琥珀色の戯言

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【読書感想】鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡 ☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
初公演から一世紀を経て、いまなお観客動員記録を更新し続けるタカラヅカ。巨大な劇場を自前でもつことの意味、「教育システム」と「スターシステム」の両立、「ロングラン」ではなく「新作主義」のダイナミズム。タカラヅカの強みは、創設者・小林一三の掲げた理想のあくなき追求と鉄道会社のインフラ的発想にあった! 鉄道会社が100年をかけて洗練した「タカラヅカ」パワーの源泉をさぐる。


 僕自身は、宝塚の公演を生で観たことは一度もないんですよね。
 演劇や舞台には興味があるのですが、「女性のもの」というイメージで、ちょっと敷居が高いのだよなあ。
 僕が住んでいる場所からは、東京も関西も、そう簡単には行けない、ということもありますし。

 2014年に創立100周年を迎えた宝塚歌劇団。目下のところ興行的にも絶好調で、2016年にはホームグラウンドである宝塚大劇場および東京宝塚劇場での全公演が完売という恐るべき実績をあげている。観客動員数も約270万人を超え、過去最高を記録した。
 宝塚大劇場および東京宝塚劇場では、週1日の休演日と上演組が交代する合間の数日を除いたほぼ毎日、公演が行われている。この他、宝塚バウホール(客席数約500)などで行う若手中心の実験的な公演や各地の劇場を回る全国ツアーなど、年間30作品ほどが上演されている。
 宝塚大劇場は客席数2550席、東京宝塚劇場は2069席と、日本有数の大劇場である。東西2つの大劇場を埋められる公演を毎日続けるのは、普通に考えても大変なことだ。それでも、東の東京宝塚劇場の方は、ここ10年ほど客席稼働率ほぼ100%を記録し続けているという。通常、商業演劇において採算が取れる客席稼働率は70%だといわれるから、この数字は「演劇界の奇跡」である。
 西の宝塚大劇場の客席稼働率は90%台後半だという。これも東京に比べると観劇人口が少ない関西圏の、しかも阪急宝塚線の終点にあるという立地と、劇場の規模を考えると、やはり驚くべき数字である。


 そもそも、思い立って、ふらっと観に行くのは難しい状況が続いているのです。
 平日や繁忙期の公演だってあるにもかかわらず、ここまでの稼働率を維持しているのは、本当にすごい。
 そのわりに、僕の周囲には「宝塚を観に行った」という人の割合はそれほど多くない印象があるので、リピーターの割合が高いのかもしれませんね。
 観に行った人たちは、みんな口をそろえて「とにかくショーとしての完成度がすごく高いので、偏見を持たずに、一度観たほうがいいよ」って言うのだよなあ。


 この本のなかでは、宝塚歌劇団の歴史が紹介されていて、「女の園」がセールスポイントというイメージがある一方で、「男性加入論」が出たことが、何度もあるそうです。
 男性を男性が演じるほうが、できることの幅が広がるのではないか、と。
 現在は、それに賛同する人は少ないみたいですが。


 宝塚歌劇団をつくったのは、阪急電鉄の創業者の小林一三という人でした。
 阪急は、そこにある都市と都市とを結ぶ、それまでの鉄道会社とは異なり、鉄道によって、沿線を発展させていく、という思想をもっていたのです。
 宝塚大劇場があった場所には、最初、温水プールがつくられたそうですが、設備の問題や当時はプールでも「男女混浴」が避けられたということもあってうまくいかず、その跡地で何かできないか、と、当時の日本ではまだ黎明期だったショービジネスに白羽の矢が立ちました。


 この新書のタイトルとなっている「鉄道会社がつくった」ことの影響として、著者はこう述べています。

 タカラヅカの公演時間はぴったり3時間である。
 西の宝塚大劇場、東の東京宝塚劇場、ともに客席数2000を超える大劇場で毎日のように行われる公演は、必ず定刻に始まり、定刻に終わる。演者の都合で開演時間が遅れることはないし、定刻に幕が下りたらお客さんも一斉に帰り支度を始める。ダラダラとしたカーテンコールに付き合わされることもないから、次の予定も立てやすい。
「さすが! 鉄道会社が運営する劇団だけのことはある」
 冗談交じりにそんなことをつぶやいてみたりするのだが、じつは一番それを感じたのが、東日本大震災の時だった。
 未曾有の大混乱の中、どの劇場も公演は当然中止。「このような時に舞台などやっている場合か!」という「不謹慎」論が吹き荒れる中、東京宝塚劇場だけは、わずか1日の休演を経た震災の翌々日から当然のように公演を再開した。その後、電力供給の都合による1度の休演を除いては一度も休演することなく、千秋楽まで公演は続けられたのだった。
 そういえば、阪神大震災の時も、宝塚市は中心的な被災地だったにもかかわらず、1月17日の震災当日からわずか2カ月半後の3月末には公演を再開している。とにかく「休演」をしないのだ。台風の日も大雪の日も、粛々と公演は続けられる。まるで電車を走らせるかのごとく、である。
 ……もしかすると、そんな日々の積み重ね、鉄道会社というインフラ企業ならではの発想と運営方針が「タカラヅカ100年の歴史」を築いてきたのではないだろうか。


