- 作者:三井 康浩
- 発売日: 2020/02/08
- メディア: 新書
Kindle版もあります。
内容(「BOOK」データベースより)
09年WBC決勝韓国戦、イチロー「伝説の一打」陰にはこの男がいた―一軍コーチよりも高給取り、観察と分析で日本と世界を制した伝説の日本人スコアラー初著作!巨人軍在籍40年データ分析の神髄。
巨人で現役選手として6年、二軍マネージャーとして1年、スコアラーとして22年、そして、フロントで11年のキャリアを積み、2009年の第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、日本代表チームのチーフスコアラーとして優勝に貢献したのが著者の三井康浩さんなのです。
先日亡くなられた野村克也さんがヤクルト時代に推進していた「ID(Important data)野球」は僕にとっても印象深いものだったのですが、もちろん、すべてのデータを野村さんが自分で集めていたわけではありません。現場でスコアラーたちがデータを採っていたのはスコアラーたちで、どんなデータが必要か、そのデータをどう解釈するか、というのが首脳陣の仕事になるのです。
野村さんのID野球も、スコアラーたちに支えられていました。
いまや、プロ野球チームには欠かせない存在となったスコアラーなのですが、その必要性が認知されるまでには、かなりの時間がかかったそうです。
著者が駆け出しのチーム付きのスコアラーだった頃の話。
現役時代に出たこともなかったミーティングで、自分がまとめた情報が一軍選手たちに伝えられるのですから、やはりプレッシャーがかかります。
そして公式戦がはじまり、わたしが調べてきたことが担当コーチから選手に伝えられていきます。「選手たちはどんなリアクションをするだろう」。不安と期待が交錯します。
結果は、まったく聞いてもらえなかった。当時の主力選手だった原辰徳さんや篠塚利夫(和典)さんたちに、「俺たちには俺たちのやり方がある」と一蹴されたのはさすがにこたえました。
でも判明、「まあそうだな。一軍での実績も皆無な新米スコアラーの分析なんて、聞き入れてもらえるわけがないよな」という気持ちがあったことも事実です。「こうやれば攻略できる」という提案をするわたしが、実際にそのようにして一軍の試合で打った経験がないのだから、こればかりはどうしようもありません。とはいえ、「自分はチームの指示に従って仕事をしているのだから、耳を傾けてくれてもいいじゃないか」という反発心もありました。
プロ野球選手は個人事業主だ、と言われるのですが、これまで自分の腕で稼いできた、と自負する選手たちにデータ野球を受け入れてもらうにはかなりの時間と実績の積み重ねが必要だったのです。
三井さんのキャリアのなかで、スコアラーとしての最高の仕事のひとつは、1994年のシーズン最終戦、巨人と中日が同率で並んで、この直接対決で勝ったほうがリーグ優勝、という試合「10・8決戦」でした。
中日の先発は、今中慎二投手。前年は17勝、この年もすでに13勝していたエース左腕です。
1994年のシーズン開幕からすこし経った、5月か6月だったと思います。そのころの巨人は首位を快調に走っていたものの、「今中にいつまでも気持ちよく投げさせてはいけない」と考えたわたしは、今中の映像をチェックしながら、今後の攻略のヒントになるものがないかを調べていました。
自信たっぷりにテンポよくボールを投げ込んでは、嫌らしいくらいに打者のタイミングをはずしていく今中。その映像を何度も繰り返し見ていると、ストレートを投げるときとカーブを投げるときのちがいが、徐々にわかるようになってきたのです。
ちがいが表れていたのは、投球動作がはじまり、ボールを収めたグラブが顔のあたりにきたときに、グラブからのぞく左手首の見え方にありました。その左手首の動きが、球種ごとにわずかにちがった。左手首が真っ直ぐに見えればストレート
左手首が内側に曲がっていればカーブ
