琥珀色の戯言

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【読書感想】江戸しぐさの終焉 ☆☆☆☆

江戸しぐさの終焉 (星海社新書)

江戸しぐさの終焉 (星海社新書)

内容(「BOOK」データベースより)
江戸しぐさ」は、芝三光という人物が、一九七〇年代以降に“創作”したマナー集とでもいうべきものである。そのネーミングとは裏腹に、実際の江戸時代の風俗とはまったく関わりがなく、西洋風マナーの焼き直しや、軍国主義教育の残滓まで含んだ紛いものである。その「江戸しぐさ」は今や、芝の系譜を引く普及団体のコントロール下を離れ、文部科学省や学校教育までも汚染してしまった。我々はどうして、この「作られた伝統」の普及を許してしまったのか。果たして、社会の隅々に拡散してしまった「江戸しぐさ」を終わらせることは可能なのか。本書では、「江戸しぐさ」の普及史を辿りつつ、その「終焉」に至る道筋を提示する。


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 前著『江戸しぐさの正体』で、「江戸しぐさ」が虚偽であることを徹底的に証明してみせた著者による、その続編です。
 この本のなかでも、前著を読まなくてもわかるように、『江戸しぐさ』の矛盾点や、それが成立するまでの歴史についてもコンパクトにまとめられているのですが、その検証のプロセスや細かい部分について興味がある方は、『江戸しぐさの正体』から読むことをおすすめします。


 もう「検証」はほぼ終わってしまった状況から、1年半。
 「教科書にまで載ってしまった」「ディズニーランドの運営会社やNEXCO東日本での従業員研修でも使われている」、そして、安倍首相肝いりの「親学」の偉い人がかかわっている、ということも考えると、著者の矛盾の指摘は黙殺され、「でも、子どもたちに先祖をうやまい、日常のマナーを教えるのは、良いことだからフィクションでも許されるではないか」ということになると僕は予想していたのです。


 ところが、ネットでこの話題が広く拡散されたこともあり、教科書からは「江戸しぐさ」についてのコラムが削られ、「江戸しぐさ」を支持する声は、急速に小さくなってきています。
 むしろ、日本の近現代史に残る巨大な「デマ」として今後は語り継がれて好事家を喜ばせることになるかもしれません。

 本書には、前著『江戸しぐさの正体』の続編としての側面もある。前著を世に問うた直後、私は「江戸しぐさ」問題の解決までは長い道のりになるだろうと覚悟していた。
 しかし、その後の展開の速さは私の予想をはるかに超えるものだった。本書執筆の準備を進める間にも、私の眼前で「江戸しぐさ」問題の終息にいたるまでの道筋が次第に明らかになってきたようである。


 この流れをみると、ひとりの歴史研究家とその著書の力が「歴史」を動かした(というか、歴史を動かそうとする陰謀を防いだ)事例になるんですよね。
 この「江戸しぐさ」批判が広まっていったのは、『江戸しぐさの正体』を起点として、ネットでの感想や新聞・雑誌での書評、そしてラジオ、最後にテレビという流れのようです。
 ネットというのは「デマの温床」だと思われがちなのですが、「デマに対するカウンター」としても大きな働きをするということが証明されたといえるでしょう。
 

 著者は、歴史の専門家(立正大学非常勤講師)が『東京新聞』の取材に対して答えたコメントを紹介しています。

 江戸しぐさのようなとんでもない話が一般の人に受け入れられることはないと油断していた。


 こういうのって、ニセ医療に対する医者や医学の権威たちの反応も同じだよな、と痛感しました。
 専門家にとっては「こんな(バカバカしい)ものをわざわざ否定しても、学会で評価されるわけでもないから、放置している」という意識なのだけれど、専門家ではない人たちは「本当に嘘なら、専門家が否定するはずだろう」と思ってしまう。
 専門家、とされる人のなかにも、あまり考えることもなく、「広告塔」になってしまう人もいますしね。
 そういう人が、学会内での「キワモノ」だったり、完全に時代遅れになってしまっていたりしても、「元教授」とか言われたら、「お墨付き」だと思う人が出てくるのも当たり前のことです。


 まあ、正直なところ、「あまりにスムースにいきすぎて面白くない」と言ってはなんですが、「江戸しぐさ」を推してきた人たちって、本当はあまり信じていなかったのかもしれないなあ、と、ややせつなくなるようなところもあるんですよ。


 越川禮子・名誉会長との共著もある「NPO法人江戸しぐさ」の関係者のひとりは、ブログやfacebookでこのようなコメントをしています。

 江戸しぐさを、江戸期に完成されたマナーだと思い込むのは勝手だが、江戸しぐさが、知識やマナー等ではないことは、越川先生も何度も説き続けてきたことであり、生来発展し続けるのが江戸しぐさなのである。

 これを読みながら、「知識やマナーじゃないのなら、いったい何なんだよ!」とツッコミを入れてしまった皆様、僕と同じです。
 
 こんな「トンデモ理論」を主張する人もいて、読んでいて笑ってしまったのですが、逆に言えば、こんな支離滅裂な「反論になっていない『反論』しかできない」状況なのです。
 「ポスト真実」の時代なのだなあ。
 幸いなことには、新興宗教みたいに「すべてを投げ出して、後戻り出来ない信者」が大勢いるわけでもないので、なんとなく「フェードアウトしてしまおう」というムードになっているようです。
 この戦の殿をつとめても、何も良いことはなさそうだし。


 推している人たちですら、「本当かどうかわからないし、検証してみる気もないけど、なんかいい話だから、とりあえず乗っておくか」みたいな感じでしかなかったのに、そういう「なんとなくの支持」が積み重なっていくうちに、「歴史的事実」のように思いこまれ、教科書に載ってしまった。
 デマとか偽史って、明確な悪意に基づくものではなくても、「事実化」してしまうものなのです。
 「江戸しぐさ」は、あくまでも、その一例でしかありません。
 

 一冊の本が、世の中を動かすことって、本当にあるのだなあ、と感心してしまう「続刊」でした。
 これで終わり、ではなくて、「江戸しぐさ的なもの」は、これからも繰り返し、出てくるのだろうとは思うのですが。


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