琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】あしたから出版社 ☆☆☆☆

本当は就職をしたかった。でも、できなかった。
33歳のぼくは、大切な人たちのために、一編の詩を本にすること、出版社を始めることを決心した──。

心がこもった良書を刊行しつづける「ひとり出版社」夏葉社の始まりから、青春の悩める日々、編集・装丁・書店営業の裏話、忘れがたい人や出来事といったエピソードまで。生き方、仕事、文学をめぐる心打つエッセイ。「四五歳のぼく」など新たに2篇を増補し文庫化。


 著者の島田潤一郎さんは、大切な人の死をきっかけに、33歳のとき、ひとりで出版社・夏葉社を立ち上げます。
 出版社といっても、島田さん自身は無類の本好きではあったものの、編集者としての経験はなく、まさに、ゼロからのスタートだったのです。
 本好きが高じて「本屋をやりたい」という人や、編集者として出版社に勤めていて、「売れる本を次々につくらなくてはならない」ことに疑問を持ち、独立した人の話はけっこう耳にする(彼ら、彼女らが書いた本を読んだことがある)のです。
 でも、「未経験者のひとり出版社」なんて可能なのだろうか?

 そんな疑問を持ちながら読み始めたのですが、前半で印象に残ったのは、著者の不器用な生き方と、目的のために自分が「これだ!」と思った人に真っ直ぐにぶつかっていく愚直さでした。

 大学時代の文芸部での人脈が多少はあるとはいえ、「大切な人を失ったときに読んで、心に響いた本」を出版するために、著者は、編集のやりかたや本にするための原稿のつくりかたを1から教わり、著作権者や装丁や挿絵をお願いしたい有名な人に、直接交渉をしています。

 たぶん、この本には書かれていないところで、邪険にあしらわれたり、無視されたりもたくさんしているのでしょうけど、この「何者でもない、33歳までフリーター生活をしていた著者」に、その熱意を汲んで、ほとんど無償で本のつくり方を教えてくれた人がいる。
 あの和田誠さんに、出版の実績もない著者が装丁を依頼したときの話を読みながら、僕は「いやさすがにそれは門前払いされてもしょうがないだろう」と思っていたのです。
 でも、和田さんは、著者の熱意に押されたのか、ダメ出しをしながら改善を促し、最終的には引き受けて素晴らしい仕事をされたのです。

 世の中、本気でぶつかり、お願いすれば、教えてくれる人はいるし、雲の上のような人でも、相談に乗ってくれる(こともある)。
 どうせダメだろう、と実行する前から諦めてしまうことが多い僕にとっては、著者の行動力、断られることを恐れない姿勢は、とても眩しく感じました。
 人に拒絶されることって、怖いよね、やっぱり。
 
 全てのことが「やればできる」とは思えないけれど、人間ひとりが食べていけるくらいの稼ぎは、「ひとり出版社」でも得ることができるのです。
 会社や企業というのは「成長」しなければ、というプレッシャーにさらされます。
 しかしながら、「成長するよりも、いま、自分がやりたいことをひとりでやる」ことに徹すれば、こんな仕事の仕方、生き方もできるのだな、というのはすごく新鮮でした。

 著者が自身の「本を読むこと」への思いを書いた文章には、本ばかり読んで生きてきた(と自分では思っている)僕には、とても共感できる、それと同時に、僕はここまでの本好きにはなれなかったなあ、と嘆息せざるを得なかったのです。

 自分の人生を振り返ってみると、ぼくがほかの人たちより情熱を注ぎ込み、飽きずに続けてきたのは、本を書い、読むことだけだった。あとは全部、ダメだった。
 本に夢中になって、寝るまも惜しんで読んだ、というのではなかった。むしろ、気もそぞろに、がんばれ、がんばれ、と自らを励ますように、本を読み続けた。受験勉強をするように、今日はここからここまで読む、今月は何冊読む、とあらかじめ計画を立てて、毎日、読書に取り組んだ。
 なぜ、そこまでして本を読んだのかというと、もちろん、名作といわれている作品には他の芸術にはない感動があるからに違いないのだが、もっと根本的なところをいえば、ぼくは、単純に「いい人間」になりたかったのだった。
「いい人間」がどういう人のことを指すのかは、はっきりとわからなかった。けれどそれは、すくなくとも、ぼくのことではなかった。友だちがすくなく、いつも人を値踏みし、臆病で、感傷的で、さらにいえば、緊張すると脇に汗をかくことにコンプレックスをいだき、おまけに、頻尿と強迫神経症にも悩まされている。
 ぼくは、そういう人間になりたかったのではなくて、いつの間にか、そうなってしまった。だから、毎日、薬を飲むように、本を読んでいかなければ、もっとダメな人間になってしまう、と考えていた。
 たとえ、友だちと上手くいかなくても、きちんと仕事をしていなくても、真面目に本さえ読んでいれば、年をとったときには立派な成熟した人間になっている、とこころの底から信じていた。
 貴重な20代を、そのように過ごしてきたことは、大きな過ちだったのかもしれなかった。本の世界に閉じこもるのではなく、もっとたくさんの人と話、強い理想をもって、社会のなかで自分の道を切り拓いていくべきだったのかもしれなかった。
 けれど、その貧しい経験が、逆に、ぼくにできることを明らかにしてくれているように思えた。
 ぼくには、つまり、本しかなかったのだった。


