琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】宇宙飛行士の仕事力 ☆☆☆☆


内容紹介
知力、身体能力、忍耐力、リーダーシップと協調性、自己管理力、判断力と、あらゆる面で抜群の能力が求められる宇宙飛行士。選抜と訓練、宇宙での任務、ストレス管理など、その卓越した仕事力の秘密を明らかにする。
2010年刊行の単行本『宇宙飛行士の育て方』に、若田光一さんの日本人初の国際宇宙ステーション船長就任など、その後の変化をふまえ大幅に加筆修正。

 人類のなかでも、選び抜かれた究極のエリート、宇宙飛行士。
 この新書では、その宇宙飛行士に求められる資質や、現場での仕事の様子、ストレスとの向き合いかたなどが紹介されています。

 
 著者は「まえがき」で、こんな「宇宙飛行士適性チェック」を紹介しています。

 次の質問に「はい」か「いいえ」で答えて下さい。


(1)苦手な仕事を頼まれたら、「手伝って」と周囲に上手に「お願い」できる。
(2)スケジュールが押したら徹夜してでも締め切りを守る
(3)宴会の幹事は得意だ
(4)上司の間違いを指摘できる
(5)会議で苦手な議題が出ても、「何か言わないと」と無理にでも発言するほうだ
(6)緊迫した場面で、場を和ませるジョークを飛ばせる
(7)トイレをきれいに使える
(8)実は怖がりである
(9)日本人どうしや仲間だけで固まらない
(10)失敗しても引きずらない


 これらは、日本人宇宙飛行士の選抜・訓練を行うJAXA独立行政法人 宇宙航空研究開発機構)の担当者に、「宇宙飛行士に求められる資質は?」と取材した際にあげられた例の一部だ。
 模範解答は(2)(5)が「いいえ」、それ以外が「はい」。全部正解だった方は、宇宙飛行士の素質を大いに備えているといえるだろう。
 これらの設問や模範解答の意味は本文で詳しく解説するが、主に(1)(4)(7)はチームワーク、(2)は自己管理、(3)は状況把握力、(5)(6)はコミュニケーション、(8)は危機管理、(9)は異文化対応、(10)はストレス対策に関するものだ。


 僕は宇宙や飛行士に関する話がけっこう好きで、関連書籍もいくつか読んでいるのですが、宇宙飛行士に求められる素質は「超人的なもの」ではないのです。
 この「適性チェック」からもうかがえるように「特別な能力を持っているというよりは、周囲とうまくやっていけるコミュニケ―ション能力や、自己管理能力、ストレスへの耐性などを高いレベルでバランスよく有していること」が要求されているのです。


 日本人ではじめて、国際宇宙ステーションISS)の船長に任命された若田光一さんは、こんな話をされていたそうです。

 船長任命直後の記者会見で、若田さんは「日本人の『和の心』を大切にしてチームをまとめていきたい」と語った。一人ひとりとしっかりコミュニケーションをとり、個々のゴールを達成しながらチームの目標を達成したいと――。
 メンバーが楽しく仕事ができて成果をあげられるなら、誰がリーダーであるかを誇示する必要はない。たとえるなら「透明な水のような船長」でありたいとも表現した。
 手本とするのは、若田さんがスペースシャトルで2回飛行したときの船長だったNASAのブライアン・ダフィー元宇宙飛行士だ。
「彼は『リーダーを感じさせないリーダー」です。普段からメンバーが何を考えているか、業務の到達度はどうか、何気ない会話の中で把握して、課題があればアドバイスをくれる。そして大事な仕事を任せたうえで、たとえ失敗してもカバーできる体制をさりげなく準備する。だからメンバーは難しい仕事を担当しても、まわりから見ているとその困難さを感じさせずに仕事を終えてしまう。リーダーの極意ですね」
 若田さん自身も、ダフィー元船長の指導のもと、初飛行のときに新人ながら難しいロボットアーム操作を任され、成功裏に終えた。自分を育ててくれた偉大な船長のやり方を実践しようとしているのだ。

