琥珀色の戯言

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【読書感想】AI vs. 教科書が読めない子どもたち ☆☆☆☆☆

AI vs. 教科書が読めない子どもたち

AI vs. 教科書が読めない子どもたち


Kindle版もあります。

内容紹介
東ロボくんは東大には入れなかった。AIの限界ーー。しかし、”彼”はMARCHクラスには楽勝で合格していた!これが意味することとはなにか? AIは何を得意とし、何を苦手とするのか? AI楽観論者は、人間とAIが補完し合い共存するシナリオを描く。しかし、東ロボくんの実験と同時に行なわれた全国2万5000人を対象にした読解力調査では恐るべき実態が判明する。AIの限界が示される一方で、これからの危機はむしろ人間側の教育にあることが示され、その行く着く先は最悪の恐慌だという。では、最悪のシナリオを避けるのはどうしたらいいのか? 最終章では教育に関する専門家でもある新井先生の提言が語られる。


 近い将来、人間の仕事は、どんどんAI(人工知能)に奪われていく。
 専門家のそういう主張を僕はたくさん読んできました。
 僕自身はもう40代半ば、ということもあり、なんとかこのまま逃げ切れるのではないか、と楽観視しているところもあるのですが、子どもたちは大丈夫だろうか、という不安はあるんですよね。
 もっとも、そういうのって、「その時代を生きる人たちが、それぞれうまくやっていくしかない」のでしょうけど。


 この本の前半部では、数学、そして人工知能の専門家である著者が、AIと人間の現在と将来についての考えを述べています。

「東ロボくん」と名付けた人工知能を我が子のように育て、東大合格を目指すチャレンジを試みてきた数学者として、多くの人が人工知能に興味を持つことはとても嬉しいことです。その一方で、たくさんのAI関連書籍が出版され、その多くは短絡的であったり扇動的であったりしていて、その触りが喧伝されることで形作られていくAIのイメージや未来予想図が、その実態とかけ離れていることを、私は憂慮しています。
 AIは神に代わって人類にユートピアをもたらすことはないし、その一部が人智を超えて人類を滅ぼしたりすることもありません、当面は。当面というのは、少なくともこの本を手に取ってくださったみなさんや、みなさんのお子さんの世代の方々の目の黒いうちにはというころですが、AIやAIを搭載したロボットが人間の仕事をすべて肩代わりするという未来はやって来ません。それは、数学者なら誰にでもわかるはずのことです。AIはコンピューターであり、コンピューターは計算機であり、計算機は計算しかできない。それを知っていれば、ロボットが人間の仕事をすべて引き受けてくれたり、人工知能が意思を持ち、自己生存のために人類を攻撃したりするといった考えが、妄想に過ぎないことは明らかです。
 AIがコンピューター上で実現されるソフトウェアである限り、人間の知的活動のすべてが数式で表現できなければ、AIが人間に取って代わることはありません。後で詳しく説明しますけれど、AIに神様になってほしいと思う人たちには残念なことかもしれませんが、今の数学にはその能力はないのです。コンピューターの速さや、アルゴリズムの改善の問題ではなく、大本の数学の限界なのです。だから、AIは神にも征服者にもなりません。シンギュラリティも来ません。
 なんだ、じゃ、AIに仕事を取られて失業するっていうのは嘘か。安心したーー。もしかして、そう思われましたか。残念なことに、私の未来予想図はそうではありません。シンギュラリティは来ないし、AIが人間の仕事をすべて奪ってしまうような未来は来ませんが、人間の仕事の多くがAIに代替される社会はすぐそこに迫っています。つまり、AIは神や征服者にはならないけれど、人間の協力なライバルになる実力は、十分に培ってきているのです。「東ロボくん」は、東大には合格できませんが、MARCHレベルの有名私大には合格できる偏差値に達しています。


 AIは、数字で表現できる仕事を効率よくやることに関しては、人間より圧倒的にすぐれているし、人間の仕事の多くを奪っていくだろう、と予測されているのです。
 大学入試にしても、人間の受験者の平均よりはるかにレベルが高いMARCH(明治・青山学院・立教・中央・法政)に合格できるレベルまで進化を遂げてきました。
 しかしながら、ここから東大の入試を解けるようになるには、大きな壁がある、ということも、この研究によってわかってきたそうです。

