琥珀色の戯言

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【読書感想】世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

元大工の政治犯として処刑されたイエス・キリスト
仕事もできず、引っ込み思案だったマハトマ・ガンディー
転職は10回以上! 3度も破産したカーネル・サンダース
目からウロコ! 偉人たちのリアルで身近なストーリー続々!
歴史と聞いて、学生時代を思い出し、身構えてしまう人も多いはずです。
でも、この本には覚えるのが大変な年号などは登場しません。
歴史上の偉人たちの人間くさくておもしろいエピソードを通して、
新しいモノの見方・考え方を獲得することができます。
本書を読めば、あなたを苦しめている悩みが間違いなく吹っ飛びます。
「歴史を面白く学ぶコテンラジオ(COTEN RADIO)初の著書! !
音声配信でも語られることのなかったメッセージがてんこ盛り


 「偉人」や「成功者」たちの「あまり知られていない失敗や意外な一面」を紹介することによって、「いま、われわれが持っている価値観やイメージは、絶対的なものではない」というメッセージを伝えよう、という本です。

 価値観は絶対ではなく、場所や時代によって変わります。
「家がある」とか「飲み水がいつでも手に入る」といった僕らの生活環境が当たり前ではないように、「人殺しはダメ」とか「体が弱い人には親切にしよう」といった僕らの価値観も当たり前ではありません。
 歴史を知るというのは、こういうことです。
 決して退屈なお勉強ではなく、僕らの「当たり前」が、当たり前ではないことを理解するということなんです。
 僕はそれを「メタ認知」と呼んでいます。
「メタ」は超えるという意味なので、「メタ認知」は今の自分を取り巻く状況を一歩引いて客観的に見る、といった意味です。
 悩んだり苦しんだりしている人は、近視眼的になっていることがほとんどです。
 メタ認知能力があれば、目の前にある悩みにとらわれずに済むこともあるはずです。だって、悩みの原因になっている「当たり前」が当たり前じゃないことに気づけるんですから。
 そして、歴史を知ることによるメタ認知のことを、この本では「歴史思考」と呼びます。
 歴史を知ること、そして「歴史思考」を身に付けることは、悩みから解放されることでもあるんです。


 僕自身は歴史好きというか、歴史の裏話的なエピソードに長年興味を持ってきたので、けっこう知っているものも多かったのです。
 こうして「うまくいかなかった話」ばかりがまとめられていると、それはそれで、僕などは、「『偉人』のネガティブなところばかりを採りあげて、自分と一緒、とか安心して、ダラダラと生きて、死んでいくのもなんだかなあ……」とも思うんですよね。
 「コップに水が半分入っているのをみて、『もう半分だけしか無い』と思う人と、『まだ半分も有る』と考える人がいる、というのはよく耳にする話ですが、僕は前者のタイプなので。

 この本、読み終えた瞬間は「ああ、ひとりの人間の成功や失敗なんて運とかタイミング次第だし、うまくいかない自分を悩んでもキリがないよね」と気分がラクにはなったのですが、なかなかこの「歴史思考」で生き続けるのは難しいようです。

 大ベストセラーになった『嫌われる勇気』の「アドラー心理学」と同じで、「それが信じられる自分なら苦労しないよ……」って。


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 物事を「俯瞰」しすぎると、自分にとって何が正しいか、どうするべきかわからなくなってしまうこともありますし。
 「相手には相手の理由や事情もある」って考えれば、「侵略戦争は悪」と言い切れなくなってしまうし、何事に対しても「どっちもどっち」になってしまう。

 「女性は人間扱いされていなかった時代がある」とか「奴隷制度のもとにギリシア、ローマは繁栄した」と主張しても、2022年の(少なくとも)先進国では、女性蔑視や奴隷制度が許されはしないでしょう。
 そこで、「奴隷制度があったから、ギリシア、ローマの文化には意味がない」と、過去の歴史を「断罪」すべきなのか、とか、考えるとキリがないですよね。

 まあ、この本は、そういう人権や性差別に関する問題で「なんでもあり」の混乱を生むよりも、「偉人」の失敗エピソードで、人生がうまくいかない人たちを勇気づける、という方向で書かれているところが多いのです。
 僕にとっては「偉人の意外な一面や面白いエピソードを知って愉しむための本」でしたし、それで良いのではないかと。


 ケンタッキー・フライドチキンのカーネル・サンダースは、決断力や行動力はあるものの、運やタイミングにめぐまれず、軌道に乗りかけた事業に何度も失敗し、65歳で全財産を失ったのです。

 ところが、そこでカーネル・サンダースは、「経営していた店で好評だったフライドチキンのレシピを売る」ことを思いつきました。いや、思いついただけではなく、自らそれを熱心にセールスし続けました。

