Kindle版もあります。
「人口世界一」「IT大国」として注目され、西側と価値観を共有する「最大の民主主義国」とも礼賛されるインド。実は、事情通ほど「これほど食えない国はない」と不信感が高い。ロシアと西側との間でふらつき、カーストなど人権を侵害し、自由を弾圧する国を本当に信用していいのか? あまり報じられない陰の部分にメスを入れつつ、キレイ事抜きの実像を検証する。この「厄介な国」とどう付き合うべきか、専門家が前提から問い直す労作。
先日、インドの人口が中国を抜いて世界一になった、というニュースを見ました。
必ずしも人口=国力、というわけではありませんが、少子化、人口減が問題となっている日本に住んでいる僕も、「インド」という国が近年話題になることが多いように感じます。
僕が若いころから抱いてきたインドのイメージは、カレー、ヨガ、ガンジス川、カースト制度、タージ・マハルの国で、旅行者は必ず下痢をして、街に出れば物乞いにつきまとわれ、人力車で「旅行者価格」を吹っ掛けられる、というものでした。
対戦格闘ゲーム『ストリートファイター2』のダルシムみたいな人がいそうな国、であるのと同時に、近年は多くのコンピュータ技術者を生み出している「IT大国」としても知られています。
中国に対抗するためには、インドとの関係が重要だ!と口にする人も多くなりました。
インドは複数の政党による選挙が定期的に実施されている「民主主義の国」だから、日本や米欧とも協力しあえるはずだ、と。
「世界最大の民主主義国」とされるインドの現実を、著者はこのように述べているのです。
しかし、である。日本のメディアの扱いはけっして大きなものではないが、インドといえば、およそ民主井主義国では考えられないような話を、誰しも見聞きしたことがあるにちがいない。いまだ社会に根強いカースト制における不可触民(ダリト)への理不尽な差別、頻発する女性へのレイプ、ムスリム(イスラム教徒)など宗教的マイノリティへの迫害と暴力、カシミール等における野党指導者の拘束やインターネット規制……。
実際にインドに暮らしたことがある人ならば、本来なら学校に通っているはずの年齢の子どもたちが、行きかう車のあいだを炎天下、裸足で物売りする姿や、手や足を失った老人が路上で物乞いをつづけるさま、警官が無力な市民に対し大声で威嚇しながら警棒(あるいはたんに木の棒やムチ)を振るう場面に出くわしたことがあるにちがいない。「なんてひどい国だ!」と思ったことだろう。
選挙という市民の政治参加は、いったいなんのためなのか? それはひとびとの人権、暮らしと命を守るためではなかったのか? 民主主義国というには、あまりにかけ離れた現実が、この国にはある。
中国やロシアへの包囲網に後ろ向きで、なおかつよく考えれば人権侵害が横行し、モディ政権下では権威主義的な傾向すら指摘されるインド。それなのになぜ、日本をはじめ、西側諸国はインドが重要な国だと主張し、関係を深めようとしたがるのだろうか?
