琥珀色の戯言

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【映画感想】羊と鋼の森 ☆☆☆☆

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北海道育ちの外村直樹(山崎賢人)は、高校でピアノの調律師・板鳥宗一郎(三浦友和)と出会い、板鳥の調律したピアノの音色がきっかけで調律師を目指すことに。やがて板鳥のいる楽器店で調律師として働き始め、先輩に同行した仕事先で高校生の姉妹ピアニスト和音と由仁に出会う。

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2018年、映画館での18作目。
観客は僕も含めて3人でした。
本屋大賞』の映画化って、興行的にはけっこう厳しくなりがちなのかな……正直、この『羊と鋼の森』も、こんな地味な小説は、売れる映画にするのは難しいのではないか、と思っていましたし。
でもこれ、本当に「ていねいに作られた佳作」という言葉がふさわしい作品でした。
見ていて安心するというか、穏やかな心のまま2時間15分くらい画面を眺めていられるというか。
北海道の自然の美しさと登場人物の丁寧な心理描写、ピアノの音の温かさ。
「悪い人」が出てこないというのは、娯楽映画としては物足りない感じはするのですが、光石研さんが演じていた先輩が、僕はとくに印象に残りました。
「自分は耳が良すぎたから、一流のピアニストと自分の能力との決定的な違いがわかったんだ」
プレイヤーであり続けるためには、ある種の鈍感さが必要なのかもしれません。


この映画をみていて、調律という仕事は、なんとなく病院での診療、とくに問診に似ているような気がしたのです。相手の言葉をきちんと聞かなければならないけれど、それに流されすぎてはいけない。
相手がうまく言葉にできない感情(症状)を引き出すことが重要で、「何が正常なのか」を自分のなかに持っていないと異常を感知できないし、だからといって、自分の経験にだけ頼っていては、とんでもない落とし穴にハマることがある。


でもまあ、だからこそ、地方都市で「世界を目指す」と気負っている主人公をみていると、田舎の小さな病院で働いているにもかかわらず、「いつか世界的な業績をあげてやる!」と内心気負っていた自分たちの若い頃を思い出して、心がチクチクと痛むところもあるのです。


「世界に羽ばたく」ような人は、そんなところからスタートしない。
F1で最後方のグリッドからのスタートにもかかわらず、「トップでチェッカーフラッグを受けてやる!」って息巻いているようなものではないのか。
それは、和音と由仁にも言えることだけれど。
ピアニストとして生きていける人は、あのくらいの年齢になったら、もう、世界的なコンクールが具体的な目標になっているはず。


……というような、感じ悪いオッサンになりつつ、観ていたわけです。
でも、これから何かの仕事をやろうという人には、この主人公の「熱」に触れてみるべきではないかな、とも思います。
限界をつくっているのは自分自身、というのは、ありがちなことなので。


観ていて、小学校時代に嫌々ピアノ教室に通っていた頃の自分を思い出しました。
あの頃は「ピアノは女の子がやるものだ」と思い込んでいて、同級生に「お前、男なのにピアノとか習ってるの?」ってからかわれるのもイヤで、引っ越しを契機にやめられたときには心底嬉しかったのです。
それでも、少しだけピアノを習っていたことは、のちの僕の人生にとってはけっこう役に立ったし、この年齢になって、もっとちゃんと練習しておけばよかった、あるいは、もう一度練習してみたいな、なんて考えているのです。
何か楽器がひとつできればいいな、人生の杖になるな、って、『ノルウェイの森』の「直子のお葬式」の場面を読むたびに思う。


そして、中学生の頃、教育実習に来た音楽の先生のことも思い出しました。
いかにもまだ現場に不慣れで、緊張しきっていて、頼りなかった彼女が、音楽室のピアノの前に座って、ショパンの『革命』を弾き始めたとき、教室の空気がガラリと変わったのをいまでもけっこう鮮やかに記憶しているのです。
ピアノって、生の音楽の力って、すごいな。
ケッ、音楽の授業なんてさ、という田舎の男子学生たちが、まさに圧倒されていたんですよ。
その「頼りなくみえた、教育実習の先生」の演奏に。
また、ショパンの『革命』っていうのが、ベタだけどカッコ良くって。


ああ、また作品とあまり関係のないことを書いてしまった……
でも、そういう「音楽に関する記憶」を呼び覚まされるような映画でもあると思います。


あら探しをするのであれば、世界観を逸脱するような派手な演技(あの場面で主人公がいきなり雪の中を何度も転びながらのたうち回るのは、ちょっとやりすぎ)や過剰な演出が、ちょっと鼻につくところはあったのです。
和音の『シェイプオブウォーター』には、苦笑してしまいました。
脚本が金子ありささんというのを見て、納得。
悪くない、悪くはないんだけど、その大きすぎる演技や妄想シーンは、この映画には要らないのでは……そういうのがないと、あまりにも平板すぎる、という判断なのかな……


あと、三浦友和さんが出てくるたびに、「本当は悪い人なのではないか」と身構えてしまうのは「アウトレイジ症候群」とでも言うべきなのでしょうか。最近の三浦さん、悪役が多いからなあ。


原作好きの方、穏やかな心で観られて、難しくもなく、眠くもならず、自分ももう少しがんばってみようかな、と思える映画を探している方にはオススメです。


fujipon.hatenadiary.com
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羊と鋼の森 (文春文庫)

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