Kindle版もあります。
死んだはずの名投手とのプレーボール
戦争に断ち切られた青春
京都が生んだ、やさしい奇跡女子全国高校駅伝――都大路にピンチランナーとして挑む、絶望的に方向音痴な女子高校生。
謎の草野球大会――借金のカタに、早朝の御所G(グラウンド)でたまひで杯に参加する羽目になった大学生。京都で起きる、幻のような出会いが生んだドラマとは--
今度のマキメは、じんわり優しく、少し切ない
青春の、愛しく、ほろ苦い味わいを綴る感動作2篇
『鴨川ホルモー』から万城目学さんの小説を読んできた僕にとっても、今回の直木賞受賞は感慨深いものがありました。
一報を聞いて最初に思ったのは「あれ、まだだったっけ?」だったのですが。
今回の直木賞は、誰が候補になっているのかも記憶していなかったので。
受賞を聞いて、この『八月の御所グラウンド』を買ってきて読みました。
万城目さんにしては、薄い本だなあ、なんて思いつつ。
率直な感想としては、「これでいいのか!」だったんですよ。
いや、内容に疑問があるとかそういうのではなくて、万城目さんが、こんなちょっとファンタジー風味の直球青春小説で、直木賞なのか、と。
2006年に上梓された『鴨川ホルモー』は、勢いに満ちた青春不条理小説としてかなり話題になり、映画化もされました。
『鹿男あをによし』は、玉木宏さん、綾瀬はるかさん主演でテレビドラマ化もされており、僕はこの作品の綾瀬さんと、やたらと目力が強い多部未華子さんが大好きだったのです(原作とはかなり設定が変わっているのですが、相沢友子さん脚本だったのか……でも、このドラマは原作とは変えられているところも含めて面白かった)。
鮮烈なデビュー後の万城目学さんは、まさに「時代の寵児」でした。
その後、万城目さんが書く小説は、どんどん長く、世界設定が複雑になっていったのです。
『プリンセス・トヨトミ』『とっぴんぱらりの風太郎』『悟浄出立』くらいまでは僕もリアルタイムで読んでいたのですが、そういえば、最近あまり作品を読んでいませんでした。
いま、Wikipediaで確認しながらこれを書いているのですが、実際、2010年代の後半くらいから、万城目さんの長編小説の間隔はかなり開くようになっています。
この『八月の御所グラウンド』、すごく読みやすい、まっすぐな青春小説で、世界設定に凝りまくっていた分厚い小説の万城目さんのイメージが強かった僕には意外でした。
これで直木賞なのかよ。
直木賞というのは、M-1グランプリと似ていて、みんながその人を知らない状況下のファーストインパクトで勢いに乗って受賞して(優勝して)しまわないと、出場回数を重ねるたびに審査する側も「慣れ」や「飽き」が出てきて、評価が辛くなりがちなのです。
そして、「もうさすがにこの人をノミネートしたら、受賞させないと仕方ないよね」という段階になって、「ようやく」受賞する(優勝する)人が時々出てきます。
万城目さんは、マジックリアリズム的なファンタジー小説+青春小説の『鴨川ホルモー』からスタートして、「マキメ・ワールド」をどんどん深化させていきました。
直木賞を逃すたびに、これでもか、とばかりに、「新しいこと」を切り開こうとしてきたようにも思います。
一読者としては、その飽くなきチャレンジ精神に感銘を受けるとともに、「でもこれ、ちょっととっつきにくいな」という気持ちもありました。
この『八月の御所グラウンド』は、わかりやすいし、課題図書とか「◯◯文庫の夏の100冊」とかに選ばれて、中高生が読みそうな小説なんですよ。
この時代に、これほど「青春とかスポーツ」と「まあ、こんなことがあってもいいよな、とギリギリ思えるくらいのファンタジー性」をバランス良く、綺麗事になりすぎない塩梅で書いたのはすごいな、すごいのかもしれないな、とも思うのです。
これなら、マンガやライトノベルは好きでも、「小説」を読み慣れていない若者たちでも、読み切れるのではなかろうか。
山田風太郎を目指していたように見えていたけれど、彷徨の末に、志賀直哉になってしまった、とでも言うべきか。
森見登美彦さん、綿谷りささんとともに「京都高学歴売れっ子若手小説家軍団」みたいなイメージを僕は持っていました。
tomio.hatenablog.com
森見さんもまた、「より幻想的に、不条理に」という作品に挑戦し続けているように見える作家さんなので、万城目学さんの受賞は、感慨深いものがあったのかな、と思います。
受賞作はこの作品だったのですが、「これまでの万城目学さんの創作活動に対する授賞」だと感じていますし、直木賞って、基本的にそういうもので、その作家の「ベスト作」が獲るとは限らないのです。
僕は、大学時代にレンタルビデオで観た映画『フィールド・オブ・ドリームス』を思い出しました。
同級生と、「今はなんだかちょっとピンとこないけれど、将来、自分が年をとって、大事な人を失っていったら、この映画のことを思い出すかもしれないね」なんて話したのを記憶しています。
今の僕にとっての「泣かせる作品度」でいえば、『フィールド・オブ・ドリームス』の圧勝!なんですが、この小説、とくに表題作は、御涙頂戴に寄りすぎない、日本という国が失いつつある記憶の物語として、読み継がれていってほしいと思います。