トラクターの世界史 - 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち (中公新書)
- 作者: 藤原辰史
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2017/09/20
- メディア: 新書
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内容(「BOOK」データベースより)
19世紀末にアメリカで発明されたトラクター。直接土を耕す苦役から人類を解放し、作物の大量生産を実現。近代文明のシンボルとしてアメリカは民間主導、ソ連、ナチス・ドイツ、中国は国家主導により、世界中に普及する。だが農民や宗教界の拒絶、化学肥料の大量使用、土嬢の圧縮、多額のローンなど新たな問題・軋轢も生む。20世紀以降、この機械が農村・社会・国家に何をもたらしたか、日本での特異な発展にも触れて描く意欲作。
これはまたマニアックなテーマだな……と思いつつ手に取りました。
僕はトラクターには一度も乗ったことがないし、今までは農作業にも縁がない人生なんですよね。
それでも、この新書の最後の「日本のトラクターの歴史」に出てくる、ヤンマーのCMの「燃える男の 赤いトラクター それがお前だぜ」という歌は記憶にあるのです。
小林旭さんが歌っていたんだよなあ。
このフレーズだけでも、1979年に発表されたこの歌の時代でさえ、トラクターは「男のもの」だったということを思い知らされます。
というか、この本を読むまでは、あまり意識したことがなかったのですが、「人間をきつい労働から解放する」ため、そして、「女性の農作業への進出をサポートする」ための道具としての役割も担っていたはずのトラクターなのですが、むしろ、「男らしさの象徴」みたいなイメージを持たされ続けている面もあるのです。
著者は、トラクターの歴史を、丁寧に振り返っています。
トラクターの歴史は、20世紀前半に華々しく展開を遂げる。フローリッチの設立した会社は失敗に終わるが、彼の技術はのちにディア&カンパニー社という世界でもっとも伝統があり、現在世界トップのトラクターメーカーに引き継がれていく。また、ヨーロッパ各国でもトラクターがアメリカよりも10年から20年遅れて開発される。
第一次世界大戦中に、アメリカのヘンリー・フォード(1863-1947)の工場で大量生産された廉価のトラクター「フォードソン」を中心に、トラクターは、世界各地に普及し、化学肥料、農薬、遺伝学に基づいた改良品種とともに、20世紀以降の急速な農業技術発展、そして爆発的な人口増加を支えていく。一方で、トラクターを始めとする農業技術体系の進歩は農作物の過剰生産と価格の急落をもたらし、1929年の世界恐慌の間接的な原因となる。それだけではない。機械は労働力を節約するから、農民の人口は減少する。農業労働力は農村から都市へと流出し、人材の面から工業化を支えていった。
ところで、トラクターにはもう一つの「顔」があった。
1916年、イギリスやフランスは、第一次世界大戦の膠着状態を打破するための戦車の開発を始めるが、それは農業用の履帯トラクターから着想を得たものであった。その構造上の類似性ゆえに、第二次世界大戦中には、各国のトラクター工場は戦車工場として転用される。つまり、トラクターと戦車は、二つの顔を持った一つの機械であった。トラクターも戦車も、産声をあげて100年を経過したばかりの、20世紀の寵児なのである。
戦時中には、トラクターをつくっていたメーカーが戦車に転用していたことも紹介されています。
トラクターによって、人の手が要らなくなった分、農民が戦場に兵士として送られた、という面もあるんですよね。
ナチス政権下のドイツやソ連、中国では、農業の機械化が国の「政策」としてすすめられてきました。
十分な効果をあげた、とは言えないケースが多かったようですが。
20世紀前半、アメリカのトラクターは飛躍的に普及していく。第一次世界大戦前に使われていたトラクターはわずか1000台にすぎなかったが、1930年代には100万台に達し、1950年代初頭には400万台を超えた。
この間、トラクターを格段に進歩させた五つの画期があった。
第一に、流れ作業による大量生産方式の始まり(それにともなう価格の下落)。
第二に、パワー・テイク・オフ(PTO=power take-off)の開発(それによる作業機=取り付け農具のパフォーマンスの進化)。
第三に、IH社のジェネラル・トラクターの開発(トウモロコシや綿花のような畝地でも、栽培途中の中耕=畝間の除草と耕田が可能に)。
第四に、ファーガソンによる三点リンク(three-point hitch)の開発(トラクターの転倒しやすさの克服と、土壌の性質に適合した土壌撹拌・砕土が可能に)。
第五に、アリス=チャルマーズ社のゴムタイヤの使用(トラクターの地面に対するグリップ力の向上)である。
トラクターの大量生産に成功したのは、「自動車王」ヘンリー・フォードである。
トラクターのおかげで、広い土地を短時間、少人数で効率的に耕すことができるようになったのですが、著者は、トラクターの普及の過程において、アメリカの農民たちが、それまで「友だち」だった馬を手放すつらさを描いた漫画も紹介しています。
また、これまでは、そこに生えている牧草を食べさせた馬の糞を肥料にしていたのに、トラクターを動かす燃料も、化学肥料も買わなければならなくなったということに違和感を持った人もたくさんいたのです。
しかしながら、時代の趨勢にはさからえず、また、新しいものへの憧れの気持ちもあって、トラクターはどんどん普及していきました。
冷戦後、アメリカではトラクターが飽和状態に達したのに対して、西欧諸国では順調な伸びをみせ、同じ期間にポーランドと日本では、爆発的に普及していきました。
歩行型トラクターは1947年から73年のあいだに431倍、乗用型トラクターは1966年から90年のあいだに55倍に膨れ上がっている。それとともに、農家の数も、1947年から90年のあいだに35%も減少している。農業機械化と離農が相乗効果となって農業構造を変えたのである。
日本には、世界3位のクボタをはじめとして、世界的なトラクターのメーカーもたくさんあるんですよね。
日本は農地の凹凸も多く、狭いところで動かす機会がたくさんあるという「問題点」が、技術の向上を生んだのです。
ところで、トラクターって、農地内で運転するだけなら、運転免許証は必要ないんですね。
僕はこれを読んで、はじめてそのことを知りました。
トラクターの事故は、けっこう多いらしいので、私有地なら免許がなくても運転できる利便性と危険性と、どちらを重んじるべきなのか。
一部では、人工知能による自動運転の研究もすすめられているそうです。
近い将来、「農業」は、人間の仕事ではなくなっていくのかもしれません。
それは、人間をめんどうなことから救うのか、自分たちの食べ物を自ら作るという「労働の喜び」を奪ってしまうことなのか。
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