琥珀色の戯言

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『地獄変』を愛した、ある若手女優の話


地獄変 (集英社文庫)

地獄変 (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
烈々とした火炎の色。舞い狂う火の粉と黒煙の中で、黒髪を乱して悶え苦しむ美女。「地獄変」の絵を描くために倣慢な絵師が求めたものと失なったものは…?絢爛たる格調高い文体で、芸術家のエゴイズムを凄絶に描いた表題作ほか、著者前期の代表作を収録。

 小畑健さん作のカバーで、芥川龍之介が復活!
 いや、このカバーインパクトあるよなあ。この本の「解説」の冒頭で、高橋敏夫さんが、

 芥川龍之介が残した最も印象的なものは、この独特な風貌と表情の「芥川龍之介」ではないか。自死のちょうど二ヵ月前、新潟高等学校での講演の折に撮影されたという、あまりにもよく知られた写真を前にして、わたしはそう思わざるをえない。

と書かれているのですが、この本のカバーには、まさにその写真の「THE 小説家」芥川龍之介が、小畑健さんによって描かれているのです。
ちなみにこの写真です。教科書などでさんざん既出なので、「見たことがない」ひとのほうが少ないはず)

 今回、読み直してみてあらためて感じたのは、芥川作品にはけっこう読点(、)が多いというのと、この作家の風景描写の凄さでした。
 あと、いままで僕が思い込んでいた作品の印象と、ずいぶん違った感想を持ったものがけっこうありました。
『蜘蛛の糸』などは、「自分だけが助かればいいという愚かな人間たちへの戒め」を描いた作品だと思っていたのですが、全編(といっても、そんなに長いものではないです)を読み直してみると、むしろ、「極楽」で優雅に暮らしているお釈迦様への「反感」と「助かろうとしてもがいている人々への共感」を感じるんですよ。
 『蜘蛛の糸』は、短い作品ですし、

『蜘蛛の糸』(青空文庫)
↑で全文読めますので、ぜひあらためて読んでみていただきたいのですが、本当に芥川が語りたかったのが「教訓」であるならば、この「三」の章は不要だったのではないかという気がします。

『奉教人の死』も久しぶりに読んだのですが、

 その女の一生は、この外に何一つ、知られなんだげに聞き及んだ。なれどそれが、何事でござらうぞ。なべて人の世の尊さは、何ものにも換へ難い、刹那の感動に極るものぢや。暗夜の海にも譬(たと)へようず煩悩心(ぼんなうしん)の空に一波をあげて、未(いまだ)出ぬ月の光を、水沫(みなわ)の中に捕へてこそ、生きて甲斐ある命とも申さうず。されば「ろおれんぞ」が最期を知るものは、「ろおれんぞ」の一生を知るものではござるまいか。

という一節には、芥川の死生観があらわれているようで、とても興味深かったです。

 そして、今回あらためて「芥川龍之介のすごさ」を感じたのが、教科書などでもよく採り上げられている『蜜柑』という短い小説でした。

『蜜柑』(青空文庫)

 これ、内容的には「ちょっといい話」くらいのものなんですよ。でも、芥川龍之介がその場面を描くと、

暮色を帯びた町はづれの踏切りと、小鳥のやうに声を挙げた三人の子供たちと、さうしてその上に乱落する鮮(あざやか)な蜜柑の色

が、目の前に鮮やかに描き出されてきて、まるで僕もその光景を一緒に観ていたかのように思われるのです。
僕が中学生だったときには、「なんか貧乏くさい話だなあ」としか感じなかったのにね。


 僕は、芥川の作品のなかで、この前期短編集の表題作である『地獄変』と、この本には収録されていない『或る阿呆の一生』が最も好きなのですが、この『地獄変』を読み返してみると、やっぱり芥川龍之介の凄さと「容赦なさ」に圧倒されるばかりです。

『地獄変』(青空文庫)

以前、もう20年近く前の話ですが、ある若手女優が、インタビューで「好きな文学作品」を問われたときに、この『地獄変』を挙げていたのを読んで、僕はすごく驚きました。
20年前といえば、ようやく「アイドルも自分の言葉で喋ることが許されかけてきた時代」でしたが、他のアイドルや若手女優がミヒャエル・エンデの『モモ』とか、『赤毛のアン』とかを挙げていたなかで、この『地獄変』というのは、とてもインパクトがあったんですよね。美しいけど、限りなく残酷な話だから、他人に「好き」と公言するのは、とくに彼女のような立場の人にとって、あまりプラスにならないのではないかとも思いましたし。彼女は僕とほぼ同学年なので、そのときには、まだ20歳くらいだったはず。



その女優さんの名前は、裕木奈江
なんでこんなピュアな感じの人が、『地獄変』?

その後の彼女のキャリアを辿ってみると(ずいぶん派手にバッシングされていた時期もありましたし)、彼女が『地獄変』を愛した理由も、なんとなくわかったような気がしています。焼かれることさえ、美への手段なのか?

でも、こうして短編集の表題になるということは、『地獄変』愛好家はけっこう多いのでしょうね、きっと。

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