琥珀色の戯言

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【読書感想】イスラエル戦争の嘘-第三次世界大戦を回避せよ ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

◎内容紹介
パレスチナガザ地区を支配するハマスが、突如イスラエルに5000発のロケット砲を放った。イスラエル軍も徹底した報復攻撃で応酬し、多数の死傷者が出ている。「病院」まで標的にするイスラエルの内在的論理は何か。インテリジェンスの大家二人は、ネタニヤフ首相と情報機関に生じた溝の深さを読み解き、ガザの地から上がった戦火は、核戦争のリスクを孕みながら推移していると警告する。この戦いに背後にいる米、露、中の本音を見抜け!日本は独自外交の道を探るべきだ。


 外交ジャーナリスト・作家の手嶋龍一さんと、元外交官・作家の佐藤優さんの対談本。
 このお二人の対談本は何冊か出ているのですが、今回は、イスラエルでの戦争がメインテーマになっています。
 この戦争に関して、佐藤優さんは外交官として師と仰ぐ人がイスラエルの情報機関にいたということもあり、ずっと「イスラエル側の論理」に寄り添っている印象があります。
 そうやって、自らの来歴とスタンスを明示しているのは、誠実にも感じるんですよね。
 この人は、こういう人生を歩んできて、こんな人のもとで学んできた上で、こう考えている、というのがわかっていると、読む側も、それを踏まえて解釈ができるから。
 「公正」「中立」を標榜しながら、実際はどちらかに肩入れしている、ということが現実には多いですし、僕自身も、この戦争に関しては、「圧倒的な戦力を擁するイスラエルが、パレスチナの人たちを虐殺している」と思っていました。
 当事者にとっては、この戦争は、そんなに単純なものではないし、イスラエルが国際社会のなかで「やりたい放題」できるわけでもないのです。

佐藤優今回一番のポイントはイスラエル政府がハマスへの襲撃の直後、首を切られて殺害されたイスラエルの乳児や黒焦げの乳児の写真を一部に公開したことです。何の抵抗もしない乳幼児を殺害することは、すなわちユダヤ人であるという理由だけで殺害したことになります。つまりハマスは属性排除の論理に基づいているというのがイスラエルの認識なのです。


手嶋龍一:属性排除の論理とは、一般にはわかりにくいのですが、簡潔に言えばある人びとの存在を認めない。この場合は、ユダヤ人としての属性を排除することですから、20世紀の悲劇であるホロコーストナチスによるユダヤ人大虐殺)にも結び付くわけです。


佐藤:そういうことです。あの写真が象徴的ですが、今回、ユダヤ人からするとハマスナチスと同様にユダヤ人殲滅を目指しているように見える。今回のハマスの攻撃はそれが現れていると言わざるをえない、ユダヤ人の存在、すなわち生存権が脅かされている──と受け取り、ハマスを徹底してやっつけなければならないと考えるようになるのです。


手嶋:イスラエルの内在的論理からすれば、これはイスラエルにとっての”自衛権”どころか、さらに根源的な権利である”生存権”を守るための軍事作戦というわけですね。イスラエルの歴史、さらに言えばユダヤの歴史は、出エジプト以来、つねに民族の生存権を脅かされる歴史でもあった。それゆえ他のどの国家や民族よりも、自らを脅かす存在に対して強い姿勢で臨むということがあるのかもしれません。


佐藤:イスラエルの論理を端的に表した言葉があります。「全世界から同情されながら滅亡するよりも、全世界を敵に回しても生き残る」。これがイスラエルの国是と言っていいでしょう。


 いまの日本で生きている僕には、「圧倒的な戦力差があるなかで、イスラエルパレスチナの人たちを攻撃している」ように見えるのです。
 でも、イスラエルという国と、そこで生きてきた人々は、ナチスホロコーストの記憶が受け継がれていて、「いつ世界中が敵になるかわからない」し、「あの悲劇を繰り返すくらいなら、徹底的に戦う」という固い意思を持っているのです。
 ユダヤ人というだけで、収容所に入れられ、全てを奪われて虐殺されたという「民族の記憶」は、そう簡単に薄れることはありません。
 そのユダヤ人の決意が、ホロコーストを行った人々ではなく、現在ユダヤ人の本国がある地域の人々に向けられているのは、パレスチナの人々にとっては、割に合わないとは思いますが。

