琥珀色の戯言

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言葉の誕生を科学する ☆☆☆☆

言葉の誕生を科学する (河出ブックス)

言葉の誕生を科学する (河出ブックス)

内容紹介
言葉は〈求愛の歌〉から生まれた。鳥のさえずり、クジラの泣き声、ハダカデバネズミの歌……言語以前の“歌”から、人間だけが“言葉”へとジャンプした謎に、人気作家と気鋭の科学者が迫る!


内容(「BOOK」データベースより)
鳥はなぜうたうのか?鳥がうたうのは、求愛のため、繁殖のためである。しかし、そのことで鳥の歌は次第に複雑になっていった。人間は、なぜ言葉を話しはじめたのか?人間も言葉以前にうたっていたのではないか?長い進化の過程で、人間だけが、ある時「歌」から「言葉」へと、大いなるジャンプをなしとげた。いまだ謎であり続ける、人間が言葉を得て、心を持つに至る悠久の時間に、初めて光をあてる。

書店でみかけて、「小川洋子さんは、本当に勉強熱心だなあ……」などと思いつつ購入。
けっして難しい文章というわけではないのですが、話が「言葉の起源」だけではなくて、いろんな方向に脱線していくのが心地よい一方で、「結局これ、何が書いてあったのだろう?」とも読み終えたときに感じました。
岡ノ谷先生の話は興味深いけれど、「専門家たちにとっては『共通認識』なのか、あるいは、岡ノ谷先生たちの『仮説』なのか?」がよくわからず、「これ、本当に信じていいのかなあ……」という気分にもなりましたし。
学術論文ではないけれど、一般的な新書ともちょっと違う、ブルーバックスのような科学系の新書にしては、岡ノ谷先生の「自説」が多いような気がするし。
どこまでが「科学」で、どこまでが「想像」なのか、その境界がすごくわかりにくいのです。
もちろん、こういう研究そのものが、まだはじまったばかり、という面もあるのでしょう。

たぶん、「こういう説をとなえている人たちもいるのだ」というスタンスで読むべきなのだろうな、とは思うのですけどね。

 僕が知りたいのは、言葉の起源である。言葉の起源とは、言葉の進化とは異なる。起源とは、存在しなかったものが存在するようになることであり、進化とは存在するものが世代を超えて変化することだ。人間はもう言葉をしゃべっている。だから人間をいくら研究しても、そもそも言葉が始まった理由はわからないだろう。人間の研究からわかるのは、言葉をしゃべるための仕組みに過ぎない。仕組みをわかることは大切なことだけれど、僕の興味からは少しずれている。
 人間を使わずに言葉の起源を研究するにはどうしたらよいのか。人間のあらゆる形質は動物と連続している。しかし、言葉を持つのは人間だけだ。この不連続を、進化的な連続から説明するにはどうしたらよいだろうか。僕が好きな考え方は前適応説である。動物の形質の中には、もともとは存在しなかった事態への適応も含まれている、という考え方である。たとえば鳥の羽は、もともとは飛ぶことが適応的であったのではなく、暖かいという機能が適応的であったと考えられている。しかし羽が十分生えてきたところで、飛ぶという機能が新たに生まれてきたのだ。これと同じように、言葉が最初から言葉であったはずはない。言葉とは関係のない、ほかの機能のために進化してきたいくつかの形質がうまいこと組み合わさることで、まったく新しい機能として、言葉は生まれてきたものではないだろうか。

この本のなかでは、ハダカデバネズミ、ジュウシマツ、オウムなどの話から、「うたう」という行為と「言葉」の起源に迫っていっています。

いろいろ考え始めると、「どこまで信じていいのか?」という気分にもなるのですが、この本で紹介されているさまざまなエピソードには、非常に興味深いものが多いのです。

岡ノ谷一夫そうそう、ジュウシマツぐらいになるといろんな変な「ひと」が出てくるんですよ。自分でうたうことが好きで、メスに向かってはうたわなくなっちゃうヤツがいる。


小川:あ、もう草食系男子みたいなのが出てきてる(笑)。


岡ノ谷:子孫を残さない生き方を選択するという個体がいるとは、かなり高度だと言えますよね。ただそういうひとがいる理由っていうのは、そういうひと自体というのはかなり才能の高いひとなので。


小川:芸術家なんですね(笑)。


岡ノ谷:そういうひとの親族には成功者が多いのではないかという説がありますね。そのひとには子孫がいなくても、きょうだいはもうちょっと普通で……。


小川:なるほど、親族には子孫がたくさんいるから、生殖以外の無駄なことに時間を使える。


岡ノ谷:親族の一部に異常に能力の高いひとが出て、それが社会的に不適応になる。けれども親族全体の知的レベルは上がるので、そのひとの親族は成長しやすいのではないかという説もあります。「パンダ」という名前のジュウシマツがわれわれの研究室では有名で、パンダは今までの中でももっとも複雑な歌をうたっていたんですが、そいつは、メスの前ではうたわないで、一人だとうたうんですよ。


小川:本来はメスに求愛するための道具だったものが、どんどん特別化していっちゃうんですね。


岡ノ谷:うたうことそれ自体の美を求め始めるんです。たぶん。


小川:もっと隠微な世界とでも言うのでしょうか(笑)。それを突き詰めていくと、モーツァルトがなぜ生まれたのか、天才がなぜ誕生するのかという謎にも迫れそうな気がします。


岡ノ谷:そうですね。天才というのは刺激の過剰さを求めた結果ですよ。でもその人自身の適応度は低い。

「草食系男子」っていうのは、鳥の世界にもいるのだなあ、と。
そして、「繁殖のために、メスに向けてうたう」という常識から外れた鳥たちが、「うたう」ことの新しい可能性を追究していく。
「草食系男子」の存在は、その個体にとっては、子孫に遺伝子を受けつぐ可能性を放棄することだけれど、その種全体にとっては、「進化」につながるのです。
いやまあ、人間の場合は、それを「両立」することだって、絶対に不可能というわけではないのですけど。


「言葉の起源について」というよりは、「人間にとって、言葉とは何なのか?」を突き詰めていく対談だと思います。
小川洋子さんが好きな人は、けっこう楽しめるのではないかなあ。
「簡単な言葉で、かなり難しいことが書いてある本」ではありますが。

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