琥珀色の戯言

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【読書感想】夏物語 ☆☆☆☆

夏物語

夏物語


Kindle版もあります。

夏物語 (文春e-book)

夏物語 (文春e-book)

内容(「BOOK」データベースより)
大阪の下町に生まれ育ち、東京で小説家として生きる38歳の夏子には「自分の子どもに会いたい」という願いが芽生えつつあった。パートナーなしの出産の方法を探るうち、精子提供で生まれ、本当の父を捜す逢沢潤と出会い、心を寄せていく。いっぽう彼の恋人である善百合子は、出産は親たちの「身勝手な賭け」だと言い、子どもを願うことの残酷さを夏子に対して問いかける。この世界は、生まれてくるのに値するのだろうか―。


 「ひとり本屋大賞」8冊め。
 川上未映子さんは、すごい作家だと思います。
 この『夏物語』を読んでいると、正直、「女性って、こんなに自分の身体のこととか、子どものこととかばかり考えているのか?」と思いますし、「男性お断り」の小説ではないのか、という気もしてくるのです。
 
 その一方で、この丁寧さ、感情の描き方のこまやかさこそが川上さんの魅力なのだと思いつつも、「冗長で、何が言いたいのかよくわからず、これだけ『舞台』をしっかり整えたわりには、後半はご都合主義で駆け足になってしまっている」とも感じました。
 前半のペースで、ずっと書き続けていたら、ただでさえ長く、500ページをゆうに超えるこの作品は、1000ページ越えになってしまうでしょうけど。

 人が(というか、女性にとって、と言ったほうが良いのでしょうね)子どもを生むというのは、どういうことなのか。

「子どもをつくるのに男の性欲にかかわる必要なんかない」
 遊佐は断言した。
「もちろん女の性欲も必要ない。抱きあう必要もない。必要なのはわたしらの意志だけ。女の意志だけだ。女が赤ん坊を、子どもを抱きしめたいと思うかどうか、どんなことがあっても一緒に生きていきたいと覚悟を決められるか、それだけだ。いい時代になった」
「わたしも、そう思う」わたしは昂ぶる気持ちをおさえて言った。「そう思う」

「みんな、おんなじことを言う」善百合子は言った。「AIDの親だけじゃなくて、親はみんなおなじことを言うの。赤ちゃんは可愛いから。育ててみたかったから。自分の子どもに会ってみたかったから。女としての体を使いきりたかったから。好きな相手の遺伝子を残したかったから。あとは、淋しいからだとか、老後をみてほしいからとかなんていうのもあるね。ぜんぶ根っこはおなじだもの。
 ねえ、子どもを生む人はさ、みんなほんとに自分のことしか考えないの。生まれてくる子どものことを考えないの。子どものことを考えて、子どもを生んだ親なんて、この世界にひとりもいないんだよ。ねえ、すごいことだと思わない? それで、たいていの親は、自分の子どもにだけは苦しい思いをさせないように、どんな不幸からも逃れられるように願うわけでしょう。でも、自分の子どもがぜったいに苦しまずにすむ唯一の方法っていうのは、その子を存在させないことなんじゃないの。生まれないでいさせていてあげることだったんじゃないの」
「でも」わたしは考えて言った。「それは……生まれてみないと、わからないことも」
「それは、いったい誰のためのことなの?」善百合子は言った。「その、「生まれてみなければわからない」っていう賭けは、いったい誰のための賭けなの?」


 幸せそうな人が、あんまり出てこない小説なんですよ。
 それはものすごくリアルで、子どもの頃は、よその家はけっこうみんな『サザエさん』みたいな家で、幸せそうに見えたけれど、実際はそんなことはない。
 生きてきて、親に「生んでくれなんて頼んでないよ」と言いたくなった人(あるいは、そう言ってしまった人)は少なくないはずです。
 ここで紹介した登場人物の言葉も、これだけ読むと、なんだか「ネットでよく見かけるような、頭でっかちの匿名さんのコメント」みたいに感じるかもしれませんが、この『夏物語』を読んでいると、「この人のこれまでの人生からすれば、こう考えるのも当然だよな」と納得してしまいます。

 まあでも、男にとっては、ずっと「男であるということを責められているような小説」ではあるんですよ。
 あるいは「男はもう要らない」という宣言。

 川上未映子さんは、憧れの作家だという村上春樹さんとの対談集が出ているのですが、そういえば、村上さん夫婦は子どもがいない。


fujipon.hatenadiary.com


 ちなみに、川上さんは出産経験があり、そのときのことを本にされています。


fujipon.hatenadiary.com


 これも僕にとっては、すごくインパクトがあるのと同時に、正直、もう読むのがつらすぎる、という内容でした。
 いろいろ思い出してしまって。

 
 すごい小説なんですよ、これ。
 なぜ男女はすれ違うのか、人は変わっていくのか、子どもなんて興味がなかったはずの人が、「生む」ことに執着してしまうのはどういうことなのか……

 今の世の中には、家族にもいろんな形があって、「みんなちがって、みんないい」というのが建前になっています。
 でも、「自分の幸せ」というのをそれぞれの人が突き詰めていくと、そこには「家族」というのは存在しないか、あるいは、「邪魔なもの」になっていくのだろうな、と僕は感じているのです。
 
 本当に子どものためを思うのであれば、「生まない」のが最善ではないのか?
 僕は、そうかもしれない、と考え込んでしまいます。
 でも、すぐに「そもそも、お前が生んだわけじゃないし、お前は何もしていないじゃないか。お前には、このことを考える資格があるのか?」という声が聞こえてきて、ただ、うなだれるしかなくなるのです。

 圧倒的な凄みがある小説だけれど、読んでいて、つらくて仕方がなかった。「素晴らしい小説」だけれど、「僕のための小説」ではなかった、と思います。


fujipon.hatenablog.com

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