琥珀色の戯言

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【読書感想】マンガ好きのためのマンガ家インタビュー集 ☆☆☆

マンガ好きのためのマンガ家インタビュー集

マンガ好きのためのマンガ家インタビュー集

内容紹介
雑誌『Febri』で連載中のマンガ家ロングインタビュー企画が待望の書籍化!


マンガとの出会い、影響を受けた作家、描き始めたきっかけ、ヒット作の裏に隠された制作秘話――
日本を代表する人気作家が、その半生、マンガへの思いを語ります。


【掲載作家】
石黒正数/沙村広明/施川ユウキ/結城心一/石川雅之/岩原裕二
弐瓶 勉/ゆうきまさみ/星野リリィ/鈴木 央/木尾士目/藤田和日郎
久米田康治/椎名高志/赤松健/高河ゆん(本書録り下ろし)


 「マンガ好きのための」とタイトルにあるのですが、上記の「掲載作家」を見て、「おおっ!」と思うくらいの「マンガ好き」には、刺さるインタビュー集だと思います。
 僕は自分なりに「マンガ好き」のつもりではいたものの、この20年くらいのマンガに関しては、ほとんどついていけていない、ということを再認識させられました。
 だからこそ、この本を読んでいて、「この作品、読んでみたいなあ」というものを、けっこう見つけることもできたんですけどね。


 この本の「あとがき」で、インタビューを担当したライター、宮昌太朗さんと前田久さんが、この本のコンセプトについて語っておられます。

宮:取材をする作家さんはいつも『Febri』の担当編集と相談しながら決めていくんですけど、この連載記事が始まった当初にひとつ意識していたのは、ニューウェーブ以降のマンガ家さんを取り上げたいな、と。80年代後半から90年代初頭の、青年誌がいろいろ出てきた頃から活躍し始めた作家さんのお話って、そんなに世に出ていない印象があったんです。


前田:確かに、70年代〜80年代から活躍されている作家さんだとか、もっと遡ってトキワ荘世代みなさんのインタビュー記事はけっこう残っていますけど、そのあたりの作家さんのまとまった発言は少ないかもしれませんね。なるほど、そういう理由で、当時の『ヤングキングアワーズ』の看板作家・石黒先生、その次の回が『月刊アフタヌーン』の沙村(広明)先生という……。


 すみません、『ヤングキングアワーズ』、ここで初めて知りました……
 あらためて考えてみると、たしかに、トキワ荘世代の「レジェンド漫画家」たちや『週刊少年ジャンプ』で大活躍した漫画家たちのインタビューというのは、けっこう収録されているような気がします。
 しかしながら、それ以降の時代、ちょっとマイナーな雑誌となると、ジャンルが細分化し、人気も分散したんですよね。
 この本では、そういう時代を生き抜いてきた漫画家たちのインタビューがまとめられているのですが、才能にあふれ、なんとなくやっているうちにプロになってしまった、という人もいれば、自分には実力がないからとひたすら描きまくって、なんとか連載を持てた、という人もいます。


 登場してくる作家さんたちは、1960年代から70年代の生まれが多くて、僕と同世代なんですよね。読んできた、影響されてきた作品にも、親近感がありました。

 
 施川ユウキさんの回より。

——施川さんは10年以上のキャリア(インタビュー時)になるのですが、子供の頃からマンガ大好きだったのでしょうか?


施川:マンガは、子供の頃から他の人よりも読んでいたと思います。小学校の頃は『週刊少年ジャンプ』で、中学になると『週刊少年サンデー』『週刊少年マガジン』。その他に『スピリッツ』や『ヤングマガジン』も欠かさず読んでいました。発売日になると学校の帰り道にコンビニに寄って、目当ての作品だけ立ち読みしたり。あと、ファミコン世代ということもあって『週刊ファミ通』に連載されていた、桜玉吉さんの『しあわせのかたち』にすごくハマりました。


——世代的にはまさにそのタイミングですよね。


施川:第2巻の発売日が小学校の修学旅行と被っていたんです。旅行を休んで発売日に手に入れたい!と思うくらいハマっていましたね。当時の『ファミ通』は面白くて、他にも鈴木みそ先生の『あんたっちゃぶる』があり、片山まさゆき先生の『大トロ倶楽部』があり。あと吉田戦車さんや荒井清和さんも連戦していて、しかも、投稿コーナー(ファミ通町内会)がとにかく面白かった。投稿コーナーだけは、大人になってからも、ちょくちょく読んでいましたね。「好きな4コマは?」と聞かれると、塩味電気とか、とがわKとか、そこで常連だったハガキ職人の方の名前を挙げるんですけど、「は?」という顔されるんですよ。


