琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【映画感想】ルックバック ☆☆☆☆☆

小学4年生の藤野は学生新聞で4コマ漫画を連載し、クラスメートから絶賛されていた。ある日、藤野は先生から不登校の京本が手掛けた4コマ漫画を学生新聞に載せたいと告げられる。そのことを機に藤野と京本は親しくなっていくが、やがて成長した二人に、全てを打ち砕く出来事が起こる。


lookback-anime.com


 2024年映画館での鑑賞9作目。平日の夕方からの回で、観客は僕も含めて5人でした。

 上映時間58分、鑑賞料金1700円、というのを見て、「割高だな、どんな映画なんだ? なんかすごい特典とか付いているんだろうか?」と思ったのです。
 最近は、入場者限定特典付きの映画が多いので。
 他の映画の上映時間半分、同価格は、さすがに強気すぎるのではなかろうか。人気アイドルのライブ中継でもなく、知る人ぞ知る、という漫画のアニメ化作品なのに。
 ところが、蓋を開けてみると、この『ルックバック』、『メタルギア』シリーズの世界的ゲーム作家・小島秀夫さんが、X(Twitter)で、「『ルックバック』は、この10年の中でも最も瞠目すべきアニメ」と激賞するなど高く評価され、口コミで人気が高まって上映館もどんどん増えています。

 最初は「こんな短い作品で、この料金は高い」なんて思っていた僕も、1時間で観られるのであれば、平日の仕事帰りに寄ってもそんなに遅い時間にはならないし、ちょうどいいかもな、という気分になって、観てきたのです。

 
 観終えて、僕はしばらく椅子から立ち上がれませんでした。

 この映画、Amazon関連で制作されたみたいで、最初のほうを観ながら、「しばらくしたら、プライムビデオで無料配信されたよなあ……」と若干後悔していたのです。
 オリジナリティ溢れる、高品質かつ、ちょっとサブカル臭がする、僕好みの映像ではあったのだけれど、「ああ、なんかいい話、なんじゃない?」と思いながら、30分くらい。
 
 藤野の4コマ漫画はそんなに面白いとも絵が上手いとも思えなかったし、京本への信頼と打算が入り混じった行動には「ああ、人間だなあ」と。

 後半の「どんでん返し」については、ネタバレなしで観たほうが絶対に刺さる作品なので、触れません。
 2時間の映画は、いまの世の中のスピード感からすると、「ちょっと観るのに準備と覚悟がいる」けれど、1時間足らずの『ルックバック』は、配信サービスの「今週配信の新しいエピソード」くらいの気軽さで入っていけます。

 この作品、上映時間は60分にも満たないのだけれど、観終えての余韻がすごい。
 観た日はずっと、この映画のことと、僕自身のこれまでの人生のことを考えずにはいられませんでした。

 正直、「音楽性の違いやお金や人間関係で揉めて、バンドが解散する、そんな感じの話」だと予想していたのだけれど。
(これもある種の「ネタバレ」ですね)

 この映画を評価するクリエイターたちには、「ものを作らずにはいられない人の喜びと悲しみと苦しみが詰まっている」という感想が多かったのです。

 僕は職業的クリエイターではないけれど、この映画を観ると、「誰が悪いわけでもないのに、当事者も良かれと思ってやったことなのに、報われないどころか、悲劇に繋がってしまうことがある」のをあらためて思い知らされました。
 そして、僕自身がやってきた、そういう「自分がうまく生きようとしていただけなのに、結果的に、誰かを不幸にしてしまったこと」がたくさん頭に浮かんできたのです。

 あのとき、自分には、もっとできることがあったのではないか?
 僕と出会わなければ、あの人は、もう少し幸せになれたのではないか?

 客観的にみれば、誰のせいでもない。
 他人が同じことで悩んでいたら、「それはあなたのせいじゃないよ」と確信しながら言える。
 でも、それが自分のこととなると、人はそんなにうまく割り切れない。

 時間がかかるから、新幹線じゃなくて飛行機で行ったら?と言った相手が飛行機事故に遭う。
 戦争で、所属部隊が全滅したのに、自分一人が気を失って捕虜になり、生き残ってしまう。
 
 もちろんこれには逆のパターンもあって、「渋滞で飛行機に乗り遅れたことで、事故に遭わずに済んだ」ということもある。


 「クリエイター」にこの作品がとくに刺さっているのは、「何かを発信する」というのは、良かれ悪しかれ、他者に影響を与えるもの、だからではないでしょうか。
 「あなたの漫画や曲で生きる勇気が湧いてきました!」と感謝される機会も多いだろうけれど、自分では思ってもみなかった解釈をされて批判され、炎上したり、「あなたの作品を観て憧れた世界に挑戦してみたけれど、うまくいかずに人生を誤った」と恨まれたりすることもありうるし、表現や創作物が人の感情を揺さぶるものであるかぎり「負の影響」を誰かに与えてしまう、あるいは、恨まれたり、呪われたりするリスクも背負わなければなりません。


 藤野はひどいヤツなんですよ。傲慢だし、利己的だし、なんでも「作品」にしてしまう。
 人間が「生き続ける」ためには、知らず知らずに踏んでいる虫や傷つけたり利用したりしている人に気づかないフリをしなければならない。
 あるいは、そういうものだと割り切って前に進んでいくしかない。

 キリスト教の「原罪」って、こういうことなのかな、と思いつつ、こうして「感想」を書かずにはいられなくなる、そんな作品です。


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 率直にいうと、僕はこの作品の大きな転換点となるエピソードに対して、「それを、このフィクションの『どんでん返し』として使うのは、なんか狡いというか、納得いかない」という思いがあるのです。

 むしろカネの分け前で揉めて解散してくれよ……そのほうが「現実的」だろ?と、なんだか悔しくなりました。


 それを作品として描かずにはいられなかったこともまた、「人間の、クリエイターの原罪」なのだろうけど。

 できれば、映画館で、ひとりで、観てほしい。
 僕には、2024年で最も濃密な1時間でした。


fujipon.hatenablog.com

※これから映画を観る人は、原作を読むのは映画を観た後が良いと思います。


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