インドは、歴史的にロシアとの関係が深く、ウクライナ戦争がはじまった際に西側陣営主導で提出されたロシア非難決議案に対しては、中国などどともに「棄権」しています。
制裁で買い手が少なくなってしまったロシアのエネルギー資源を安価で大量に買ってもいるのです。
中国の人権問題への非難決議に対しても、自国に飛び火するのを危惧してなのか「棄権」しています。
その一方で、モディ首相は、プーチン大統領との会談で、ウクライナへの侵攻を批判する発言を行っています。
この本を読んでいると、インドというのは確固たる理想や思想よりも、いまの世界で、自国の存在感と独立性を保っていくにはどうすればいいか、という、きわめて現実的な価値判断で行動しているようにみえるのです。
この2030年代中盤のインド太平洋地域秩序を考えるとき、重要な意味をもつのがインドだ。インドは、この時点で米中とはかなり差があるとはいえ、第3の経済大国となっている。単純に考えれば、インドがどちらの側につくかによって、地域の、少なくとも経済秩序の帰趨が決まる。インドお動き次第で、今後の秩序の主導権は、アメリカを中心とした自由民主主義陣営にも、中国を中心とした権威主義(権力を元首または政治組織(政党など)が独占して統治を行う政治思想や政治体制)陣営にも行く可能性があるということになる。
さらに先の未来図になると、この流れがいっそう明確になる。同じくイギリスを本拠とするグローバルなコンサルタント企業、プライスウォーターハウスクーパース(PwC)は、2017年2月に、『2050年の世界』を発表した。同報告書によれば、中国の成長率が2030年代以降先進国並みに低下するのとは対照的に、人口ボーナスのつづくインドは、2040年代まで高成長を維持する。その結果、2050年には、インドのGDPはアメリカの82パーセント、中国の56パーセントにまで接近するという。想像したくない話かもしれないが、このときには日本のGDPは、インドの4分の1にも満たない。
もっと先の、約半世紀後の予測もある。2022年12月、米投資銀行、ゴールドマン・サックスは、2075年までに、インドのGDPはアメリカをも上回り、中国に次ぐ世界第2位の経済大国になると発表した。
インドは、人口が多く、若者の割合もまだ高いので、順調にいけば、これから数十年の間に、世界の中で経済力を増してくると予想されています。
アメリカをはじめとする西側諸国からすれば、中国という「権威主義の国」に対抗していくためには、インドを味方につけたい。
中国にとっては、インドが味方についてくれればいいだろうけれど、中国の覇権主義と国境を接していることによる紛争の経緯もあり、「忠実な同盟国にするのは難しいが、敵に回すと面倒な存在」という感じでしょうか。
アメリカと中国が組めば、台頭してくるインドを叩く、というのも可能でしょうが、この両国がインドを抑えるために協力する、という状況は考えにくそうです。
現時点でもそうだが、2030〜50年台のインド太平洋地域と世界を見据えたとき、第3の大国に台頭するインドの動向がカギを握る。当のインド自身は、アメリカであれ、中国であれ、どの国のいいなりにもなりたいとは思っていない。世界のキャスティングボートを握る「スイング国」としての立場を利用して、各国から異なる利益を引き出すことで「世界大国」へ飛躍する戦略を望むだろう。われわれにとって一見、都合のいいパートナーに思えて、じつは非常に厄介な国だ。けれども、この地域と世界で、影響力を増すことが確実視されるインドを無視するわけにもいかない。万一、インドが中国に飲み込まれる、あるいは抱き込まれるような事態になれば、「自由で開かれたインド太平洋」、リベラルな秩序は崩壊する。
「インド」に対して、「カレーとヨガとガンジーの国」というような、漠然としたイメージしか持っていない日本の人たちからすれば、インドは「中国の台頭を阻止するための、格好の同盟相手」だと思えるのです。
しかしながら、インドの立場からみれば「アメリカや日本に嫌われたくない」のは確かでも、「そのために中国やロシアと敵対するのはリスクが高すぎる」のです。西側諸国にそこまでの義理はない、とも言えます。
よく知らないからこそ、こちらからは「理想のパートナー」みたいな幻想を抱いてしまうのですが、「とりあえずどうしても必要な協力や妥協は引き出しための努力をして、とにかく敵に回さないようにする」くらいがインドに対する現実的な付き合いかたなのかもしれません。
インドが特別、というわけではなくて、それぞれの国にはそれぞれの立場や思惑があって、日本の都合に合わせてくれるわけではないのです。
「よくわからない国」「八方美人」みたいなネガティブなとらえかたをするのではなく、「それがインドという国なのだ」と考えたほうが、お互いにとって良いのではないかと思います。
僕がまだ若かった頃、20世紀くらいまでは、中国も「人口は多いけれど経済的には貧しい、コピー商品ばかり作っているパンダと共産党の国」だったんですよね。
数十年先の未来でさえ、なかなか予測どおりにはいかないものだよなあ。
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