琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】税金の世界史 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

衆議院総選挙で税金は争点になるのか? コロナとオリンピックで使った経費は回収できるのか?
古代からの歴史をつくり未来を変える税のすべて!
とんでもない税、戦争や疫病時の税、税制の欠陥、デジタルとデータ、ユートピアの設計……税の本質としくみを理解し、語り合うために絶好の一冊。

古代より、文明には税がつきものだった。人類最古の文明であるメソポタミア文明にも一種の税があ要な宗教にしても、信徒から金を集める仕組みをそれぞれに有した。また、歴史上の革命や反乱の多くは重税への不満を原因にしていた。そして現代、テクノロジーの進歩による社会の著しい変化に、いまの税の仕組みが追いついていないことを詳らかにし、これからの税はどうあるべきかについて掘り下げる。

この本の目的は、現代の人びとに改めて税について考え、語りあってもらうことである。税というプリズムを通して世界——われわれを取り巻く現在、過去、未来の世界——を見れば、さまざまなことが明白になってくる。現状をもたらしたものは何か、この出来事を引き起こしたものは何か、未来はどうなっていくのか——それを変えるには何をすればいいのか。文明の形は税制によってつくられる。国家の運命——人びとが豊かになるか貧しくなるか、自由な立場を得るか隷属的な立場を得るか、幸せになるかみじめになるか——の大部分は税制によって決まるのだ。(本書第3章より)


 取られる側としては「税金大好き!」という人はいないと思います。僕も給与明細を眺めるたびに、税引き前と後の金額を見比べて悲しくなりますし、株式投資でもプラスになった分の2割は税金として徴収されます。
 
 世の中というのは、みんながいろんな方法で、少しでも「節税」したい、しようとしている一方で、有名人の「脱税報道」には厳しい意見が多いのです。
 自分だってなるべく安く済ませたいけれど、他者が税金を安くするために法の一線を越えてしまうと許せない。
 僕も含めて、多くの給与所得者は、源泉徴収されているので、「節税対策」もできず(やろうと思えば、できなくもないんですが)、言われるがままに税金を払っている、という不公平感もあります。

 しかしながら、いまの世の中で「税金を払いたい」という人はほとんどいなくても、「社会に税金なんて仕組みは不要だ」と主張する人はほとんどいないのも事実なのです。

 この本は、歴史における「税金」という仕組みのはじまりから、それが文明の発展とともに、何を対象としていったのか、という変遷、そして、「見えないものが価値を持つ時代になった」現在での新たな税制への提言が書かれています。

 戦争や大規模な公共事業には、とにかくお金がかかる。
 「権力者」が歴史に登場して以来、さまざまなものに税金がかけられてきたのです。

 17世紀のイングランドでは、相次ぐ戦争で戦費が不足したために、新しい税金が「発明」されました。

 1696年、解決策が見いだされた。なんと、またもや新税が導入されたのだ──「家屋、明かり取りおよび窓税」、通称「窓税」である。
 徴税人は人びとの家の外から窓の数をかぞえるようになった。わざわざ屋内に踏みこむ必要はなくなった。プライバシーを侵害せずにすんだ。納税者とのやりとりも、なんらかの告知もいらなかった。窓をどこかに隠すことは不可能なので、税金逃れは容易なことではなかった。炉税のおかげで、この新税を集めるインフラはすでに整っていた。それに、これは公平な税であるように思われた。概して、窓の数が多ければ多いほど、それだけ住人は豊かであり、高い支払い能力を有するといえたからである。
 政府によって定められた恒久法には、導入時には限時法だったものがいくつもあるが、窓税法もまたそうだった。納付金額は、当初はわずかなもので、窓数10以下の家屋一軒につき2シリングと定められていた。だが、それがだんだんと引き上げられていった。
 やがて、税金逃れのため、わが家の窓を塞いでしまう人びとがあらわれた。1718年の時点で、窓税は政府の期待どおりには集まっていなかった。そこで打たれた手は、減税ではなく増税だった。すると、もっと思いきった方法で租税回避が行われるようになった。家屋は、初めから窓の数の少ないものがつくられた。なかには、あらかじめ窓の開口部がレンガで塞がれている例もあった。所有者が希望すれば、あとでレンガを取り除き、ガラスをはめることもできた。それから、全室に窓のない集合住宅もつくられた。電灯もガス灯もなかった時代には、明かりといえば獣脂ろうそく、あるいはラッシュライト(アシの茎を灯心にし、脂にひたしてつくったろうそく)の煙たい炎くらいのものだった。日光も新鮮な空気も入らないとなれば、犠牲は小さくなかった。
 それから、のちに医学雑誌『ランセット』によって「光に対してかかる、ばかげた税」と呼ばれることになる新税が登場した。1746年、ジョージ二世の治世にガラス税が導入されたのである。窓税とガラス税は、ジョン・スチュアート・ミルの言う「建物の変形をもたらす要因」になったとはいえ、150年の長きにわたって家屋建築の拠りどころでありつづけ、イギリスおよびフランス(やはり窓税があった)の村、町、都市の外観を決定づけていた──そして、現在も当時の外観を保っている地域はいくつもある。


