琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】殺し屋の営業術 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

「営業ノルマ」は、2週間で2億円。
稼げなければ、全員まとめて地獄行き。

営業成績第1位、契約成立のためには手段を選ばない、凄腕営業マン・鳥井。

「今月のノルマはいくらでしょう? 売上目標は?」
「契約率は25%……、残念ながら、かなり低いと言わざるを得ません」
「どうしてこんな状況になるまでプロの営業を雇わなかったんですか?」

そう……これは商談なのだ。
研ぎ澄まされた営業トークを矢継ぎ早に展開し、場の空気を掌握する鳥井。

「あなたは幸運です。私を雇いませんか? この命に代えて、あなたを救って差し上げます」

契約成立。
鳥井は、殺人請負会社に入社することに。
前代未聞の、「命がけの営業」が始まる――。

常識を覆す発想から走り出す、ジェットコースター・ミステリー!


書店で見かけて購入。『江戸川乱歩賞』か……東野圭吾さんや有栖川有栖さんをはじめとする選考委員が絶賛しているし、読んでみようかな、と。
巻末の『江戸川乱歩賞』受賞者リストをみながら、第1回は昭和30年だったのか(中島河太郎さんの『探偵小説辞典』)、昭和には陳舜臣さんや西村京太郎さん、森村誠一さん、栗本薫さん、東野圭吾さんなどの名前をみつけ、平成の前半には『テロリストのパラソル』『脳男』『13階段』などのタイトルが並んでいました。

江戸川乱歩賞』は、王道というか、やや硬派なミステリ作家の登竜門、というイメージがあったのですが、この『殺し屋の営業術』は、読んでいて、「『このミステリーがすごい!』大賞」っぽいなあ、と感じたのです。

ずっと営業成績トップの凄腕の営業マンが、殺し屋業界で、その営業力と他者との駆け引きの力を発揮して、業界の既成勢力と対峙する、という内容で、ストーリーのなかには、どこかのビジネス本で詠んだようなエピソードが満載です。

僕もわりとビジネス本を読んでいるので(自己研鑽半分、どんなものが流行っているのか、という物見遊山半分で)、すでに知っているエピソードも多くありました。というか、こういうミステリのなかの「ビジネス本の定番エピソード」って、真面目に「ちょっと賢くなった」と読むべきなのか、「殺人業界にまでビジネス本の世界を持ち込んでしまうパロディ小説」としてニヤニヤするべきなのか。

最近は主流になっている「謎解きよりも、珍しい職業とかマニアックな趣味の世界を描いて、読者に『お得感』を与えるミステリ」感もあるのですが、裏社会でも「ビジネス感覚」みたいなものが求められる時代になっているのだろうな、とは思います。

社会人を長くやっていると、その業種で「主役」のようにみえる部署だけでは、うまく組織としてやっていけない、というのがわかってきます。
病院でいえば、医者とか看護師、レントゲンや検査技師などの専門職だけでなく、事務や物品管理などの部署がかなり重要なんですよね。
電気や水道がなければ現代の医療は成り立たないし、専門職はお金のこと、経営のために顧客を集めることに疎い場合が多い。逆に、個人病院を受診した際などは、診てくれる医師のほとんどが愛想よく丁寧に「接客」してくれることに感心します。昔、僕の父親が「病院は評判が大事」なんて言っているのを聞いて、「金の事ばかり考えて……病院は医療の質だろ!」などと内心反発していたのを思い出します。あの頃の僕は子どもだった(本当に子どもの年齢でもありました)。


「経営者」としては「専門的な技術やサービスと顧客をつなぐもの」としての営業は大事で、医者と営業マンを兼務しているような個人病院の経営者というのは、大変だろうなと思います。
勤務医だと、コスト意識はどうしても薄くなりがちだし、「どうせ給料変わらないしな」とか、つい考えてしまうのです。


あらためて考えてみると、マンガの『シティーハンター』でも、スイーパー・冴羽獠には槇村香という営業・依頼人との交渉担当のパートナーがいるんですよね。もちろん、香は魅力的なヒロインなんですが。
いくら優秀な殺し屋でも、顧客を自分で探すのは難しいし、大きなリスクを伴います。
これを書いていて、ゴルゴ13という偉大な例外を思い出しました。

現代では、殺し屋業界も、ダークウェブでのSEO対策とかやっているんでしょうね、きっと。
闇バイトとかで悪いことを代行してくれる人は探せそうではありますが、彼らは依頼を実行してくれても、秘密を守ってくれることは期待できそうにありません。


こうして脱線して字数を稼ぎにいくのは悪い習慣だな。

この『殺し屋の営業術』、リアリティはあんまりないですし、そもそも「警察」という巨大組織をあまりにもスルーしすぎている気はするのです。
裏社会の厳しさも描かれていて、読んでいて、主人公と一緒に「たしかに、そんなに甘い世界じゃないよな」と思い知らされるところもあります。
文章は非常に読みやすく、長さも一気読みするにはちょうどいいくらいで、この状況をどうやって打破するんだろう?と期待しながら読み進められますし、敵がつまらないミスをするとか偶然が重なってうまくいく、というような隙もない。

こんな状況下での「人間が描けていない」みたいな感じもしなくはないのですが、むしろ、「人間的じゃない人間」を描いた作品なのでしょう。

デキる営業マンは、どのように顧客にアプローチしてくるのか、売りつけられる側としても参考になります。
正直、2025年ともなると、こんなあまりにも典型的な「優秀な営業マン」には、かえって警戒してしまいそうではありますけど。

うーん、文庫の価格で読むのなら、文句なしなんだけどなあ、でも、誰にでも読みやすくてけっこう楽しめる「秀作」だと思います。


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