 「そこそこのサーバを使って5分で解けない問題は、スパコンを使っても、地球滅亡の日まで解けない」
 たとえばこんな問題です。
 「平面上に四角形がある。各頂点からの距離の和が一番小さくなる点を求めよ」
 実際に図を描いてみるとわかりますが、人間だったら、「答は、対角線の交点だな」となんとなくわかります。証明もそれほど難しくありません。対角線の交点以外の点をとると、各頂点からの距離の和は、必ず、2本の対角線の和より長くなります。
 なぜ人間がこの問題を簡単に解けるのか、よくわかりません。たまたま答が対角線の交点だからかもしれません。交点というのは、人間にとって「自然」な存在です。「フェルマーの定理」も、最近、日本人数学者が証明して話題になった「abc予想」も、定理そのものは高校生でも理解できる「自然な」ものです。けれども、コンピューターには「自然な定理」とは何かがわかりません。
 先ほどの四角形の問題をコンピューターに解かせてみようとしたところ、いつまでたっても応答がありません。知人にお願いしてスパコンを使ってみたのですが同じ結果です。そこで理論計算をしてみました。すると、宇宙が始まってから現在までよりも長い時間を要することがわかりました。
 数式処理だけではありません。自然言語処理では、そもそも何を計算すればよいのかがわからないような問題が山積みです。つまり、どれもこれもスパコンを使えば計算できるという類のものではありませんでした。その意味で、「スパコンの能力が向上しさえすれば、人間の知性を超えられる」というのは出鱈目です。量子コンピューターを使っても状況は変わりません。たとえて言うなら、すべての英単語を憶えても、文法をまったく知らなければ、英語を読んだり話したりできないのと同じです。
 もちろん、スパコンは不要だというのではありません。スパコンの最も得意な分野は大規模データに基づくシミュレーションです。気象分野ではそれが活用され、天気予報の精度は20年前とは比較にならないほど向上しました。が、だからと言って、AIの能力を向上させるのに役立つとは限らないということです。


 とくに、国語と英語では、問題の「意味」をとらえることがコンピューターにとっては難しいと著者は述べています。


 僕も、こんなに汚職や不倫騒動ばかり起こるのであれば、未来の政治はAIにやってもらえばよいのではないか、と思っていたんですよ。
 でも、(現時点での)AIは「決められた条件や目標に対して、最も効率的な判断をする」ことはできても、目標そのものを設定することができないのです。
 「良い政治」というものを数値化できれば、AIは素晴らしい仕事をしてくれるでしょうけど、どういうのが「理想的な政治」なのかは、人それぞれですよね。
 となると、AIが効率化するべき価値や目標を決めるのは人間ということで、「それを決めた人にとって最適な政治」にしかならないのです。
 汚職や不倫とは無縁になるだけでも、満足する人は少なくないかもしれませんが。


 正直、この本を読んでいると、前半の「AIの限界の話」よりも、後半の「教科書が読めない子どもたち」のインパクトに圧倒されてしまうんですよ。
 

 著者は、大学教員の多くが、学生の学力の質の低下を感じている、というのを受けて、「大学生数学基本調査」というのを行っています。「勉強ができない」というよりも、「論理的な会話ができない、設問の意図と解答があまりにもズレている」と感じる場面があまりにも増えている、ということに危機意識を持ったのだそうです。

問題:次の報告から確実に正しいと言えることには〇を、そうでないものには×を、左側の空欄に記入してください。


 公園に子どもたちが集まっています。男の子も女の子もいます。よく観察すると、帽子をかぶっていない子どもは、みんな女の子です。そして、スニーカーを履いている男の子は一人もいません。


(1)男の子はみんな帽子をかぶっている。
(2)帽子をかぶっている女の子はいない。
(3)帽子をかぶっていて、しかもスニーカーを履いている子どもは、一人もいない。


 読んでいると、なんかまわりくどい問題だなあ、とは思うのですが、こういう「なぞなぞ」って、子どもの頃によく解いていた記憶があります。
 せっかくなので、これを読んでいる方にも、答えてみていただきたいのです。
 「バカにすんな!」って思う人も多いだろうけど。

 正しいのは(1)のみです。
 問題文中の「帽子をかぶっていない子どもは、みんな女の子です」という文から、「男の子は帽子をかぶっている」ことがわかります。ですから(1)は正しいです。しかも「女の子は誰も帽子をかぶっていない」とは言っていません。つまり、確実に正しいとは言えないのです。だから(2)は×です。さらに、「スニーカーを履いている男の子は一人もいません」という文と合わせても、「帽子をかぶっていて、しかもスニーカーを履いている女の子がいる」可能性を否定できませんから、(3)の答も×です。


 この問題の正答率は64.5%でした。入試で問われるスキルは何一つ問うていないのに、国立Sクラスでは85%が正答した一方、私大B、Cクラスでは正答率が5割を切りました。では、多くの高校生が憧れる私大Sクラスではどうだったか。国立Sクラスに比べて20ポイントも低い66.8%に留まりました。どこの大学に入学できるかは、学習量でも知識でも運でもない、論理的な読解と推論の力なのではないか、6000枚もの答案を見ているうちに、私は確信するようになりました。


 「これ、本当に大学生の話?」って驚いたんですよ。
 ちょっとまわりくどいクイズみたいな問題とはいえ、いちおう大学まで進んだ人たちでも、3人に1人は間違えるって、あまりにも酷くない?


