琥珀色の戯言

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【読書感想】本屋、はじめました 増補版 ☆☆☆☆

本屋、はじめました 増補版 (ちくま文庫)

本屋、はじめました 増補版 (ちくま文庫)


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
独自性のある新刊書店として注目され続けるTitle。物件探し、店舗デザイン、カフェのメニュー、イベント、ウェブ、そして「棚づくり」の実際。事業計画書から、開店後の結果まですべて掲載。個人経営の書店が存続していくための工夫とは。リブロ池袋本店マネージャー時代から、現在まで。文庫化にあたり、開業から現在までを書き下ろした新章「その後のTitle」を増補。


 僕の身近なところでも、新刊書店が次々と閉店しています。というより、閉店していきました、と言うべきなのでしょう。
 僕の10代から20代、いまから30年くらい前には、僕が住んでいた郊外型書店が次々とつくられていたものです。
 それらの店は、2000年くらいを境にどんどん減っていき、今や、地方都市の書店といえば、イオンやゆめタウンに入っている大型書店か、TSUTAYAブックオフしかない、というのが現状です。多くの人がネットを使うことによって、雑誌が売れなくなり、Amazonなどのネット書店が勢力を広げていっています。
 こんな時代に、個人が新刊書店を立ち上げて、道楽ではなく、利益をあげながらやっていくことは可能なのだろうか?


 この本は、リブロ池袋店という、大型書店のなかでも頂点に近いところで働いていて、さまざまなイベントを仕掛けてきた著者が、その池袋店の閉店とともに、独立して自分の書店(しかも、新刊書店)をはじめた記録です。
 スタートの時点で、取次やさまざまな本の著者との「人脈」があったり、書店というものについての予備知識が十分にある、という強みがあったのは事実だと思うのです。この本にも収録されている「事業計画書」をみると、ものすごくきちんとした人なんだな、とも感じました。こういう書店が成り立つのは、東京、という場所の力も大きいのではないかと思います。
 それでも、これだけ「いま、この時代に新刊書店をはじめることのリアル」が書かれた本は、稀有なものなのです。
 初年度(10か月間)の店の利益が250万円で、予定より100万円もプラスだった(ただし、著者夫妻の給料は別に年間350万円計上されています)、というのを読んで、ここまでやって、話題にもなり、お客さんもそれなりに来ていて、カフェも併設していてそんなものなのか、と僕は驚きました。この利益を全部自分たち夫婦のものとしても、2人で年間600万円か……店のことを毎日自分たちでやって、イベントを仕掛け、ブログでの発信も続けてこのくらいというのは、けっして「割の良い商売」ではないですよね。

「古本屋ではなく、新刊書店なのはどうしてですか」と、店を始めてからよく訊かれます。特に東京では、個人で古本屋を開業する人はいますが、新刊書店を始める人のことはほとんど聞きません。「新刊書店は、書店をすでに運営している会社がやるか、昔から街にある書店がやっているもので、新しく個人が始めるものではない」という共通認識でもあるようで、とても珍しがられます。
 古本屋を始めなかった理由ははっきりとしていて、その仕事の命である仕入・買取に必要な知識がないということと、自分は新刊書店でずっとやってきたので、その世界になじみがあるし、何より「今を生きている人に対して本を売りたい」という思いがあるからでした。「こういう考え方もあるよ」「これは知っておいたほうがよい」などという思いを、本を通して店に来る人に届けたいのです。古本屋でも昔と違い、内装に気を配っている店や、店の一角に新刊本や雑貨などを置くような店が増えてきますが、やはり<今>を扱うという意味では、新刊書店でなければならないと思います。
 新刊本を売る店といっても、いわゆる<昔ながらの町の本屋>をやるつもりはありませんでした。町の本屋がそれまでと同じことをしているだけではつぶれてしまうということは、次々とその数を減らしている現実をみてもわかると思います。自分がイメージしていたものは、もっと本のつくり手や書き手、お客さまなど、さまざまな立場にいる人がかかわる店、本が店の中心にありつつも、単に本を買うことにとどまらない体験ができる店です。

 

