琥珀色の戯言

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【読書感想】文学賞メッタ斬り! ファイナル ☆☆☆☆


文学賞メッタ斬り! ファイナル

文学賞メッタ斬り! ファイナル

内容紹介
文学賞をエンタテインメントに仕立て上げた「文学賞メッタ斬り! 」がついにファイナル!


長らく(一方的に)ライバル関係にあった芥川賞選考委員、石原慎太郎の辞任をうけての「さらば、石原慎太郎! 」。
直木賞受賞作家・道尾秀介芥川賞受賞作家・円城塔との「受賞直後鼎談」。
批評家・東浩紀佐々木敦との座談会「文学賞対策委員会」など、内容てんこ盛りです。


(註:豊崎由美さんの「崎」は、本当は右上の部分が「大」ではなく「立」です)


久々の『メッタ斬り!シリーズ』。
これまでのものは全部読んでおり、おふたりの「芥川賞直木賞予想」はネット上などで欠かさずチェックしていただけに、「ようやく出たか……」という感じでした。


とはいえ、この『ファイナル』に関しては、それが仇になったというか、「もう読んだことがある」WEBやネットラジオで過去に公開されたものがかなりの分量を占めていて、ちょっと寂しい感じです。
「各文学賞の評価」、僕はけっこう楽しみにしていたのですが、今回は「労力に見合わない」ということで行われず、「書きたい人のための参考書」としての役割は、残念ながら失われてしまっています。
まあ、これまでそれが掲載されていても、僕自身が書いていなかったわけでもないので、「なんでやめたんだ!」と文句を言う筋合いもない話ではあるのですけど。


この『メッタ斬り!』シリーズ、既読の「メッタ斬り!コンビによる候補作紹介」意外の部分では、けっこう楽しめました。
文学賞パーティーのレポートとか、芥川賞作家たちの武勇伝「芥川賞会見の勇者たち」とか。

 勇者とは反対の方向に強くアピールしたのは第130回(2003年下半期)『蹴りたい背中』の綿矢りさ(当時19歳)。受賞会見のとき、膝小僧にバンドエイドかなんかを貼っていて、記者が「その傷は?」と質問したところ、めちゃくちゃ恥ずかしそうに手で絆創膏を隠しながら、そのときだけ京都訛りで、「いやぁ、やっぱりわかるか……」とつぶやき、そのあと消え入りそうな声で、「すみません、自転車でぶつけて」と謝った。芥川賞受賞者会見史上、最萌の瞬間。

うーん、綿矢りさ、やっぱり最強だな……
これを読んでいるだけで、萌えるな……


そして、この本の最大の読みどころは、「石原慎太郎ヒストリー」ですよねやっぱり。
「宿敵」の芥川賞選考委員退任を受けてのこの企画。


石原慎太郎さんは、1956年に『太陽の季節』で、第34回芥川賞を受賞されました。
そのときの宇野浩二さんの「選評」と石原慎太郎さんについて、「メッタ斬り」コンビはこんなふうに語っています。

大森望宇野浩二さんの「選評」より。引用の際に僕(fujipon)が現代かなづかいにしました)<結局、この小説は、面白おかしく読ませるところはあるけれど、唯それだけの書であって、私がもっとも気になるのは、又、しいて穿って言うと、案外に常識家ではないかと思われるこの作者が、読者を意識にいれて、わざと、あけすけに、なるべく、新奇な、猟奇的な、淫靡なことを、書き立てているのではないか>とってあたりは、まるで現在の石原慎太郎の選評みたいですね。


豊崎由美マーケティングして書いてるんだろうという批判。実際、石原慎太郎って高校行かないで引きこもってた時期があるくらいで、「太陽の季節」で書かれているような青春とは実際は無縁だった。これは弟・裕次郎の青春なんですよね。本人は、むしろ生真面目で神経質な男だったはず。


大森:弟にあちこち連れていかれたのが結果的に小説の取材になり、その経験とスポーツが一緒になって生まれた作品だとご本人も語ってますね。だから、実は田中慎弥に近いかもしれない。途中、妄想的な演説で、考えたことがどんどん入ってきたりしてるし。

「高校行かないで引きこもっていた」のか、石原慎太郎さん……
こういうのを読むと、逆に親近感がわいてきて困ります。
いまのマッチョな言動は、その「反動」なのだろうか……
それにしても、石原さんは、この宇野さんの選評と同じような批判を、自分が選考委員になってからは候補作に浴びせてきたわけで、親から子への「虐待の連鎖」の話を思い出してしまいます。


しかし、このシリーズを読んできて今回あらためて感じたのは、「選考委員の問題点」は確かに存在するのだけれど、この『メッタ斬り!』シリーズだって、豊崎・大森両氏の「個人的な好み」に基づく選評でしかない、ってことなんですよね。
これが「絶対的な正解」ではない。
にもかかわらず、「権威を嘲笑っている」という行為を見ると、ついつい肩入れしてしまいたくなるのです。
それが、こうして「メッタ斬り」もまたひとつの「権威」になってくると、それはそれで、「仲良し作家たちと馴れ合っちゃってさー」なんて思ってしまうところもあって。
読む側の「ワガママ」ではあるんだけどさ。


「(文学賞の選考委員は)円城塔がわかって当然!」みたいなのを読むと、「こんなのわかるか、読者がついてくると思ってるのか!(意訳)」と席を蹴った選考委員みたいな人も必要なのかもしれないな、という気がしてくるのも事実。
 正直、あまりにまっとうな「選評」ばかりが並んでいると、あの人がいなくて寂しいところはあるのです。


このシリーズが好きな人、文学賞フリークの皆様には、「物足りないところもあるけれど、全体のボリュームも考えると、満足度は高い本」だと思います。

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