琥珀色の戯言

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【読書感想】町山智浩の「アメリカ流れ者」 ☆☆☆☆

町山智浩の「アメリカ流れ者」

町山智浩の「アメリカ流れ者」

内容紹介
TBSラジオ「たまむすび」の人気映画コラムがついに書籍化。
映画は、何も知らずに観ても面白い。でも、知ってから観ると100倍面白い。観てから知っても100倍面白い!


スター・トレック BEYOND』『ジャンゴ 繋がれざる者』『フューリー』『この世界の片隅に』『ブレイキング・バッド』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』『レヴェナント:蘇えりし者』『クリード チャンプを継ぐ男』『テッド』『トランスフォーマー/ロストエイジ』他、合計21本の傑作コラムを収録。


もしも町山さんと旅をしたらトラブルが多そうですが(笑)、「映画の世界の旅」なら話は別! ! 当代随一の映画案内人のガイドは、とにかくおすすめです!
赤江珠緒(「たまむすび」パーソナリティー/フリーアナウンサー)


 TBSラジオ「たまむすび」で町山智浩さんが映画について話すコーナー「アメリカ流れ者」を書籍化したものです。
 御本人によると、書籍化用に町山さんの発言だけに絞って言葉を書き直しているので、「行儀が良すぎる! 落ち着きすぎ!」だそうです。
 もともと、ラジオでは赤江珠緒さんや山里亮太さんとの掛け合いで進められているコーナーでもあり、番組を聴くのがいちばん「伝わる」のではないかとは思うのですが、やっぱり町山さんの映画の話は面白い。
 『ムーンライト』とか、僕は正直、「何の話なんだかよくわからない」と、首をかしげながら映画館を出てきたのですが、この本で町山さんが語っているのを読むと、僕の感性に問題があったのかもしれない、もう一度観てみようかな、と思えてきます。


 この本で最初に紹介されているのが『スタートレック BEYOND』なのですが、僕は『スタートレック』シリーズって、よくわからないというか、あまりにもたくさんありすぎて、とっつきようがないな、と感じます。世界中に大勢のファンがいるのは知っているのだけど。

 これがアメリカだけではなく日本も含めた全世界で大ヒットした理由は、ダイバーシティ(Diversity/多様性)だと思います。ダイバーシティとは、簡単に言うと「いろんな人たちがいる」ということです。
 まず画期的だったのは、ウフーラ通信士官というキャラクターを黒人女性が演じていたことでした。通信士官とは「連邦政府の代表者として外部の宇宙人と話をする」外交官的な役割です。『スター・トレック』の放送が始まった1966年ごろのアメリカ社会は女性差別が強く、実社会での仕事は秘書、タイピスト、受付、看護師、電話交換手ぐらいしかありませんでした。特に黒人女性だと、メイド、清掃員、ウエイトレスなどに職種は限られていたんです。そんな時代に政府の外交官の役を黒人の女性が演じたのは、当時としては大変画期的なことでした。


 マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が、アメリカ南部における黒人の選手権を闘いの末にやっと勝ち取ったのが1965年のこと。『スター・トレック』の放送はその翌年に始まっており、キング牧師も「『スター・トレック』はすごい」と言っていました。


 それ以外にも、スコットという機関主任がスコットランド人だったり、当時はソ連アメリカが冷戦状態だったにもかかわらず、航海士はチェコフというロシア系であったり、エンタープライズ号は地球上のあらゆる人種を乗せた船になっています。
 

 そうした人種構成について『スター・トレック』を作り上げたプロデューサーのジーン・ロッデンベリーはこう語っています。


 「もし人類が宇宙に行くレベルになったら、もはや人種とか民族とか国家というレベルではなく、<地球人>として行くだろう。地球人の代表として他の星の人たちと付き合うのだから、1つの船にあらゆる地球人が乗っている状況が普通なんだ」


 この考え方は、人種差別・女性差別が激しかった60年代当時としては、非常に未来予測的で画期的なものでした。


 最近、キング牧師について書かれた本を読んだのですが、1960年代のアメリカ、とくに南部では、人種差別が激しく、バスやレストランでは席が分けられ、白人が黒人を殺傷しても無罪になる、という状況だったのです。リンカーン奴隷解放宣言を出したあとも、実質的な差別は続いていたのです。
 そんななか、フィクションの世界であっても、こういうキャスティングというのは、かなりのリスクがあったのではないかと思われます。エンターテインメントだからこそ「嫌われないようにする」ほうが無難ではあったでしょうし。
 近年、ハリウッドで「白人の俳優ばかりがアカデミー賞にノミネートされている」というのが問題になったことを考えると、エンターテインメントの世界でも、先進的な作品ばかりだとはかぎらないのですが。
 

