琥珀色の戯言

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【読書感想】「売り言葉」と「買い言葉」 ☆☆☆☆


内容紹介
伝えるだけでは不十分!


言葉の意図を「伝える」ことと、言葉で相手の心を「動かす」ことは違う。
コピーの名作や自作を例に、売り手目線の「売り言葉」と、
買い手目線の「買い言葉」という独自の整理で、
人の心を捉えて行動へと結びつける「動かす言葉」の秘密に迫る。
日本たばこ産業(JT)「大人たばこ養成講座」、「あなたが気づけばマナーが変わる。」や、
日本郵政「年賀状は、贈り物だと思う。」など、
人の心を動かす広告コピーを数多く手がける著者が、
コピーにかぎらず、あらゆる場面でのコミュニケーションに役立つ言葉の発想法を紹介するとともに、
長年の経験から導き出した自らのライティング法について記した一冊。


僕のなかでは、「コピーライターが書く本は面白い」というイメージがあるのです。
彼らは「伝わらないというジレンマ」を克服して、「短い言葉で、他者に伝えるための技術」を磨き、この世界で食べていっている人なので。
コピーライターって、「言葉のセンスが生まれつき優れている人」と思われがちだけれど、みんな修業時代があって、師匠にダメ出しされまくったりしながら、自分の世界をつくっていっているんですよね。


この新書はJTの「大人たばこ養成講座」などで知られる著者が、「広告で使われる言葉」「他者に伝わる表現の技術」を紹介したものです。
率直に言うと、これを読んでも、すぐに自分の「コピーライティング力」が上がるような気はしないのだけれど(「糸井重里さんって、やっぱりすごいんだなあ、と感心してしまうくらいで)、例として挙げられている200本以上の「歴史に残るコピー」の数々を読んでいるだけでも、かなり楽しめます。

 日本の現代的な広告はメディアとともに発達し、その昔からこんにちにいたるまで、数えきれないほどのコピーがつくられてきました。職業柄、そういったコピーを読み返したり、自分が書くコピーの参考にしたりすることも多々あるのですが、あるとき、ふと、ひとつの法則に気がついたのです。
 みなさんは、「売り言葉に買い言葉」という慣用句をご存知でしょうか。辞書で調べると、「相手の暴言に応じて、同じ調子で言い返す」とあります。よく口論になったときに使われる言葉ですよね。このもともとの意味とはまったくもって違うのですが、広告のコピーも、「売り言葉」と「買い言葉」というふたつのジャンルにわけられるのではないか。そう思ったのです。先に述べたように、これはあるトークイベント用に考えたものです。語呂もよくて、覚えやすいし、もともとの言葉の意味との大きなギャップもむしろおもしろいかな、と思って発表してみたところ、思いのほか評判がよかった。
 どういうことかと言うと「売り言葉」とは、売り手の目線で書かれたコピーのことで、「買い言葉」とは、買い手の目線で書かれたコピーのことだと定義してみたのです。そのうえでコピーライターの先達たちが長い広告の歴史の中で積み重ねてきた膨大な量の仕事を眺めてみたところ、いままで気づかなかった発想法が見えてきた。
 それで、この考え方はコピーライターだけでなく、日常生活で想いを伝え、人の心を動かす発想法として広く、多くの人のヒントになるものだと思ったのです。


著者は、「売り言葉」を得意とするコピーライターの代表格として仲畑貴志さん、「買い言葉」は糸井重里さんを挙げておられます。
仲畑さんのコピーには、

目の付けどころが、シャープでしょ。(1990/シャープ)
人類は、男と女と ウォークマン (1982/SONY

などがあります(著者によると、仲畑さんは「買い言葉」の名手でもあるそうなのですが)。
しかし、仲畑さんの

ベンザエースを買ってください。

なんて、ある意味、「こんなの誰でも考えつくだろ!」と言いたくもなりますよね。
いや、こういうど真ん中の直球を、タイミングを見計らって投げるというのは、いちばん難しいことなのかもかな。


糸井さんのコピーは、

おいしい生活。 (1982/西武百貨店
人間だったらよかったんだけどねぇ (1984/学生援護会

などなど、本当にたくさんあります。

 これらの言葉だけでは、広告の意図をすべて理解することはとうてい不可能に感じます。この本のずっと前のほうで述べた通り、糸井さんは小難しい理屈とは別のところで、その時代の気分をわしづかみにする、魔法使いのように僕には見えます。

著者によると、「売り言葉」と「買い言葉」の中間にあるというか、区分するのが難しいようなコピーも存在しているそうです。
この「売り言葉」と「買い言葉」には時代によって流行があり、

 これまでここ50年ぐらいのコピーの名作を見てきてわかるように、1960〜70年代は、「売り言葉」の時代と言えます。つづく1980年代は、一転して「買い言葉」の時代になりました。では1990年代からはどうなっているかというと、ふたたび「売り言葉」の時代になっていると僕は思います。

こう著者は述べています。
「買い言葉」が主流だった時代というのは、いわゆる「バブル」と重なっていて、経済的な余裕がないと、「買い言葉」は受け止められにくいのかもしれませんね。


この本を読んでいると「コピー」もそうだし、「他人への伝え方」にコツはあっても、必勝法はない、ということを痛感します。
長いコピーもあれば、短いコピーもある。
おいしい生活」って言われても、何だかよくわからないし、「ベンザエースを買ってください」は、あまりにストレートすぎるような気がする。
でも、この2つは、いずれも「歴史に残る名コピー」なんですよね。
結局のところ、その人なりのやりかたで、臨機応変に対応していくしかないのでしょう。


著者はこの本のなかで、いくつかのトレーニング法を公開しています。
「自分にしつこく取材すること」
「自分で考え尽くしたあとに、他人の意見を聞くこと」

 そして、この節の最後に、ひとつだけ言わせてください。これは人から聞いた言葉なのですが、とても好きな言葉なので紹介します。


 最後には、たくさん書いた人が勝つ。

 僕はコピーライターが書いた本をかなりたくさん読んでいるのですが、「天才」と呼ばれている人たちも、みんな「とにかく頭をひねって、たくさんのコピー作り出し、その中から選んでいる」のです。
 たくさん作るのも才能だし、その中からベストなものを選ぶセンスも重要なのですが、「突然ポンと最高傑作がひとつだけ頭に浮かんでくる」なんて人は、いませんでした。
 100個に1つ、傑作をつくれる能力があるならば、100個作った人と、1000個つくった人では、後者が勝ちます。
 50個に1つの人の10個と、100個に1つの人の100個の場合、たぶん、後者が勝つのです。
 能力が多少劣っても、たくさん作れる粘りがあれば、それは大きな武器なのです。
 1つ良いものができた!で終わってしまわないことが勝負の分かれ目。


 コミュニケーションって、答えの無い世界だからこそ、「たくさん試行すること」が、結果的にはいちばんの近道なのかもしれません。

 
 参考にするのはなかなか難しいところもあるのですが、「日本のさまざまな名コピー」が詰まった、面白い新書でした。
 言われてみれば「ぢ」って、最強のコピーだよなあ。

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