手嶋:市街地に柵専用の地下トンネルがあるのか。しかも、それだけが問題ではありません。病院など医療施設の地下にも軍の施設があるのか。なかでも、ガザ地区で最も大きなびょういん、アル・シファ病院の地下にハマスの司令部があり、武器も隠されているのか。イスラエル軍がこの病院を包囲するなかで、国際社会の耳目を集めることになりました。


佐藤:戦時国際法は、負傷者や病人を治療する病院への攻撃を禁じています。ただ、同時に防御陣が病院を盾に使うことも禁じていますね。国際法は、赤十字を掲げながら、その背後で軍事行動をしたり、休戦旗を掲げながら攻撃を仕掛けたりして、相手を欺く行為を認めていません。武装組織ハマスがアル・シファ病院の地下に司令部を置いていた場合は背信行為となります。この場合は、病院は軍事拠点に使われているのですから、理論上は攻撃対象となります。


手嶋:それが事実なら、ハマスイスラエルの攻撃を避けるため、一般市民を盾にしていることになります。いずれに大義があるのか。実際の戦争では、正邪を判断することは容易ではありません。ハマスは病院を軍事作戦に使っている事実はないといい、イスラエルは病院の地下に軍事施設があると主張し、鋭く対立しました。


佐藤:この期に及んでイスラエル政府が軍事作戦を遂行したのは、「病院の地下に軍事施設あり」という事実にかなり確信があったと私は考えています。国際社会が注視するなか、明らかに間違っていたとなれば、国家の威信が大きく揺らいでしまう。私自身は病院を隠れ蓑にしてハマスがテロ行為を行っているという蓋然性は極めて高いと考えています。


 アメリカでも、若者たちを中心に、イスラエル軍が多くの民間人の犠牲を出しながら軍事作戦を進めていることを批判する機運が盛り上がってきているのです。
 果たして、アル・シファ病院の地下に軍事施設はあったのか?

 佐藤優さんは、イスラエルの攻撃には根拠があったはず、だと考えておられるようですが、アメリカはイラク大量破壊兵器保有している、その証拠を持っていると主張して、イラク戦争をはじめました。ところが、戦争が終わっても、大量破壊兵器は、出てこなかった。
 アメリカは、間違ってしまったのか、それとも、開戦の理由が必要で、言いがかりをつけたのか。


fujipon.hatenadiary.com

 上記の本で、著者は、「メディアによる人々への働きかけ」の一例として、湾岸戦争の際に起こった、ある事件を紹介しています。
 1990年10月、アメリカがイラクを攻撃する3ヵ月前に、ワシントンの連邦議会で、ひとりの少女が「証言」をしました。

 このわずか15歳の少女の名はナイラと言い、後に『ナイラの証言』としてアメリカ世論に多大な影響を与えることになったのであるが、その内容は、彼女がクウェート市内の病院で恐ろしい光景を目撃したというものだった。
「私は病院でボランティアとして働いていましたが、銃を持ったイラクの兵隊たちが病院に入ってきました。そこには保育器の中に入った赤ん坊たちがいましたが、兵士たちは赤ん坊を保育器の中から取り出し、保育器を奪って行きました。保育器の中にいた赤ん坊たちは、冷たいフロアに置き去りにされ、死んでいきました」
 このナイラの証言は、当時のブッシュ大統領により、その後40日間で10回以上も引用された。また、軍事介入を決める討議においても7名の議員がこの話題を重視し、最終的に議会で5票という僅差で、ついに軍事介入が決定されることになったのである。
 その後、この証言は全米のメディアによって報じられ、国内世論へも大きな影響を与えることになった。さらに、国際人権NGOアムネスティ・インターナショナルがこの証言を受けて独自調査を行った結果、312人の赤ん坊がイラク兵士によって殺害されたとの報告書も作成された。
 ところが、である。結論から言うと、このエピソードはすべて「つくられた物語」だった。壮大な演出の脚本は、ヒル&ノールトンという大手のPR会社によって描かれ、主演を努めたナイラもまた。彼らによってキャスティングされた人物だったのである。当初、ナイラの出自は「被占領下のクウェートで家族が報復されるのを防ぐために」という理由で隠されていたが、実際は在米クウェート大使の娘、つまりアメリカ育ちのクウェートの症状であり一度もクウェートに行ったことはなかった事実が露見した。
 もちろん、これはPR会社が独自に進めたものではない。依頼主は『自由クウェート市民』と名乗る団体で、600万ドル以上の報酬を条件にPR会社と契約を結んでいた。この団体は市民団体の体裁をとっていたものの、実際はクウェート政府から95%以上の資金援助を受けていて、アメリカ議会が軍事介入に賛成するためのロビー活動をしていたと言われている。


