琥珀色の戯言

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【読書感想】ハイパーハードボイルドグルメリポート ☆☆☆☆☆

ハイパーハードボイルドグルメリポート

ハイパーハードボイルドグルメリポート


Kindle版もあります。

「ヤバい世界のヤバい奴らは何食ってんだ!?」「食の現場にすべてが凝縮されている」
テレ東深夜の単発番組としてスタートしながら、“他じゃ絶対にありえない"その内容で視聴者に衝撃を生んだ人気番組が書籍化。
人食い少年兵・マフィア・カルト教団……。
何が正義で何が悪か、“ヤバい"と“ふつう"の境界線とは―――。
数多の危険と困難を乗り越えた先の取材で、「食」を通じて描かれる世界のリアルとは


 この本、買ってからしばらく「積んで」いたんですよね。この番組は面白いんだけれど、500ページオーバーの分厚い本で、あらためて活字で読むのも、ちょっとめんどくさいかなあ……と思っているうちに、時間が経ってしまって。

 でも、一度読み始めたら、ページをめくる手が止まらなくなり、一気に最後まで読み終えてしまいました。
 タイトルは『グルメリポート』で、取材した人たちが何を食べているのか、が一応のテーマなのですが、この本を読んでいると、著者であり、『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の企画・演出・撮影・編集を担っている上出遼平さんの取材時の緊張感が伝わってくるのです。
 
 この本が出ているということは、著者が不慮の事故で命を落としてはいない、というのはわかっていても、「そこで踏み込んでいくのか……」と、ハラハラし通しなんですよ。
 簡単に撮影させてくれそうもない人、場所を撮影するというドキュメンタリーではあるのは百も承知だけれども、世界の貧しい地域、危険な地域、カルト宗教の信者が暮らしているとされている地域など、日本の常識がまったく通用しない場所で、あえて「相手が話したくないことを聞き、撮られたくないものを撮る」ことを、たったひとりで追い求めるなんて、あまりにも凄すぎる。


 「貧困地域の取材」では、「世界にはこんなに貧しい暮らしをしている、かわいそうな人たちがいます。私たちには、何ができるでしょうか?」というような上から目線の取材が多いと感じるのですが、著者のスタンスは「とにかく、彼らの世界に踏み込んでみたい」という「未知なるものへの興味の追求」のように感じるのです。
 世界には、自分の常識では測れない人たちがいて、それを日本の人たちに伝えたい、いや、著者自身が知りたい、というか。

 そして、「聞きにくいことを聞く」ためには「食」がきっかけになりやすい、というのも事実なようです。
 人は食べているときには無防備になるし(だから、人と一緒に食事をするのは親しみを深めるし、食べているところを他人にじっと見られるのは、なんだか恥ずかしい)、ともに食卓を囲んでいれば、なんとなく世間話に付き合ってしまう。

 この本の最初に収録されているのは「人間を食べたのではないか」と言われているリベリアの兵士達への取材なのですが、取材対象者たちは、その話題については、一様に口が重くなっています。それはそうだろう、とは思うのだけれども。

「レストランじゃ話しづらいだろうから、ここに来てもらったんだ」と僕は言った。
「オーケー」とレーガンは頷く。
「人を食べたことはないってさっきは言ってたけど、それが本当には聴こえなかった。可能な範囲でいいから、何があったのかを教えてほしい」
 話したくない過去について話をさせるというのは暴力だ。
 僕は今こうして暴力を行使している。そう自覚している。それが許されざる行為かどうかは、どこまでも話し手の判断にのみ委ねられる。
「前線に出る時、俺たちはいつも呪術師(ドクター)の助言を求めに行った」
 レーガンは重い口を開いた。
「彼は俺たちに指示を与える。例えば子どもの眼球を1対持ってこいと。それで俺はバラックの子どもを拐って首をはね、目玉をくり抜いてドクターに渡した。ドクターはふたつの目玉を一旦水に浮かべ、再び持ち上げて俺の目にその雫を垂らした。もう一度、今度は口に垂らされて、俺はその雫を飲み込んだ」
「それで何か起こった?」
「それからは壁の向こう側を見通すこともできたし、敵が近くにいると体で感じるようになった。そのおかげで、俺はこうして生き残ることができた」
 彼はなお続けた。
「子どもの心臓を三つドクターに渡したこともある。それを食えば相手の弾丸が当たらなくなるんだ。欲しかったけど、将軍たちに取り上げられて俺は食えなかった」
「その時のこと、今はどう思ってる?」
「どうだろう、わからない。あの時の俺は幼くて何も知らなかった。全ていいことだって教えられてたんだ」
「じゃあそのドクターのことを恨んでる?」
「いや、恨んではないよ。彼のおかげで今生きていられるんだから」