 そういえば『スター・トレック BEYONE』の出演俳優たちに取材をした時、中国系の女性記者がこんなことを言っていました。


「BLとかやおいは『スター・トレック』から始まっているんです。もともと『スター・トレック』が放送された1960年代、カーク船長とミスター・スポックがあまりにも仲がいいので、<2人はデキている>と女性たちが妄想して、それを物語として書き始めたのが、やおいやBLの始まりなんですよ!」


 本当に、いろんなもののルーツになった作品なんですね、『スター・トレック』って。


 これを読んでいて、僕がすごく面白そうだと思ったのは、『ハウス・オブ・カード 野望の階段』というネットフリック発のオリジナルドラマです。
 僕は今まで海外ドラマにほとんど興味がなかったのですが(正直、観たいものがたくさんあるので、そこまで手が回らない)、これは観てみたいな、と。

 こういう「のし上がりもの」は山ほどありますが、『ハウス・オブ・カード 野望の階段』のフランクは最強最悪です。彼は政治家として陰謀を巡らすだけではなく、軍人でもあるので、素手で人を殺しちゃいます。そのうえモラルがまったくありません。「自分以外の人間はみんな犬か虫だ」と思っているような男なのです。

 
 第1話の冒頭シーンは衝撃的です。車にはねられて死にかけている犬と、フランクが「私は役に立たないものは嫌いだ」と言いながら首の骨をへし折って殺すところから始まるのです。これが彼の全てを象徴しています。


 彼は自分の父親に反発心を持っていて、父の墓に行って「俺はあんたみたいにはならないぜ!」と言いながら墓石におしっこを引っかけます。


 神も信じません。教会で神父に「あなたは神を信じますか?」と聞かれると、彼はこう答えます。「私はね、旧約聖書の神様が好きなんだよ。暴力と恐怖で人を支配したから」。すると神父は「いや、イエス・キリスト様はそうじゃない。キリスト様は愛でみんなを救おうとしたんですよ」と言うと、フランクは「ちょっと私とイエス・キリスト様と、2人だけにしてくれませんか?」と言って神父を外に出し、キリスト像の顔に「何が愛だよ?」と言いながらツバを引っかけます。
 

 フランクには、モラルもなければ宗教的な信念やイデオロギーも全くありませんが、とにかく圧倒的な問題解決能力があるので、これを武器に、右も左も関係なくあらゆる敵を蹴散らしていくわけです。
 悪漢がモラルもなしに自由自在に好きなことをやってのけるドラマは「ピカレスク・ロマン」といわれており、時代を問わず大衆の支持を集めているんです。悪漢をヒーローとして描く物語は、日本でも歌舞伎をはじめ小説などで伝統的に存在します。


 僕はこういう「ピカレスク・ロマン」って、大好きなんですよね。
 現実の世界での「ピカレスク・ロマン的な人物」は、全く好きになれないのだけれども。

 よし、『ハウス・オブ・カード』、これから観てみよう!
 ……と思っていたのですが、主演のケヴィン・スペイシーは、若い男性への性行為強要が次々と発覚して、芸能界を引退……
 うーむ、ドラマそのものの内容が変わるわけじゃないけれど、なんか観るきっかけを失ってしまったな…… 


 『アメリカン・スナイパー』では、クリント・イーストウッドのこんな話が出てきます。

 イーストウッドは『父親たちの星条旗』を作る時に、敵である日本軍の硫黄島守備隊について徹底的に調べたそうです。すると、「硫黄島守備隊は、全員が全滅することはわかっていたのに戦おうとした。しかも彼らはバカではなく、守備隊の中にはアメリカで勉強したインテリが2人もいた」と知り、「なぜ彼らは死を選んだのか?」ということにものすごく興味を引かれたそうです。
 日本側の考え方を徹底的に調べたイーストウッドは、『硫黄島からの手紙』(2006年)という、「硫黄島の戦い」を日本軍側の視点で描いた映画を作りました。

 イーストウッドとは、そういう人です。彼は「相手のことを調べて、調べて、徹底的に調べていくと、憎むことなんかできない。戦争なんかできないんだ」と言っています。


 映画ファン、町山さんのファンなら、楽しめる一冊だと思います。
 もとがラジオ番組のコーナーということもあって、説明もわかりやすく、あまり予備知識を必要としないものになっているので、「あんまり映画もアメリカも町山さんにも詳しくはないのだけれど……」という人にとっても、入門編としておすすめですよ。


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