 僕はこの「窓税」のことを『大逆転裁判』というゲームで知ったのですが、最初は「ゲーム内での設定で、フィクション」だと思ったのです。あるいは、暴虐な権力者が気の迷いでつくった、ほんの一時期だけ適用された税制なんだろうな、と。
 ところが、この「窓税」は、かなり長く取り立てられつづけており、おかげで、人々は窓の少ない、薄暗い部屋での生活を余儀なくされていました。


fujipon.hatenablog.com


 税金というのは、人々の行動を変える力があるのです。
 「窓税」のおかげで、家屋の建築様式が変わったし、近年でも、タバコへの税金を上げれば、価格も上昇し、禁煙しようという人が増えていくのです(実際に禁煙できるかどうかは別として)。タバコに対する税金などは「国民の健康を守るため」みたいな大義名分のもとに上げやすいところもありますよね。

 世界のなかでは、法人税を安くすることによって、海外企業を誘致したり、経済活動を活性化させる、という政策をとっている国も少なからずあるのです。

 税率を上げれば、税収も増える、と考えられがちなのですが、実際はそんなに単純なものではなく、税率を下げることによって、かえって経済成長がもたらされ、税収が増える(あるいはその逆の現象が起こる)という事例も著者は紹介しています。

 1997年に中国に変換された香港は、政府もその政策も事実上中国本土に統合されると予測されていた。だが、実際にはその逆だった。アジアの他の国々は香港の成功に目を留め、その手法をまねた。1959年、シンガポール初代首相に就任したリー・クアンユーは、香港のように低い税負担と経済不介入を政策とし、同じように成功した。韓国、台湾、それにある程度までは日本も、低い税負担・高い輸出額のモデルを採用し、経済を大きく成長させている。中国自体も同じような手法を取るようになる。


 ただ、この本を読んでいると、著者はアメリカ的な新自由主義経済主義を支持しているのだな、とも思うんですよ。
 いまの日本で生活している僕からすれば、日本は長年の経済の停滞に喘いでいるし、シンガポールも国全体としては劇的な経済成長を遂げているけれど、格差が非常に大きい社会になっており、ケアワーカーは海外からの出稼ぎ労働者が多いのです。
 税金には富の再分配という役割もあって、「低負担、低福祉」というモデルが万人にとって正しい、と言えるのかどうか。


 また、徴税のやり方についても、「いかにして徴税漏れ、税金逃れを防ぐか」を為政者たちは試みてきたのです。

 1802年に(イギリスとフランスの)講和条約アミアンの和約)が結ばれると、小ピットのあと首相に就任したヘンリー・アディントンは所得税を廃止した。ところが、その一年後にまたもフランスと敵対関係におちいると、まもなく所得税を再導入した。だが、アディントンはその根本的な部分のいくつかを改正した。
 ピットの所得税にあったおもな難点は、国民の私生活に踏みこまざるを得ないところだった。アディントンはこの税制の全体を一新したが、そのおもな目的は二つあった。立ち入った調査を避けること、そして不正行為を防ぐことである。彼は所得を五つのシェジェールと呼ばれる種別に分類した。この分類は、今日もある程度存続している。
 アディントンは優れた新機軸を打ち出した。源泉徴収である。ピットの税制では、納税者は税金を支払う責任を負っていた。だが、アディントンの改正により、所得発生時に税金を納めることが可能になった。銀行は、公債保有者に利子を支払うとき、利子にかかる税金分をあらかじめ差し引いた。また、企業の株主に配当金を支払うときにも、配当金にかかる税金分を差し引いてからそうした。公的機関から支払われる俸給と年金も、同じように源泉徴収された──この源泉徴収方式は20世紀後半、より広い雇用に導入されるようになり、今日では世界の大半の国で採用されている。


 源泉徴収というのは、僕のような給与所得者にとっては、給料日に「ああ、税金引かれているな……」と、悲しい気分になるものではあるのですが、税金を取る側からすれば「手間が省け、未納を劇的に減らせる画期的な発明」だったのです。払う側にとっても、「そこで税金を払ってしまえば、後であれこれプライバシーに踏みこまれなくても済む」というメリットはあります。
 個人のプライバシーに関する意識が高いヨーロッパでは、「課税対象を見極める」ことと「納税者のプライバシーを守る」ことの綱引きが長年続いていたのです。

 この本を読んでいると、やっぱり世の中金、なのかな……という気分になってくるんですよね。
 奴隷制度の存続をめぐっての戦い、というイメージが強いアメリカの南北戦争なのですが、著者は、「平和的な独立を志向していた南部に対して、南部からの税収で『アメリカという国』を維持していた北部が、分裂を阻止しようとしたために起こった」と述べています。

 結局、金目かよ!と思う一方で、やっぱり、イデオロギーよりもカネだよな……と納得してしまうところもありました。

 大きな政府と小さな政府、権威主義とリバタニアリズム、古い企業慣行と新しい科学技術、税の種類の追加と削減。これら二者間のイデオロギー的闘争はこれからも続くはずである。どちらの側も自分から引くことはない。だが、国民の税負担が小さい国、税制が公平でわかりやすい国は生き残る。国民の税負担が小さいほど──したがって、国民がのびのびとしているほど──それだけたくさん新発明や新機軸が生まれ、富が増えることになる。これまでの歴史ではずっとそうだった。これからもずっとそうだろう。


 多くの戦争や革命は、「税金」が理由で起こっているのです。
 結局のところ、政治というのは、「どうやって税収を得るのか、そして、それをどう分配するのか」に尽きるのかもしれません。


fujipon.hatenablog.com
fujipon.hatenadiary.com

アクセスカウンター