳』は、その後者の代表的なものです。
で、オイラが今でも忘れられないというか、かなり気に入っているのが、この動物を喰う章に入っていた、単なるおまけのエピソード。それは『かつて、フィジーなどでは人間も喰っていた。だから彼の地ではこんな諺がある。どんな親友でもふたりきりで山奥に行ってはいけない。帰りはひとりで帰ってくる』っていうやつ。しかも、この後で人間の喰い方が書いてあった。まずは毛を焚き火で焼き落としてから……とかってね。鳥に味が似ているとか、腿が旨いとか洒落で書いてあるんだけど、そこまでの過程がかなり生々しくキチンと書いてあるから、あれはズキンときた。衝撃でしたね。あの本だけは何故か何度も読み直す癖があって、引っ越ししても持っていたんだけど、今回、原稿を書こうと思って探したら消えてました。面白くて不思議な本でしたよ。
「子ども向け」の雑学本って、ときに読んでいてびっくりするほど残酷な話が、さらっと書かれていたような記憶が僕にもあります。
そういうのって、なかなか忘れられないんですよね。
まさに「トラウマになってしまう」のです。
僕が記憶しているのは、「夜、布団から手や足を出して寝ていると、戦で手足を失った平家の落ち武者が、その手足を奪いにくる」というのと、「人間は24時間おしっこをしないと、おしっこの毒が全身にまわって死んでしまう」というものです。
前者は、今から考えると、子どもが寝冷えしないための警告、みたいなもので、後者は、無理やり詰め物をして尿道を塞いでしまわないかぎり、どんなに我慢しても24時間出さないなんてことは無理(我慢しても自然に漏れ出てしまう)なので、腎臓が機能していて、おしっこが作られている状況なら、それで死ぬことは不可能、なんですよ。
でも、後者のほうは、小学校高学年くらいまで、けっこう本気で「あと22時間ガマンしつづけたら、死んでしまう!」とか思っていました。
宮下奈都さんは、『飛ぶ教室』の紹介の冒頭で、こんな話をされています。
十歳というのはおもしろい歳だと思う。
あるカメラマンが、いきいきした被写体としての小学生なら三、四年生がベストと話していたが、それもよくわかる。一、二年生はまだ赤ん坊だし、五、六年生になると格好をつけるようになる。三、四年生がちょうど一番子供らしい子供というわけだ。
うちの子供たちは一年生・四年生・六年生だ。見ていると、わかる。ほんとうは一年生にも四年生にも六年生にも自意識はある。ただ、その硬さが変わる。一年生ではへにゃへにゃしていたものが、六年生にもなるとピンと立っている。その中間の年頃は、からだの内側ではいろんな気持ちがぐるぐる渦巻いているのにうまく表現できない。表現できないから、もどかしい。それがピークになるのが四年生、すなわち十歳。十歳を過ぎれば、それぞれの自意識の形をなんとか表現できるようになってくるのだ。
十歳は少し迷っている。今まで好きだったものをまだ好きであり続けながらも、もっと広いもの、もっと深いもの、もっと鋭いもの、いろんな「もっと」を探している。人生の真剣さみたいなものを探し始めている。
子供の頃の記憶って、けっこう曖昧なものが多いのですが、僕自身、十歳くらいから、「これは、あのときのことだ」と、はっきり思い出せるような記憶が多くなるような気がします。
小さな頃から好きだったものへの未練と、新しいものへの興味が拮抗する時期、というのも、たしかにそうだなあ、って。
思い返してみると、十歳までに読んだ本って、その後の人生で自分が好きになるもの、興味を持つことに、大きく影響しているように思えるのです。
「そういうものが好きだったからこそ、その本を読んだ」という順番なのかもしれないけれど。
「子どもに読ませたい本」を選ぶためというよりは、子どもの頃の「本が大好きだった自分」に再会してみたい大人たちにおすすめです。
なんのかんの言っても、子どもは、「読みたい本しか読まない」ものだし。
- 作者: 中川李枝子,子どもの本研究会,大村百合子
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