 僕も子どもの頃から本ばかり読んでいて、それは、新しいことを知ったり、知識を整理したりするのが好きだったから、ではあるのです。
 それと同時に、他の子になかなか自分から声をかけることができず、学校の休み時間にひとりでいることがすごく恥ずかしかった。
 そんなときに、自分の席や図書室で本を読んでいれば、「そういうヤツ」だとなんとなく認められて、やり過ごすことができた。
 僕はずっと「本ばかり読んでいて、まともな人間になれるのだろうか?」と疑問でした。寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』というタイトルの本を見つけて、「うわあ、言われてる……」と内心のけぞっていたのです。
 だからといって、急にスポーツマンにもクラスで人気の面白いやつにもなれないし。
 ただ、本を読んでいたおかげで、「世の中にはいろんな人がいるし、自分に見えている世界は、ごく一部でしかない」ということは、なんとなくわかっていましたし、「面白い本」を探すのは、楽しい時間ではありました。

 大部分の本ばかり読んでいる人の末路は、「本マニア」とか「紙の本にこだわりすぎて、部屋を狭くしてしまう人」で、「成熟した大人」とは程遠い。とはいえ、どうすれば成熟した立派な大人になれるか、なんて、50年以上生きていても、よくわからないし、本は、人生に向いていない人に生きる動機と避難場所を与えてくれるのです。

 この本を読んでいると、「本を読んで知識を身につけよう」「社会人としての嗜み」「仕事に役立つビジネス書」というような「道具として、レベルアップのためのアイテムのような読書」ではなく、「生きるための杖として、本を読むしかない、という哀しみ」が伝わってきます。
 そんな著者がつくった、『王様のブランチ』や『ダ・ヴィンチ(本を紹介する雑誌)』には出てこない本を、仕入れて売ってくれる書店があって、買って、読んでくれる読者がいる。それも、著者ひとりが、食べていけるくらいに。

 本って、すごいよね。

『本屋図鑑』を一緒につくった空犬(そらいぬ)さん(編集者であり、『空犬通信』にて書店情報を日々発信するブロガー)とは、いつも本屋さんの話をしていた。
 ぼくはすっかり忘れていたが、空犬さんと最初に会ったときから(2010年の5月)、町の本屋さんの本をつくりたい、そんな話で盛り上がっていたそうだ。
 有名店というよりも、本屋さん特集の雑誌や単行本には載ることのない、町の普通の本屋さんの話ばかりしていた。そういう店のたくさんの工夫や、そこで働く人たちのすばらしい人柄などを話していると、時間を忘れた。
 もちろん、空犬さんもぼくも、町の本屋さんが大変だということは、いろんなところで聞いて知っていた。でも、そんなことをしたり顔で話したり、数字に落とし込んで、これは危機だ、と論じることはお互い恥じていた。
 本屋さんといわず、すべての小売店が大変なのは当たり前の話なのである。その当たり前の話の向こうに、いい換えれば、毎日の葛藤と努力の向こうに、町の本屋さんの面白さ、すばらしさがあるのである。
 それに、経験からぼくは知っている。音楽がつまらなくなったという人たちは、音楽をもう聴いていない人たちなのである。その意味で、本が読まれなくなったという人たちは、もう本を読んでいない人たちであり、本屋さんがおもしろくなくなった、本屋さんが危機だ、と話す人は、もう本屋さんに行かなくなった人たちなのである。
 もう一度、町の本屋さんのなかを目を凝らして見れば、ふだん見ていない棚の、ふだん手にとらない本を手にとって見れば、本屋さんの面白さ、すばらしさは必ず伝わる。そう思っていた。
 でも、やり方がまったくわからなかった。そういう町の本屋さんの魅力を伝える本をつくりたかったのだが、どうつくればいいのか、わからなかった。つくってみたところで、おもしろいものになるとは信じられなかった。
 そんなとき、酒の席で、「本屋図鑑」という言葉がふとあらわれた。それいいねと、空犬さんとアルテスパブリッシングの鈴木さんと三人でおおいに盛り上がった。
 名前だけがひとり歩きした。2012年の4月のことである。


 この『本屋図鑑』。僕も買った記憶があります。その後何度も引っ越したこともあり、今はどこに置いてあるか、わからないのですが。
 「つまらない」という人は、もう、そのコンテンツから離れてしまった人たち、という指摘には、身につまされるものがありました。
 「つまらない」から離れてしまったのか、「離れてしまったから、その面白さがわからなくなってしまったのか。
 今まで外からみて毛嫌いしていたものでも、一度自分で触れてみると、その面白さに取り憑かれてしまうこともある。

 夏葉社は、いま(2024年)でも続いていて、嶋田さんはコツコツとつくりたい本をつくり、それを待っている読者がいるのです。
 

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