琥珀色の戯言

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【読書感想】かわいい見聞録 ☆☆☆

シジミに毛玉、猫のしっぽ。さくらんぼからシャーペンの芯まで。見方を少し工夫すれば、この世界は“かわいい”で溢れている! ハッと気づいてワクワクドキドキ、ときにウットリしてみたり。語源や成り立ちを知ることで何だかちょっぴり得した気分。あなたもミリさんと一緒に“かわいい”探しの冒険に出てみませんか? 読むと納得、優しい気持ちになれるコミックエッセイ。


 益田ミリさんのエッセイを読んでいると、「自分がずっと心の中に持っていたのだけれど、言語化できなかったもの」を、こんなに上手に絵と言葉にできる人がいるんだなあ、と感心するのです。

 この、そんなに厚くはないエッセイ集(コミックエッセイ、というよりは、エッセイ集に益田さんのマンガやイラストが織り込まれている、という感じです)のテーマは「かわいい」。

 個人的には、女性の「かわいい」の半分くらいは「カッコ良くはない、けどその場の雰囲気を悪化させたくない」というときに使われる言葉だと思っているのです。
 しかしながら、このエッセイ集のなかの「かわいい」は、そんな僕にも納得できるものばかり。

 下校中の小学生はかわいい。登校中より断然かわいい。登校する子供たちはダルそうだ。いや、ダルくない子もいっぱいいるのだろうが、我が身を振り返ると毎朝ダルかったから、どうしてもそう見えてしまう。眠い目をこすり、ちんたら進む小学校までの道のり。今、思い出しても頭がぼんやりしてくるくらい。
 しかしである。下校中の小学生は、風に舞う花びらのようにフワフワ。帰る方向が同じ友達と軽やかに歩いている。
 突然、友の名前を読んで走り出したり、ピタリと立ち止まり植え込みをのぞき込んだり。予測不可能な動きに、道路が、いや街が、いや世界全体が動揺して見える。
 むろん、わたしも平常心ではいられない。午後、駅に向かって歩いているときに彼らに出くわすと心が沸き立つ。小学校から放たれたかわいい人たちが、あっちにもこっちにもいて、うわわ、どんなおしゃべりしているの? いつも興味津々。
 この前は、男子ふたり、女子ひとり編成の3人組の会話に思わず聞き耳。
 5年生くらいだろうか。女の子はまっすぐな長い髪を無造作に背中に下ろし、黒いショートパンツに、黒いパーカーを羽織っている。イケてる感じだ。男子ふたりより頭半分高い。
「黒い服ってカッコいいよね」
 ひとりの男子が言うと、もうひとりの男子が「オレも黒、着たい」と同意。上下黒でキメている女の子をうらやましがっている。ふたりとも、お母さんは黒い服を買ってくれないらしい。女子の黒い服を羨望のまなざしで眺める男子ふたり。


 僕自身は、小学校時代に女子と一緒に帰ったことはなかった……ような気がする……
 と思いつつ。
 
 大人になると、つい、こういう子供たちの日常会話に聞き耳を立ててしまうんですよね。
 唐突な思いつきを、いかにも大事なことのように熱く語り始める子どもたち。
 たしかに「登校」のときは、なんだか「学校に連れて行かれる」感じなのに比べて、下校時には解放された気持ちになりながら、石けりをしたり、友達と話したりしながら歩いていました。

 口にする機会はそれほどないけれど、この世界から失われてしまうとしたらさみしい。
 鯛焼きは、わたしがそう感じる食べ物のひとつである。ちなみに、綿菓子やクリームソーダ、缶詰のパイナップル、うずらのたまご、アメリカンドッグなどもその一派なのだった。
 さて、鯛焼きのかわいさに気づいたのは、割合、最近のことである。鯛焼きの形状がかわいいというより、鯛をモチーフに選んだことをかわいいと思う。


 かわいい、と言いつつも、益田さんは、鯛焼きについてこんな話もされています。

 ところで、鯛焼きといえばどこから食べるか問題がある。
 尾からか、頭からか。
「頭はかわいそうやから、しっぽから」
 と、言いながら母親が鯛焼きを食べていたのを覚えている。わたしはまだほんの子供だったけれど、心の中でこう思っていた。
 でも、全部食べるやん。
 わたしは、わざと頭から食べた。それを見た母が、「わー、かわいそう」と笑ったのもまた、鯛焼き同様、温かな思い出である。


 ああ、僕も「鯛焼きをどこから食べるか問題」に悩む子供だったのです。
 最初は、餡子が少ない(入っていない)し、頭から食べるのはかわいそうな気がするから、と鯛焼きの尾から食べていたのです。
 でも、意識がはっきりしていて、足からジワジワ食べられていくというのは、かえってつらいのではないか、と思うようになり、僕はまず頭を目があるあたりまでひと口で食べて、鯛を即死させてから、尾を食べ、真ん中を味わう、という食べ方になったのです。

 そもそも鯛焼きに意識や苦しみはないだろう、という話ではあるのですが、幼い頃の僕は、鯛焼きにも感情移入してしまっていたのです。
 あんぱんとかも周りをぐるっと食べて、真ん中を後に残していましたから、単に「おいしいところを後にとっておきたい性分」だっただけかもしれませんが。

 鯛焼きの食べ方って、なんとなく人柄とか思い切りの良さ、みたいなのが反映されるような気がします。
 「鯛の形をしている」というだけで、回転焼き(今川焼き)とほとんど同じ成分なのに、そこに「生命」を感じてしまうというのは、「見た目」というものの効力なのでしょう。それが気になるかどうかも、人それぞれ、なんですけどね。

 読んでいると、「かわいい」というのは、自分の年齢や立場によって変わってくるものなのだな、ということもわかるのです。
 自分が子どもの頃は、赤ん坊とか小さい子どもって、かわいいというより、うるさい、めんどくさい存在だったのだけれど、今はもう、赤ちゃんがそこにいるだけで、頬がゆるんでしまうのだよなあ。


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