 自信をつけたサンダースは、中古車にチキンを揚げるための圧力鍋と秘伝のスパイスを積み、家族と一緒にレストランを巡ります。お金なんてないですから、車中泊をしながら。
 営業はなかなかうまくいきません。フランチャイズという形態が新しかったのもありますし、フライドチキンも古くさい田舎料理にすぎませんから。
 車中泊をしながら、田舎の料理のレシピを売りつけようとする怪しげな老人。サンダースは少なくとも1000回は門前払いを食ったといいます。
 でも、サンダースにとって断られることなんて屁でもなかったのでしょう。70歳近いサンダースはあきらめずに営業を続けます。
 このときサンダースが着ていたのが、あの真っ白なスーツと蝶ネクタイでした。ケンタッキーフライドチキンの店舗前にあるサンダースの人形のスタイルです。完璧主義者の彼は、車中泊といえども服装に手を抜きませんでした。
 サンダースは営業先のキッチンを借りてフライドチキンを作ってから、あの酢^津に着替えてフランチャイズを持ちかけたのでした。
 どうですか? おいしかったでしょう? と。

 このビジネスは大当たりします。最初の1年こそ7店としか契約を結べませんでしたが、翌年からは爆発的にフランチャイズが拡大し、あっという間に数百店の規模に広がっていきました。
 成功の理由はいろいろ考えられますが、単純においしかったのも大きいでしょうね。幼かったサンダースがお母さんに教わったレシピが、老人になってから本格的に花開いたんです。
 全米の店舗数が600を超えたとき、サンダースは74歳になっていました。
 ビジネスが自分の手を離れたと考えたサンダースは、若い実業家のジョン・ブラウン・ジュニアに権利を売って一線から退きます。ジョンはのちのケンタッキー州知事です。
 サンダースは走ることをやめたわけではありません。その後もケンタッキーフライドチキンの顔として、日本を含む世界中の支店を飛び回りました。


 「いまの僕の年齢でも、カーネル・サンダースさんはエネルギッシュにもがいていたんだなあ。僕も、まだ先のことはわからないかも……。まあカーネルさんやすぎやなこういち先生の晩年はレアケースだけどさ……」と、一縷の希望と、彼らの持つエネルギーの巨大さへの驚嘆が入り混じった気持ちになるのです。

 偉人と僕は人間としての個体差だけではなく、運やタイミングの影響が成果の違いになっているのかもしれません。

 結局のところ、偉人たちは「何かをやろうという意志を持ち、そのための努力を継続してきた人たち」ではあるんですよね。
 それこそが、彼らの凄さであるのと同時に、歴史の中には、困った方向に、その「意志」が向いてしまって、大勢を苦しめた人もいるのです。


 人生、何が幸いするかわからないし、時間の経過で、「正しかったこと」が間違いになったり、人格者が「老害化」してしまうこともあるのです。

 アップルをつくったスティーブ・ジョブズ(1955年ー2011年)の影響を受けていない現代人は、ほとんどいないでしょう。僕たちの生活に欠かせないスマートフォンをメジャーにしたのはこの人です。
 彼は20代のうちに雑誌『タイム』の表紙を飾ったりしていますから、早咲きといえます。しかしジョブズは30歳のとき、開発したマッキントッシュが全然売れなかったせいで、アップルをクビになっています。
 もちろんそのときは彼もつらかったでしょう。しかし彼は、アップルを離れてからさまざまな経験を積み、11年後に業績不振に苦しむアップルに戻ります。そして、アップルの絶頂期をつくり上げました。
 もしジョブズがアップルを追い出されなければ、今のアップルはありませんでした。僕たちの生活も少し変わっていたかもしれません。


 ジョブズが亡くなって、もう10年経つんだなあ……と感慨にひたりつつ。


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 僕はスティーブ・ジョブズという「偉人」のことを考えるたびに、ジョブズは若くして亡くなってしまったけれど、出資していたPIXERの『トイ・ストーリー』が、ジョブズの資産が尽きる前になんとか完成し、大ヒットしたことや、かなり「パワハラ気質」だったジョブズが、ネットでの告発が活発化する前、あるいはアップルのなかで「老害化」する前に世を去ってしまったことを思い出すのです。
 アップルを追い出されたあと、戻ってくる前に寿命が尽きていたら、いまのジョブズの名声も、アップルの現在の繁栄もなく「残念な一発屋起業家」として語られていたかもしれません。

 極論すれば、広島・長崎の原爆で亡くなった人の中に、生きていれば世界を変えた赤ん坊がいた可能性もあります。

 こういうのは、考え始めるとキリがない、というか、ひとりの人間にはどうしようもないことって、本当にたくさんあるんですよね。
 とはいえ、「何かをやろうという意志」がなければ、何もはじまらないのも事実なのです。


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