戦争の記憶 コロンビア大学特別講義 学生との対話 (講談社現代新書)
- 作者: キャロル・グラック
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2019/07/17
- メディア: 新書
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Kindle版もあります。
戦争の記憶 コロンビア大学特別講義 学生との対話 (講談社現代新書)
- 作者: キャロル・グラック
- 出版社/メーカー: 講談社
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内容(「BOOK」データベースより)
なぜ世界は戦争の歴史でいがみ合うのか。真実の歴史は存在するのか。日本近現代史の権威・米コロンビア大教授が各国の学生との対話を通じて「歴史」と「記憶」の意味を探っていく。「ニューズウィーク日本版」で大反響を呼んだ特別授業、待望の書籍化。
コロンビア大学の歴史学教授であるキャロル・グラックさんが、2017年から翌18年にかけて、さまざまな国籍・背景を持つ20~30代の学生11~14人(ボランティアで参加)と行った、「戦争の記憶」についての4回の対話形式の特別講義を記録し、書籍化したものです。
講義の最初に、グラック教授は学生たちとこんなやりとりをしています。
この講義は「授業」ではなく、皆さんとの「対話」形式で行います。
今日は「パールハーバー」を題材に、第二次世界大戦の「共通の記憶(パブリック・メモリー)」について皆さんが考えていることや知っていることと、私が考えていることや知っていることを話していきましょう。
まず、この質問から始めたいと思います。「パールハーバー」と聞いて、思い浮かべることは何でしょうか。
(グラック教授の右手の学生から、反時計回りに答えていく)ユウコ:日本による米軍基地への攻撃。
ニック:奇襲攻撃と、諜報活動の失態。
トニー:ベン・アフレック(主演の映画『パール・ハーバー』。2001年公開)
一同:(笑)
グラック教授:そうですよね、わかります。
ミシェル:多くの犠牲者。
スティーブン:僕も同じように映画を思い浮かべました。
グラック教授:いいですね、そういう答えを知りたいので。あの映画を見に行ったのは彼とあなたと、私くらいのようですし。では、次の方は?
ヒョンスー(仮名):ハワイの日本人コミュニティー。
ユカ:日本の外交上の失態。
ディラン:アメリカの英雄主義。
トモコ:日本人として謝らなければならないこと。
インニャン:私も「多くの犠牲者」を思い浮かべます。
スコット:奇襲攻撃、というより「だまし討ち」とよく聞きます。
グラック教授:それはあなたが思っていることですか?
スコット:そうです。
グラック教授:分かりました。歴史の教科書がどう書いているかではなくて、あなたが何を連想するかを聞いてので、それで結構です。では、次?
ジャジャ:観光地化している記念館。
グラック教授:(パールハーバーのUSSアリゾナ記念館に)行ったことがありますか?
ジャジャ:はい。
グラック教授:この中で、行ったことがある方はどれくらいいますか? (4人が手を挙げる)。ここまでが最初の質問でした。
グラック教授と各国の学生たちのやりとりを読んでいると、「あの戦争」に対して、それぞれの国、あるいは、それぞれの人が属しているコミュニティによって、見方が大きく異なっていることをあらためて思い知らされるのです。
「太平洋戦争」についても(そもそも、アメリカでは「太平洋戦争」と呼ばれることはなく、「第二次世界大戦」の大きな枠組みのなかの局地戦、と考えられているようです)、アメリカ人の多くは、この戦争のはじまりである「パール・ハーバー」の奇襲を語るのに対して、日本人は「戦争の終わり」である原爆投下や都市への空襲、昭和天皇の玉音放送を強く記憶しているのです。
グラック教授:第二次世界大戦についてアメリカには一つの物語があり、日本にも別の物語があります。一般的にアメリカの戦争物語はパールハーバーから語られ、日本の物語は戦争の終わりから語られます。日本の物語はたびたび、広島原爆と天皇の玉音放送から始まりますよね? では、「歴史」とは違って、「記憶」の物語とはどういうことだと言えるでしょうか。記憶の物語の限界とは、何なのでしょう。