 著者は、就職活動時に、出版業界で働いているひとが、業界に関する本のなかで「書店の店頭では、その時代を自由に編集し、提案することができる」と語っていたのが新鮮だった、述べています。
 僕も、書店の棚というのは、担当者のそういう「思い」でつくられているのだな、とあらためて感じたのです。
 そういうことができる書店というのは、ごく一握りの大手だけなのかもしれないけれど。

 この本を読んでみると、Titleという書店は、「万人向けであることよりも、本が好きな人にとって居心地の良い店」であり、「本を通じて新しい体験やつながりを得られる」ことを指向しているように思われます。

 前の章で、Titleには書店でよく見かけるようなPOPがないという話をしました。商品によっては、そのまま置いていたのではそれが何であるかわからず、どうしても説明が必要なものもあるので、そうしたものには説明書きをつける場合はありますが、多くはなかを読んでもらえばわかるので、そのまま置くようにしています。
 本屋は<本>を売る場所なので、一冊一冊がきれいに見えるように並べることに、その肝があるように思います。店頭に並んでいる本を選び、気に入ればそれを購入するのはお客さまなので、本屋にできることは、なるべくお客さまと本との出合いがスムーズにいくように、邪魔をしないということです。
 Titleの店内は狭いですから、POPを置くとその後ろの本が見えにくく、とりづらくなりますし、本よりも大きな声で語りかけるようなPOPは店全体のトーンを変えてしまいます。あくまでも店の主役は<本>なので、その本より目立とうとしてはいけません。


 Titleというのは、お客さんを信頼している店なのだな、と、この本を読んでいると感じるのです。
 僕はPOPがたくさん並んでいる書店というのは苦手で、あまりに多いと、書店員さんたちの思いが伝わってくるというよりは、「仕事で書かされているんだろうな」とか「出版社が推しているんだろうな」とか、つい考えてしまうのです。
 自分が読んで、面白いと思えなかった本に「うずくまって泣きました」とか書いてあると、「この本のどこでそうなるのか教えてほしい……」と心の中で毒づいているのです。


 著者は、実際にTitleで売れている本を紹介したあと、こんな話をされています。

 文庫本より単行本のほうが売れている、小さな出版社が丁寧につくった本が売れているなど、傾向が少し見てとれるところもありますが、「Titleではどんな本が売れているのですか」と取材などで訊かれたときに、自分はよく「切実な感じがする本が売れています」と答えています。これらの本を見て切実な本と称することは、かなり感覚的な言い方ですが、それに関しては以前に、このようなツイートをしたことがありました。長くなりますが引用します。

 最近思うことは、「切実な本」こそ売れているという事です。「真面目な本」と言っていいかもしれません。著者が書くしかなかった、自らの底と向き合い、編集者がその想いを汲み取るしかるべき形で包み、それを丁寧な販促で伝えていく。マーケティングの発想からは、そうした本は生まれない。)

 マーケティングから売れる本の何が良くないかと言えば、必ず違う似たような本に取って変わられるからです。言ってみれば「替えがきく」という事なので。本は、元は一冊一冊が「替えがきかない」はず。替えがきかない「切実な本」にこそ、人の興味はあると思います。>


 このツイートは見ている方からの反響が大きいものになりました。全体として見れば本が売れない時代とはいえ、その一冊一冊を見ていけばそれでも売れている本はあると思ったのです。そしてTitleで売れている本も「佇まいは静かだが、そのなかに秘めたものがある替えがきかない本」であり、そしてそんな本をお客さまが自然と引き寄せられるように手にとっているのだと思います。新刊案内だけを見れば新刊の洪水のように見えますが、そのなかでも自分には光って見えるような本を選んで、これからも紹介していきたいと思っています。


 僕も、そういう「切実な本」に魅力を感じるのです。本が売れない時代、と言われますし、ベストセラーの焼き直しの、読みやすいだけの本も多いのだけれど、この時代にも確実に、「真面目な本」は生まれ続けているのです。


 読むと、Titleに一度行ってみたい、と思えてくる一冊です。
 書店を経営するのって、こんなに大変なんだなあ、と思い知らされるのも事実なのですが。


本を売る技術

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  • 作者:矢部 潤子
  • 発売日: 2020/01/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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