- 作者: 西村賢太
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2013/02
- メディア: 単行本
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内容(「BOOK」データベースより)
規格外の作家は毎日どう生きているのか。2011年3月から一年余りの無頼の記録。どこまでも自己からの眺めに徹した一人の作家の生活と意見がここにある。
芥川賞作家・西村賢太さんの「芥川賞の喧噪が、ちょっとおさまったあと」の日記。
書店で見かけて、パラパラとめくってみたときには、「なんだか同じようなことが毎日書いてあるなあ」というのと、「夜、買淫」なんて言葉がさらっと出て来て驚いたりしたのですが、「日記好き」にとっては気になったので購入。
西村さんが『苦役列車』で芥川賞を受賞されたのは、第144回、2010年の下半期。発表は2011年の1月でした。
あれから、もう2年半も経つのか……
多くの芥川賞作家が、次の受賞者が決まると、あまり話題にのぼらなくなるのですが、西村さんは、その「無頼派」のキャラクターもあり、ずっとメディアに露出し続けている稀有な純文学作家です。
『Qさま』とか『ネプリーグ』のようなクイズバラエティから、『笑っていいとも』や対談番組まで。
この『日乗』を読むと、メディア出演が本当に多いのだな、ということがよくわかります。
西村さん自身は、そんな華やかな世界に染まることもほとんどなく、同じように夜は編集者たちと飲みに行き、宅配寿司やオリジン弁当を食べて寝ている、その繰り返し、なんですけど。
それにしても、西村さんの生活というのは、なんというか「こんな生活をしていて、よく小説のネタがあるなあ」なんて考えてしまうようなものなのです。
夜遅く(というか、明け方近く)までお酒を飲んでいて、昼くらいに起きて、いつものラジオ(『ビバリー昼ズ』)を聴き、小説やエッセイを書いたり、テレビやラジオに出る仕事があれば、それをこなし、夜になったら編集者たちと飲みに行き、寝る間際になって、「弁当2個+カップラーメン」みたいな、不健康極まりない生活を、同じように繰り返しておられるのです。
「それ、生活習慣病まっしぐらですよ……」と、言いたくなってしまいます。
さらに、担当の編集者たちともしょっちゅういざこざがあり、小さな絶交を繰り返していたりして。
読んでいると、「編集者って、大変な仕事なんだなあ……」と、むしろ編集者のほうに同情してしまうんですよね。
テレビに出演しているときの西村さんは、そんな「武闘派」の雰囲気はほとんどなく、不器用で照れ屋の文士、という感じに見えるのですが。
なにはともあれ、なかなか「難しい人」であることは、間違いなさそうです。
その一方で、ちょっとしたことに自省したり、作家として悩んだりもされています。
八時過ぎ、桜井、古浦氏と共に、田畑氏の案内で早稲田鶴巻町の居酒屋へ。
一風変わったメニューが多い。大層に繁盛している。
はなのビールのあと、田畑氏はニンニクサワー、古浦氏はコーヒー酒というのを注文。いずれも見た目と、漂う香りのインパクトが、極めて大。
「そんな臭えものと、よく飲めるなあ」と、地声のバカ高い自分は、店の人にも聞こえる大声で感嘆したが、しかし今考えると、かのニンニクを漬け込んだ焼酎使用のものは、それは桜井氏は女性だからともかく、本来ならば、もの書きの端くれたる自分が率先して口にすべきだったはずである。
その程度の好奇心も持ち合わさぬところが、自分の駄目と云えば駄目なところであろう。が、しかしそんなのを飲んでも、自分の場合は話のタネにする機会もないし、万一、腹痛を起こしてもつまらないから、それはそれで良しとする。
こんなことで、考えこんでしまったり、結局は自分を納得させてしまうところが、なんともチャーミングな感じもするんですよね。
もっとも、「編集者や事務所のスタッフと仲良しで、周囲にも優しい自分」をアピールしている作家の日記というのもよくあるので(もちろん、その人たちが嘘を書いているわけではないでしょうけど)、こういう「読者に嫌われる可能性が高い自分の言動」まで、遠慮なく書いている西村さんは、本当に「ナチュラル・私小説家」だなあ、と感心してしまいます。
あと、お金の話も、けっこう赤裸々に書かれています。
平成24年1月24日から。
夕方五時に、『新潮』から紹介された税理士の事務所へ。
昨年は、新潮社からだけで3800万円を得ていたことに一驚する(拙著5冊の印税、原稿料の他に、海外版等、同社が窓口になったものすべてを含んで)。次いで飛び抜けているのは文藝春秋(芥川賞の賞金も含む)、そして角川書店の順。没交渉となっている講談社、それでも文庫と単行本の印税、『小説現代』誌の対談で、計180万円程は得ていた。
一昨年の自分の年収は480万円だったが、今回住民税のみでもその3分の2の額を別途納める計算に、つい自分でも訳の判らぬバカ笑いを発してしまう。
やっぱり、芥川賞効果って、すごいんだなあ。
もっとも、これを読んでいると、西村さんは芥川賞受賞以前も2回候補になっていたこともあり、受賞前も、数少ない「純文学でなんとか食えるレベルの収入を得ている作家」だったということもわかります。
それにしても、同じ人の同じ作品が、「芥川賞作家かどうか」で、こんなに売れ行きが違うものだというのも、興味深いというか、ちょっと理不尽だというか。
こういう「無頼派作家」がいまも生き残っていて、しかも、何度「絶交」されても、西村さんを支え続けている編集者たちがいるということに、僕は少し感動してしまいました。
「電子書籍で、作家が直接作品をアップロードする時代」になっていたら、西村賢太は生まれなかっただろうなあ、と。
しかし、「無頼派作家」というのも、なかなか大変ではありそうです。
平成24年2月28日には、こんな話が出てきます。
文春文庫版『小銭をかぞえる』六刷の通知。
現在出ている拙著文庫七種のうち、部数では七刷十万部の『暗渠の宿』が断トツ一位だが、『小銭〜』はだいぶ下がって、それに次ぐ二位となった。
担当して下すっている文春出版局の丹羽氏によると、親本発刊時には本書に関し、中年の女性読者からの異常な猛抗議が来たそうな。「なぜ、天下の文藝春秋が、こんな醜い、不快な男の出てくる小説を刊行するのか」と。
この、感想にすらなっていない難クセについては、四年前の当時に丹羽氏から聞かされてはいたが、こう云う人は、資質的にも本来小説を読むべきではない。そしてその際、氏は”読者に強い反感を抱かせる小説の方が、何の引っかかりもない小説より可能性を秘めている”と云うようなことを自分に付け足してくれていた。
「私小説」とはいえ、「作中にろくでもない人間が出てくる」という理由で出版社にクレームをつけるような人は、たしかに「小説を読むのに向いていない」というか「人生いろいろ大変だろうな」とは思います。
ただ、「読者にとって口当たり、後味が良い小説のほうが売れる」のは事実でしょうし、それを意識して書いている作家も多いみたいなんですよね。
西村賢太さんの作品が、芥川賞フィーバー後も売れ続けているのは、そういう「スイーツ小説」を物足りなく感じている人からの根強い支持があるのだと思います。
ある種の「怖いものみたさ」みたいなのもあるのかもしれないけれども。
西村さんに興味がない人にとっては、「中年のオッサンが、毎晩暴飲暴食したり、周囲に悪態をついたり、ときどきテレビに出たりしているだけの話」にしか思えないかもしれませんが、僕はけっこう楽しめました。