 僕はこれを読んで、子どもが通っている塾が主催している講演会で、「最近の子どもは、算数の文章題の問題文を理解できなくなっている」というのを聞いたのを思い出しました。
 その講師の先生は、「算数でも、大事なのは国語力というか、問題の意味を読み取る力なのだ」と強調していたんですよね。
 いくらなんでも、こんな簡単なつるかめ算の意味がわからない、なんてことがあるのだろうか?と今の僕の感覚では思うのですが、実際の誤答例をみると、たしかに「問題文の意味がわかっていない」のです。
 それでは、どんなに四則計算のトレーニングをしたとしても、文章題は解けません。
 

 ネット上では、「なんでこの人は、書いてないことを勝手に読み取って批判してきたり、趣旨とずれた解釈ばかりしているのだろう?」と感じることが少なからずあります。
 多くの人が、そういう体験をしているのではないでしょうか。
 そして、「この人は、自分をからかっているのか、あるいは、いやがらせをしているのだろうか?」と考えてしまう。
 こういうデータを見せられると、もしかしたら、彼らは本当に「読めていない」のではないか?という気がしてくるんですよね。
 もちろん、こちらの言い方が悪い、わかりにくい書き方をしている、というケースもたくさんあるのだけれど。

 中高生の読解力については、現場の教員のみなさんが、最も敏感にそれを察し、危機感を抱いておられます。高等学校の先生からは、「板書ができない」という悩みを打ち明けられました。板書をしても、書き写せない生徒が増えているからだそうです。筆記試験が難しくて普通免許が取得できない卒業生や、折角、板前修業をしても、調理師免許が取れない卒業生も少なくないそうです。

 AIと共存する社会で、多くの人々がAIにはできない仕事に従事できるような能力を身につけるための教育の喫緊の最重要課題は、中学校を卒業するまでに、中学校の教科書を読めるようにすることです。世の中には情報は溢れていますから、読解能力と意欲さえあれば、いつでもどんなことでも大抵自分で勉強できます。
 今や、格差というのは、名の通る大学を卒業したかどうか、大卒か高卒かというようなことで生じるのではありません。教科書が読めるかどうか、そこで格差が生まれています。


 読解力を上げるにはどうすればいいのかと、著者たちは子どもたちの一日あたりの読書の時間やスマートフォンの使用時間など、さまざまな仮説を立てて統計をとってみたものの、有意差はみられなかったそうです。ただ、このような調査結果に基づいて、先生たちが「子どもたちは教科書を読めていない」ということを意識して授業を行うことによって、成績の向上がみられた、という例を紹介しておられます。
 

次の文を読みなさい。


 Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。

 
 この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさない。


 Alexandraの愛称は(  )である。

(1)Alex (2)Alexander (3)男性 (4)女性


 バカにすんな、と思われた方もいるでしょうし、あまりにも簡単すぎて、引っかけ問題ではないか、と疑心暗鬼になった方もいるのではないでしょうか。
 答えは(1)なのですが、著者の調査では、全国の中学生(235名)の正解率が38%、高校生(432名)の正解率が65%だったそうです。誤答のなかでは、(4)が中学生で39%、高校生で26%を占めています。
 どんな高校なんだよ、と思いきや、解答したのは「進学率ほぼ100%の進学校」の高校生なのだとか。

 東ロボくんのチャレンジが明らかにしたことは、AIはすでにMARCHの合格圏内の実力を身につけたということです。その序列は大学進学希望者の上位20%です。大学に進学していない人も含めると、序列はもっと上がるはずです。つまり、AIにより仕事を失った人のうち、人間にしかできないタイプの知的労働に従事する能力を備えている人は、全体の20%に満たない可能性があるということです。
 一方、私たちのRST(リーディング・スキル・テスト)の全国調査で明らかになったのは、日本人の決定的な教科書読解力の不足です。読解力こそ、AIが最も苦手とする分野であることは、この本の中で再三述べてきました。しかし、残念なことに多くの人が、AIに対して優位に立てるはずの読解力で、十分な能力を身につけていません。さらに、日本の教育が育てているのは、今もって、AIによって代替される能力です。
 こうした状況はどういう結末を招くことになるでしょうか。


 これはもう、「AI以前」の問題ではありますね。
 AIが人間に近づいている、というよりは、人間のほうがAIのようになってきているのかもしれません。それは「退化」なのか、それとも「時代に適応してきている」のだろうか。


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