 僕には、この施川さんの話、「わかりすぎる」ので、嬉しいような、困惑してしまうような……
 それにしても、小学校の修学旅行を休んでまでも、って、帰ってきてから買えばいいのに!って思うのは、僕が大人になったからなんでしょうね。


 『もやしもん』の石川雅之先生は、大先輩についてのこんな話をされています。

——『純潔のマリア』といえば、やはり、第15話の戦闘シーンが圧倒的だったのですが、これに限らず描き込みの量がスゴイですよね。


石川:以前、いしかわじゅんさんがおっしゃっていたんですけど「マンガ家が描いたものだけが、マンガの中に存在するんだ」と。マンガ家が描かなければ、空も人も家も存在しない。どこまで描くかが、そのマンガの世界だと。それを聞いて「僕は描き込みますよ」と思ったんですけど、その後いしかわ先生に「こいつはマンガの省略を知らないヤツだ」と言われてしまって。前と言っていることが違う!(笑)


 写真には、偶然うつってしまう、ということがありうるし、それが面白さでもあるのだけれど、絵画やマンガでは「描かれているものには、すべてなんらかの理由や意味がある」ということなんですよね。
 こういう「前と言っていることが違う!」って、「先輩あるある」だよなあ。


 『うしおととら』の藤田和日郎先生は、初代担当編集の武者さんとのこんなやりとりを語っておられます。

藤田:『連絡船奇譚』が掲載されたときに初代の担当編集の武者さんと知り合うんですけど、マンガの描き方は武者さんに叩き込まれたようなものだと思います。最初に「お前が考えていることは1から10までダメだ」って、プライドをボロボロに崩されて、そこからだんだんと教わっていった感じですね。この前、武者さんにその話をしたら「そんなに厳しくしたかなぁ」って言われたんですけど(笑)。


——武者さんに見せに行ってダメ出しをもらう日々だった。


藤田:そうですね。『連絡船奇譚』のあとに『メリーゴーランドへ!』という短編が掲載されるんですけど、そこからは迷っていましたね。持っていくネームがことごとくダメ出しされるんですけど、そうなると自分が面白いと思っていることが根底から揺らぐ。俺の考えは通用しないのかなって思っちゃうんです。そのときに武者さんから「そもそもお前、感動って何かわかるか?」って言われたんですよね。「感動っていうのは、人の心が変わることなんだよ」と。
 

——なるほど。


藤田:その言葉には本当に救われました。マンガ家って誰でも、最初は「何を描いてもいいよ」って言われるんです。でも、それって逆に言えば漠然としていてつかみどころがない。恋愛ドラマもあればSFもホラーもあるし、いろいろなマンガがあるわけで、途方に暮れるんです。でも、武者さんは「人の心が変わるのがドラマだし、感動なんだ」と。「それ以外のネームは見ないよ」って、そこに一本、道を通してくれたんです。それからは「人間の心が変わるというのはどういうことなんだろう?」と考えながら描くようになって。もちろん、わかったからといって、すぐにできるようになったわけじゃないですよ。それから何度も持ち込みを続けるんですけど、ひとつの指針にはなった。


「感動とは、人の心が変わること」か……
当たり前のようで、ここまでシンプルに言葉にするのは、なかなか難しいよなあ。
武者さんは厳しい担当編集者だったようですが、この人がいなかったら、藤田先生の作品は、違ったものになった、あるいは、世に出ることはできなかったのかもしれませんね。


 あと、久米田康治先生のこの発言の率直さには、思わず笑ってしまいました。

久米田康治絶望先生』は、掲載誌を変えたのが一番大きいんです。同じことを同じ雑誌で延々やっていると、飽きられちゃうんですよ。であれば、河岸を変えるしかない。


——あはは。


久米田:ズルい話なんですけど。いつもそれに関連してMr.マリックの話をするんですけど、彼は日本で飽きられたあと、アジアを巡回して荒稼ぎをしていたらしいんです。それと同じように、『週刊少年マガジン』なら、同じことをやってもまだ知らない人がいるだろう、と。


 同じようなことをやっても、「河岸を変える」と、案外通用してしまう。
 その作品に合った媒体に載る、というのも、けっこう大事なことみたいです。


 インタビューされている作家たちに興味がある人は、一度手にとってみてください。
 ありそうでなかった、貴重な証言集だと思います。


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