左手首が隠れていればフォークボール癖の出る位置も、バッターボックスから確認しやすい。「これは今中攻略に使える」と確信したわたしは、思わず映像室で声をあげそうになりましたが、ぐっとこらえました。ある計算が働いたからです。
1994年のシーズン、途中まで巨人は首位をひた走っており、著者は、今中投手の球種の見抜き方を、次のシーズンの開幕後まで温存しておこうと、当初は考えていたそうです。
今シーズンはほぼ決まりだから、来シーズンのスタートダッシュに利用したほうがより効果的だろう、と。
ところが、終盤になってペナントレースがもつれにもつれて、「10・8決戦」に優勝がかかることになりました。
そこで、著者は、その試合前のミーティングで、この情報を「解禁」し、巨人打線は今中投手を攻略して、この歴史的な試合に勝ったのです。
僕はその試合を旅行先のラジオ中継で聴いていて、あの今中がこんなに打たれるなんて、やっぱりこういう試合だと緊張してしまうのだなあ、と思ったのです。でも、「プレッシャー」が理由ではなかった。巨人には、「秘密兵器」があったのです。プロの一流選手というのは、あの時代の今中投手でも、球種がわかれば打てるのか、と感心してしまうのですが。
ちなみに、今中投手の「球種読み」のミーティングの際に、ひとり、「オレはいいや」と部屋から出ていったのが、落合博満選手だったそうです。これも、「らしい」話ではありますね。
また、「癖を知る」というのは強力な武器だけれども、選手によっては、「その通りの球が来た!」とかえって力んでしまい、結果につながらない、ということもあるのだとか。
スコアラーが選手にアドバイスをする際にも、その選手の性格を踏まえて、どう伝えるかを工夫しているのです。
スコアラーが決定的な情報を掴めば、チームは有利にはなるけれど、それを実行するのは選手なのです。
「攻略法」を知っていても、スコアラーは150キロのストレートを打つことはできません。
また、「自チームの選手の癖が他チームに知られていないか」に注意を払うのもスコアラーの仕事なのだそうです。
これは補足になりますが、相手の先発投手を攻略するうえでスコアラーの力の差がもっとも大きく出るのは、試合がはじまってから互いのチームの打順がひとまわりするくらいまでの攻防です。つまり、1~3回くらいまでの序盤に勝負がかかっているということ。
試合がはじまって間もなくは、投手と打者が互いにどのような状態にあるのか、どんな狙いを持って試合に臨んでいるのかが見えにくい状況が続きます。そういう状況にいて、選手たちは事前に準備した情報に重きを置いてプレーせざるを得なくなります。そのため、投手攻略にとっての有効なデータや攻略法を提示されているチームは、序盤で相手の一歩先をいくことができます。
試合が進んで打者が2巡目などに入ってくると、選手たちがその試合で直接得た情報がダイレクトに使えるようになりますから、打者それぞれも打開策を見つけてくれるようになっていきます。すると、スコアラーが準備した事前の情報がつくりだす差は徐々に小さくなっていく。
中継ぎの投手への対応や代打で出る自チームの打者への指示は、試合の後半であってもスコアラーの分析力が問われますが、原則として「試合の序盤にチームをどう導けるか」が、スコアラーの腕の見せどころ。試合開始から早い段階で得点を奪い優勢に試合を進めているチームは、打者の力量はもちろんのことですが、裏でスコアラーが出したデータが役に立っているのはよくあることです。試合の序盤というのは、”無形の力”がより活かされる場面なのです。
試合の序盤に強いチームは、情報戦に長けている。
ということは、リーグ3連覇を成し遂げた「逆転のカープ」は、スコアラーがイマイチなのか……? 予算少なそうだしなあ……とか、カープファンの僕は、考え込んでしまうのです。
どんなに巨人が情報戦に強くても、巨人だけが勝つわけではない、というのもまた、野球の面白さではありますね。
(でも、ソフトバンクは情報戦でも強そうだよなあ……)
- 作者:野村 克也
- 発売日: 2009/11/19
- メディア: 文庫