 コンサートや演劇に何度か行ったことがある方なら、この「定時スタート、定時終了」というのが、異例であることは理解していただけると思います。
 定刻前にはじまることはまずありえないのですが、開演予定時刻よりも少し遅れて、お客さんの様子をみながら始まり、アンコールやカーテンコールなどで、あるいは、途中のMCの長さなどで、日によって終演時間は違う、というのが「普通」なのです。
 休演しない、というのも、天候によっては、観客が危険な状況になる可能性もあります。
 予定時間にこだわらないアンコールやカーテンコールは、お客さんへのサービス、という面もあるので、宝塚歌劇団のやりかたが、必ずしも「正しい」とは言えないと思います。
 観客というのは、(うれしい)アクシデントやサプライズを求めがちなものですし。
 ただし、この「宝塚方式」だと、お客さんにとっては、終演時間が計算できるので、その後の予定が立てやすいし、やると決まっているのに、わざわざアンコールやカーテンコールを求める「儀式」に付き合わなければならない、という煩わしさを避けることもできます。
 慣れてしまえば、宝塚方式のほうがラク、という観客も多いのでしょうね。
 ちなみにこの「定刻通り」というのは、電気代の節約など、厳しいコスト意識を反映しているのです。
 宝塚歌劇団は、けっこう長い間、「阪急の道楽」と言われ、赤字を垂れ流してきたのですが、コスト意識の改善や『ベルサイユのばら』『エリザベート』などの魅力的な演目による集客で黒字化されました。
 どんなに一時的に人気があっても、放漫経営では、長続きしない。
 宝塚歌劇団が100年以上続いているのは、「商売としてうまくいっているから」でもあるんですよね。


 著者は、「タカラヅカ」についての、こんな議論も紹介しています。

 宝塚歌劇団は「女性のみ」ということがフィーチャーされがちだが、「未婚の」女性のみ、というさらなる特殊性を持っている。
 この点は日本ではなぜかあまり取りざたされないあのだが、海外公演ではマスコミに容赦なく突っ込まれるポイントだ。2013年に行われた台湾公演の制作発表記者会見でも、台湾の女性記者から、
「結婚したら辞めないといけないのはおかしいのでは?」
 と斬り込まれ、小林公一理事長(当時)は、
「スターが子供を預けたりする姿を見るのは、やはり夢がないので……」
 と、答えていた。
 だが、これまた何かを狙って定められた縛りではなかった。「結婚したら仕事は辞めて家庭に入る」のが当たり前だった時代には、そんなことは敢えて言うまでもないことだったのだろう。
 今だって「結婚するなら退団しなければならない」という決まりは明文化されてはいない。それならば「結婚しても仕事は続けるのが普通」となった今は、時代の流れに合わせて既婚者も在団して舞台を続けられるようにしたらいいのでは? という話にもなりそうだが、本当にそう望んでいる人は意外と少なそうだ。
 2017年に行われた「エリザベートTAKARAZUKA20周年 スペシャル・ガラ・コンサート」では、名だたるタカラヅカOGが出演したが、これに出演したあるOGは、稽古場の雰囲気が在団中と全然違うことに驚いたという。とにかくみんな忙しく、稽古場が慌ただしいのだそうだ。皆それぞれの生活があるから、稽古が終わったらある人は別の仕事へ、またある人はそれこそ子どものお迎えにと、そそくさと稽古場を後にしてしまう。
「全員が集中して舞台に取り組めるという意味で『未婚の女性のみ』という縛りも意味はあるような気がした」
 と、そのOGは話していた。
 ファンの側もまた、この縛りがなくなることは望んでいないようだ。この点について以前、拙著『タカラヅカ100年100問100答』でアンケートを取ってみたことがある。「『結婚が決まったら退団』という今のルールについてどう思う?」という問いに対して、「現状のままでいい」と回答した人が8割以上。その理由としては、
「結婚となると現実が見えてしまうから」
「結婚して妻となった女性が舞台上で男役としてキザっても説得力がない」
タカラヅカの舞台と主婦業を両立させるのは難しい」
 といったコメントが寄せられた。夢の世界の住人であるうちは「結婚して子どもを育て、家庭を築く」という「現実」を感じさせないで欲しい、というわけだ。また、
「期限付きだからこその美しさがタカラヅカにはある」
「新しいスターがどんどん生まれ続けることもタカラヅカのパワーのひとつ」
 といった、未婚の女性のみに限定されていること自体がタカラヅカの独自の魅力に繋がっているとする意見もあった。
 タカラヅカファンの中には仕事でバリバリ稼ぎ、チケット代も払える可処分所得のある女性も多いが、だからといって「タカラジェンヌも舞台と家庭を両立して欲しい」という話にはならないのだ。
 どうやら、女性が「生徒」として日常の些事に煩わされることなく芸道に邁進できる環境もまた、タカラヅカの良さであり強みでもあるらしい。また、それが「夢の世界」タカラヅカならではの純粋さを育んでもいるのだろう。


 このことは、AKB48の「恋愛禁止」と同じように「ルール」なのだと僕は理解していたのですが、あらためて問いかけられてみると、「結婚した」という理由で退団を余儀なくされる、というのは「女性のキャリアに対する現代的な考えに反している」のも事実ですよね。「雰囲気が違う」というOGの感想は最もではあるのですが、「結婚後も続ける」のが当たり前になれば、また、それに応じた雰囲気にもなるでしょうし(出演者がOGだと、すでに現場を離れて時間が経った人たち、でもありますし)。
 ファンの側も、自分が結婚して働き続けていても、宝塚の「期間限定の輝き」みたいなものに感情移入しているのです。
 「芸事」とは、そういうものだ、という考え方もあるだろうし、タカラヅカなら「特例」なのか?という疑問もあります。
 これほど男女平等、女性が働きやすい社会に、と叫ばれていても、宝塚は「聖域」になっている。
 もちろん、これからもずっとそうである、とは限らないけれど。


 「タカラヅカ」の組織としての強さと、夢を与える存在としての魅力と「難しい立ち位置」がわかりやすく書かれていて、門外漢の僕にとっても、とっつきやすい内容でした。
 僕も、ぜひ一度体験してみたいものです。


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