 この「ナイラの証言」は、全くのでっち上げでした。
 「残虐行為」というのは、多かれ少なかれ、戦場で起こっていることではあるはず。
 しかしながら、実際に起こったことを、PR会社が片方の陣営に偏って採りあげたり、注目を浴びるようなキャッチコピーをつけることによって、人々の「これは正しい戦争なのだ」という気持ちを呼び覚ますことも可能なのです。
 この本には、「ボスニア紛争」で、「民族浄化」をキーワードに、セルビアミロシェビッチ大統領の残虐さを国際メディアを通じてアピールすることに成功したPR会社の話も出てきます。

 インターネットで世界はリアルタイムで繋がるようになったけれど、それだけに「デマ」や「フェイクニュース」もまた、世論を動かすための「兵器」になっているのです。

 イスラエルは「情報先進国」で、パレスチナの人々は「情報発信力が劣っている」と思い込みがちなのですが、近年の中東のテロ組織は、人質事件などでネットを効果的に利用しています。
 情報発信力には、それほどの格差はなくなってきていると思われます。
 
 どちらが正しいか、なんて外部からでは知りようがない。というか、戦争となれば、勝つためにはどんな酷いことだってやりかねないのが人間なのだと思います。原爆だって2回も使われてしまったのだから。


 強硬派として知られるイスラエルのネタニヤフ首相についても語られています。

 ネタニヤフ首相の2歳年上の兄、ヨナタン・ネタニヤフ氏は、優秀な軍人で、1976年にウガンダエンテベ空港で起こったハイジャック事件の救出作戦の現場指揮を任されました。テロリストは、パレスチナ人テロリストの解放を要求していたのです。

 この救出作戦では、テロリスト全員が射殺され、人質105人のうち、3人が亡くなったものの、102人が救出され、「救出作戦としては、ほぼ完璧だった」そうです。
 この作戦を行った部隊でただ一人の犠牲者となったのが、ヨナタン氏でした。
 ヨナタン氏は「イスラエルの英雄」となり、その弟、ベンヤミン・ネタニヤフ現首相は「兄の遺志を受け継ぎ、テロには絶対に屈しない」と固く決意したのです。

佐藤:ベンヤミン自身も、アマンの特殊部隊マトカルに入隊します。1967年の第三次中東戦争、1973年の第四次中東戦争に出征し、サベナ航空572便のハイジャック事件でも対テロ作戦で活躍しています。


手嶋:最も危険な任務をこなす特殊部隊で実戦に参加しているのですから、筋金入りの軍人だったのですね。実際に銭湯で肩を撃たれて負傷し、それがもとで退役しています。もし自分が元気なまま特殊部隊にいれば、エンテベ空港事件で兄を守ってやれたはず──そうした無念の思いがあったといいます。


佐藤:長兄ヨナタンは、尊敬する肉親であり、共に命を賭けて戦った戦友でもある。そんな兄を憎きテロリストによって喪った。その痛みは、ネタニヤフという政治家のテロに対する強い姿勢を決定づけたのでしょう。そこにユダヤ人の苦難の歴史、パレスチナ回復を目指すユダヤ人たち「シオニスト」としてのイスラエル建国への思いが重なると思います。ネタニヤフが何を心に期して政治の道に入ったのかは推して知るべしでしょう。


 こういう「ネタニヤフ首相の家族史」を知ると、「強硬派」になるのは致し方ない、とも思うのです。
 それは「私情」ではあるのかもしれないけれど、「私情」がない人間なんて存在しないし、人は、「客観的な正しさ」よりも、その「感情」に惹きつけられてしまう。
 だから、パレスチナの民間人を攻撃してもいい、とはならないだろうけど。


 これほど「情報が得やすい社会」になったのに、だからこそ、何が正しいのか、何を信じたらいいのか、よくわからなくなってきているのです。
 何も信じない、それで生きていければ良いのだろうか。


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