 まだ物心もつかないような子どもたちを誘拐したり、目の前で自分の親を殺させたりして、弾除けや危険な任務を行う従順な「少年兵」にする、ということが、リベリアの内戦では行われていたのです。
 人間の「善悪」の基準は一定ではなく、環境によって大きく変わってしまう。
 彼らがやったことは、太平洋戦争終戦後四半世紀も経ってから生まれた僕にとっては「とんでもない蛮行」だけれど、彼らを利用しようとする大人に「それが自分が生き延びるために必要なことだ」とか「偉い人の命令だ」と言われれば、それをそのまま受け取ってしまうのは、致し方ないことなのだと思います。
 彼ら自身も、生き残って、少年兵ではなくなり、世の中の「一般的な価値観」にさらされたときには、苦しかったはず。
 逆に「だから生き残ることができた」とでも思わないと、やってられないのではなかろうか。
 本当に壁の向こうを見通すことができたとは思えないのだけれど。

 僕はこの本を読むまで、少年兵たちに残酷な行為をさせたのは兵士としての通過儀礼的なものだと思い込んでいたのですが、この証言からは、大人たちも、その「呪術」の力を信じていたようです。


 また、ロシアの「カルト教団の村」の取材も、すごくヒリヒリする取材でした。

 アレクセイが運転する車に乗って、僕とイゴールは太陽の街を出た。我々が泊まる民宿はペトロパブロフカにあるらしい。日が昇っても分厚い雲は居座ったままで、車窓から見える世界は空が低くて薄暗かった。
 その道中で時折小さな集落が目についた。
「こういう場所に暮らしている人は教団とは関係ないんですか?」アレクセイに聞くと「今ではもうほとんどが信者です」と言う。
 ペトロパブロフカの村には電気が通っているというが、山の手にある太陽の街(教祖が住む教団の本拠地)へ近づくにつれてインフラは簡素化し、生活環境は厳しくなっていく。太陽の街には電気もガスも水道もない。しかし、信者は皆できるだけ太陽の街の近くに住まいを求める。
「教祖との距離は非常に重要です」とアレクセイは説明した。
 地球上のどこにいてもヴィッサリオン教信者(「ヴィッサリオナイト」と呼ばれる)がいるという。その中でペトロパブロフカと太陽の街、その間に点在する小規模な集落の信者を足し合わせると2000人ほどになる。つまり、この宗教を信じる者の40%ほどが、教祖と至近に暮らしているのだ。
「太陽の街に近づけば近づくほど、家を借りるにも土地を買うにも値段が上がります。それは信者ではない元々の地主たちがその価値に気づいたからです。ここは地球上でも極めて稀な、不便であればあるほど物件の価値が上がる奇妙な土地であると」


 この取材では、ヴィッサリオン教の広報担当者の案内で、あらかじめ準備された信者の家で食事を取材することになっていました(住民は信者がほとんどのロシアの小さな町で、勝手に取材することは許されていないそうです)。

 今日の早朝この村に着いてから、僕が僕の意思で進路を取ったことはただの一度もなかった。次から次へ”招待”される家へお邪魔して美味い飯を食わせてもらった。我々が払った金はこの民宿の宿泊費6000円だけなのに、この待遇はどう考えても見合わない。飯を見ることを旨としている僕にとっては願ってもない状況だ。次から次へと信者の飯が出てくるのだから。しかし、その飯はどれもこれも代わり映えがしなかった。訪れた家は全て、非の打ち所なく充実した日々を送っていた。美しい家、満ち足りた家族、曇りなき信仰──。
 間違いなく彼らは僕たちに、教団の綺麗なところだけを見せようとしている。
 だからガイド役の信者がつきっきりで世話を焼いてくれる。移動の手段も全て周到だ。
 それらは全て彼らの善意だと僕は思う。たとえば北朝鮮のように、来訪したジャーナリストがカメラを向ける先を逐一監視しているのとは話が違う。
 けれど、結果は北朝鮮のそれと変わらないのだ。
 確かに、彼らが多くの犠牲を払って築き上げたこの寂寞たる世界に余計な雑音を持ち込ませる必要はない。わざわざ汚いところを見せようとする方がどうかしている。観光ツアーとしてはそれでいい。けれど、僕の仕事はそうじゃない。手前味噌ではあるけれど、教団のPRビデオを撮りに来たのではないのだ。
 真実らしきものを浮かび上がらせるためには、光だけでは足りない。その光が作り出す影の部分が見えないままでは、像はけっして結ばれない。この教団の影の飯はどこに隠れているのだろう。


 著者はそれでは自分の取材ではない、と納得できず、さまざまな方法で、「カルト宗教とされているものの信者たちの裏の面」を探ろうとしていくのです。
 ただ、この信者たちは、別に何か陰謀を巡らしているわけではなく、彼らの信じているものに忠実なだけの善意の人々なんですよね。


 上出さんは、この教団の「裏の顔」を暴くことができたのか?
 ……なんていうと、カルト教団の陰謀、みたいなものを想像させてしまうかもしれませんが、その取材の成果は、ぜひこの本を読んでみていただきたいと思うのです。

 幸せとは何なのか?
 自分にとっての「正しさ」は、普遍的なものなのか?

 読むと(あるいは、この番組を観ると)、それ以前とは、少し世界の見え方が変わっている、そんな作品だと思います。


謎の独立国家ソマリランド

謎の独立国家ソマリランド

もの食う人びと (角川文庫)

もの食う人びと (角川文庫)

  • 作者:辺見 庸
  • 発売日: 1997/06/20
  • メディア: 文庫

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