琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

字幕と吹き替え


映画配給会社の営業努力が俗流若者論にすり替えられてしまった話(by E.L.H. Electric Lover Hinagiku(5/11))

↑のエントリで書かれている論旨からはちょっと外れてしまうのだけれども、これを読みながら「そういえば、どうして僕はわざわざ『字幕版』を観ているんだろう?」ということを考えてしまいました。
映画館で字幕・吹き替えが選べる場合はもちろん字幕版ですし、自宅で洋画のDVDを観る場合も、「英語(あるいは、その作品のオリジナル言語)+日本語字幕」を選ぶことがほとんどです。
このエントリでは、「字幕を選ぶ理由」として、神戸新聞WEBの

 日本での外国映画上映は、無声映画時代からトーキー(有声)に変わった一九三〇年代以降、字幕版が定着。世界的に吹き替え版が主流の中で、独自路線を歩んできた。

 「理由の一つは日本人の識字率の高さ。さらに、外国、特に米国に対するあこがれもあり、俳優の生の声を聞きたいという願望があったため」と、外国映画の老舗配給会社・UIP映画関西支社は分析する。

という話が紹介されているのですが、逆に、「米国に対するあこがれ」も持たず、「絶対に生声が聴きたいと思うほど贔屓の外国人俳優・女優」がいるわけでもない僕が、あえて「吹き替え版を選ぶ理由」って、全く無いような気がするんですよね。いや、「外国人俳優が日本語を喋っていることに違和感がある」のは事実だろうけど、映画っていうのは、そもそも、古代ローマ人が現代英語を平然と喋っているものですし。

 あえてその「理由」を考えるとすれば、「吹き替え版は映画館(あるいはDVD)でしか観られない」というのと、「字幕で観たほうが、なんとなく通っぽいし、オリジナルを観た、という満足感がある」ということくらいなんですよね。あとは、「吹き替えだと、どうしても喋っている映像と声がズレている感じがする」というくらいかな。
 もちろん、英語が理解できる人であれば、吹き替え版を観たほうが「本質」に近づける可能性は高いのでしょうが、確かに、字幕で観ていると、どうしても字幕の場所に意識が奪われて、画面全体のから情報を得る時間が少なくなっているように思われます。
 「オリジナルの声を聴けない」というデメリットと、「字幕を読むことに時間を奪われて、映画の『画』の部分がおろそかになってしまう」というデメリットを比較すると、どちらを選ぶべきなのか……

 個人的には、「吹き替え版のほうが、僕にとって『得られる情報』は多いのではないか」と感じます。
 あんまり構えずに、もっと吹き替え版を積極的に利用したほうが良いのかもしれません。
 でも、やっぱり「字幕版」を今後も観続けることになるのかな、とは思うんですけどね。
 

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