琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【映画感想】記憶にございません! ☆☆☆☆

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あらすじ
病院のベッドで目覚めた男(中井貴一)は一切の記憶がなく、病院を抜け出して見たテレビで、自分が国民から石を投げられるほど嫌われている総理大臣の黒田啓介だと知る。国政の混乱を避けるため、記憶喪失になったことを国民や家族には知らせず、真実を知る3人の秘書官に支えられながら日々の公務をこなす中、アメリカの大統領が来日する。


kiokunashi-movie.jp


 2019年、映画館での19作目。
 平日の朝の回で、観客は40人くらいでした。
 中高年カップルが多かった。


 ずっと2年に1回制作されていた三谷幸喜監督の映画なのですが、今回は4年ぶりの新作になりました。
 それだけ、『ギャラクシー街道』ショックが大きかったのか……などと想像してしまいます。

fujipon.hatenadiary.com


 大河ドラマ真田丸』の脚本や舞台などで忙しかった、というのが本当のところなのかもしれませんが。

 『ギャラクシー街道』を観てしまったがために、この『記憶にございません!』を観に行くのをためらってしまったのですが、なんというか、三谷幸喜というヒットメーカーの原点回帰というか、基本的に善良な人たちばかりが出てくる、人情ドラマっぽい作品でした。
 うまくまとめてみました感が半端なくて、僕は正直、「よくできているんだけど、何か物足りない……」と思ったのですが、周りでみていた還暦くらいのカップル、とくに女性にはものすごくウケていました。
 上映前に『男はつらいよ50』の予告編が流れていて、この映画の客層も『男はつらいよ』に近いのではなかろうか。
 このくらいの年齢層というのは、朝から映画館に来ることができる、ということも含めて、今の、そしてこれからの観客のボリュームゾーンでもありますし。

 まあしかし、観客というのは身勝手なもので(というか、僕が身勝手なだけかもしれませんが)、『ギャラクシー街道』で三谷さんが狙った「三谷幸喜にしか書けないギャグ」を観ると「ブルーオーシャンを狙ったら、ブルーオーシャンすぎて魚がいなかった」と思い、この『記憶にございません!』を観ると、「よくまとまっているし、中井貴一さんをはじめとする役者陣も素晴らしかったけれど、脚本としては『豪華キャストで手堅くまとめた』って感じで、テレビの2時間ドラマでもよさそうだよな」とか言いたくなってしまうのです。
 
 三谷さんの場合は、テレビで、これでもか、とばかりの豪華キャストで特別なドラマをつくってきていることもあって、「これが映画である必要があるのか?」という気分にはなるのです。

 ただ、こういう「中高年夫婦が久々の外出で映画館にやってきて、『面白かったね』と満足して帰れる作品」というのは、かなり存在意義がありそうです。
 『ギャラクシー街道』よりは、確実に「魚がいる」ポイントを狙えている。
 政治の世界が舞台ということもあって、キャストもほとんどが中高年の「うまい役者さん」ですしね。メインキャストのなかで、小池栄子さんがいちばん若手(中井さんの長男役の濱田龍臣さんがいますけど)なのだものなあ。


 僕はこの映画を観ながら、ああ、これは、三谷さんの『スミス都へ行く』なのだろうな、と思っていました。



 三谷さんは、この映画が大好きだと以前仰っていましたし、監督作品の『ステキな金縛り』でも採りあげられていたのです。
 「政治の世界の常識」に染まっていない「普通の人が考える理想の政治」と、「清濁併せ呑むのが政治というものだ」という「政界の常識」との衝突というのは、民主主義社会での永遠のテーマなのでしょうね(『スミス都へ行く』は、1939年の作品です)。

 この『記憶にございません!』に関しては、キングメーカー官房長官を演じている草刈正雄さんの「えたいのしれなさ」が、ものすごく効いています。
 大衆は、「純心な政治家による、誠実な政治」を求めている一方で、本当に思ったとおりのことを言うと「失言」だとか「国益に反する」と怒り出す。
 悪いことをして責められるのは当然としても、善いことをしても「人気取り」だとマスメディアには批判される。
 みんな、「責めたいから、揚げ足をとって責めている」だけなのに、それを「正しい批判」だと思い込んでいる。
 発信者、表現者としての三谷幸喜という人も、そういう扱いを受けてきたのです(もちろん僕も、そういう扱いをしてきた人間のひとりです)。
 そんな「民衆の心理やメディアの伝え方への違和感」も描かれているのです。

 『スミス都へ行く』が長年愛されている一方で、『ハウス・オブ・カード』が大ヒットしたのも事実で、「政治」というのは、ドロドロしていて、野心に溢れた人間がなりふり構わずのし上がっていく舞台であることに魅力を感じる人も多いんですよね。
 しかも、別々の人が、『スミス都へ行く』と『ハウス・オブ・カード』を評価しているわけではなくて、ひとりの人間が「どちらも好き」なこともある。

 三谷幸喜さんの「ドラマ職人としての仕事」というか、「ま、こういうので良いんだよね、みんなは。『ギャラクシー街道』のあとだから、ヒットさせておかないと、次を作れなくなるかもしれないし」という声が聞こえてきたような気が、僕にはしたのです。
 本人がやりたい仕事、自分にしかつくれないと思っている作品は、たぶん、『ギャラクシー街道』のほうなんだろうけど。


三谷幸喜 創作を語る

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ステキな金縛り

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かみつく二人

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