 若田さんをはじめとする、日本人宇宙飛行士の現場での評価は非常に高いと著者は仰っています。
 このダフィー元船長のありかたというのは、僕からみても「理想のリーダー像」です。
「難しいことを、苦労してこなす」のではなく、「難しいことを、難しいと感じさせないようなフォローアップ」か……こういうのって、よほど自分と周囲の状況が見えていなければ、できないことです。
 ただし、船長がすべてこういうタイプというわけではなく、「オレについてこい!」というタイプの人もいるそうです。
 
 ちなみに、若田さんが宇宙飛行士候補者に選ばれたときの評価は「飛び抜けて目立った点があったというよりは、すべての項目で悪い評価がなく、バランスのよさで最上位にランクされた」とのことでした。
 宇宙飛行士には「精神的に安定していて、ストレスに強く、バランスのよい能力を持っている」ことが要求されるのです。

 宇宙飛行士の多くが言う。「たとえ打ち上げ時や着陸時にトラブルが起こっても、意識のある限り助かるための作業に没頭するので、恐怖を感じている暇はないだろう」と。

 
 この新書では、宇宙飛行士のさまざまな仕事について紹介されているのですが、ISS滞在中の飛行士たちのスケジュールは、まさに「分刻み」なのです(実際のスケジュールも、本のなかで紹介されています)。
 そして、宇宙飛行士は、専門的な作業や実験だけをしていれば良いのではありません。

 パダルカ船長に見習うべき点は、仕事上のプロセスの問題点は指摘しても、決して個人の人格の問題として扱わないことだ。
 そして特に若田さんが現場で驚いたのは、宇宙生活の経験がトータルで1年以上に及ぶパダルカ船長が「宇宙の日常生活の達人」であるということだ。
 たとえば、貨物便で届いた荷物をどう使いやすく配置するか、ゴミを集めてどういうタイミングで詰めていくか。トイレ掃除やフィルターの取り替え作業。こうしたいわゆる宇宙の「家事」は地上のシミュレーターでは訓練できないし、日程表や手順書にも書かれていない。
 2000年11月から宇宙飛行士たちが生活しているISSは、既に築約10年、家を長持ちさせるには、日々のメンテナンスが大事であるように、ISSを安全に快適に維持していくためには、家事は欠かせない作業だ。
 いかに本来の仕事に影響を与えないで家事を効率的にタイミングよく行っていくか。パダルカ船長の長い宇宙滞在経験に加えて、クルー全体の仕事の様子を把握する状況判断や、管理能力の高さで、仕事と家事をうまく両立することができたのだ。

 ISSは「仕事場」であるのと同時に「生活の場」でもあります。
 そして、家事は自分たちでやらなければ、誰もやってはくれません。
 人類のなかから選ばれたエリートである宇宙飛行士も、トイレ掃除を毎日やっているのです。
 家事が苦手な僕としては、これを読んでいるだけで、「ああ、僕には無理だ……」と思いました。
 こういうことをきちんとこなせるかどうかって、仕事の効率とか、人間関係にけっこう響いてくるんですよね……
 

 みんなが憧れる存在である宇宙飛行士ですが、その待遇は金銭面では、必ずしも恵まれたものではありません。

 過去のキャリアが輝かしいものであればあるほど、「この道に進んでよかったのか。本当に飛べる日が来るのか」と不安を抱きながら過ごす日々は、宇宙飛行へのモチベーションが相当に高くなければ耐えられない。
 さらに「飛ばない宇宙飛行士」で終わる可能性もゼロではない。医師もパイロットもその職をなげうち、人生をかけて応募してくる。給料もJAXA職員給与規定によるため、本給は大卒35歳で約36万円(2008年1月1日の募集時点)と、医師やパイロットに比べれば大幅に下がることも多いし、生活環境も激変する。
「自分の地位も業績も、全部捨てても絶対に宇宙に行くのだという覚悟がないと、待たされている日々は苦しくなる」と山口孝夫さんは強調する。応募する側も選ぶ側も、真剣勝負である。

 この給料だと、おそらく多くの応募者は収入減となるはずです。
 それでも、大勢の人が、いまも宇宙を目指しているのです。


 もしかしたら、「それでも宇宙に行きたいと思い続け、努力を続けられること」が、宇宙飛行士にとって、いちばんの「資質」なのかもしれませんね。

アクセスカウンター