ニック:戦争の中で最も感情的な出来事によって突き動かされるということでしょうか。
グラック教授:ええ、そのとおりです。それもそうですが、もう一つの限界とは、国境です。記憶の物語とは、「国民の物語」なのです。勇敢さを思い浮かべたり、だまし討ちと捉えたりするアメリカと、原爆を落とされて世界初の被爆国となり、それによって戦後、平和への使命を与えられた日本と、これら二つは別々の物語です。多くの場合、日本人は終戦と平和への使命について語り、アメリカ人は奇襲攻撃に対して勇敢に戦ったことを語ります。つまりどの戦争の物語についても非常に大きな点というのは、これらは国民の物語だということです。日本人はパールハーバーについて覚えてはいるけれど、そこまで感情的な作用を伴わないでしょう。だからこそ、日本に南京事件や慰安婦の強制性について否定したがる政治家はいても、これまでに右派の政治家でも真珠湾攻撃を否定した人はいないのでしょう。
「事実」はひとつであっても、立場によって、見方や注目するポイントは変わってくるのです。
自分たちの先祖、とくに親や祖父母といった身近な存在の人が生きていた時代の自国民を否定されたくない、という気持ちは自然なものでしょうし、僕だってそうです。
グラック教授は、この講義のなかで、「記憶」が政治的な都合で改変されていく事例を紹介しています。
グラック教授:さて、次の質問です。1990年代には特に顕著でしたが、現在も世界で、戦争の記憶について日本とドイツの二つの国が比較されるのをよく耳にするでしょう。なぜドイツは過去に向き合い、戦後の日本は向き合っていないと言われるのでしょうか。
スペンサー:冷戦中のアメリカの外交政策が、ドイツと日本に対してでは異なっていたからではないでしょうか。戦後、アメリカが日本を占領して国内で共産主義が台頭するのを防ごうとしたとき、国民の記憶の問題に早急に対処する必要がありました。
グラック教授:そうですね。アメリカは日本を占領して、日本の過去についてすぐさま対処しました。では、どう対処したのですか?
スペンサー:過去を無視しました。
グラック教授:過去を無視したのでしょうか。日本の戦争の物語はどんなものだったでしょうか。いわゆる「太平洋戦争」はいつからいつまでですか。前回お話したとおり、1941年の真珠湾攻撃から、1945年のヒロシマと降伏までです。
アメリカと日本は、共同して両方の国にとって心地よい太平洋戦争の物語を作り上げました。その物語が戦後の日本の占領政策を支えていたという意味では、アメリカにとって都合が良かったですし、その物語が新たな「はじまり」として戦後に重きを置いている意味では、日本にとっても都合が良かった。もちろん、そこから抜け落ちたのが、中国との戦争です。
日米は戦争の記憶について迅速に対処しました。どうしたかというと、記憶を凍結させました。この氷は冷戦中は日米同盟によって支えられていたので、国内政治的にも国際関係上も、凍らせた記憶を溶かす必要はありませんでした。
一方で、西ドイツの記憶が変化を迫られたのには国際関係上の要因が重要でした。冷戦時代に突入したために、西ドイツはそれまでは敵国だったフランスと協調していかなくてはなりませんでした。NATO(北大西洋条約機構)や、EU(欧州連合)の前身であるEC(欧州共同体)などに加盟したこともあって、西ドイツは侵略戦争の記憶について外から政治的圧力を受けていたのです。ホロコーストの記憶についても、外からの道徳的圧力がありました。
皆さんがドイツの記憶についてどれくらいご存じかは分かりませんが、西ドイツにはいわゆる「68年世代」と呼ばれる人々がいました。彼らは、国内の保守主義に対抗して生まれてきた存在です。過激で政治的な運動の一環として、彼らは自分の父親に真正面から向き合い、「お父さん、戦時中に何をしたの」と問いただしたのです。これは西ドイツの記憶にとって一つのターニングポイントになったと言われています。
西ドイツの戦後の「反省」を日本も見習うべきだ、と言われることは多いのですが、西ドイツにとっては「第二次世界大戦後のヨーロッパで生き延びるために、反省してみせなければならなかった」という状況でもあったのです。
それに対して、日本へのアメリカの占領政策は「反省させるよりも、まず共産主義化を防ぐ」ことが優先されたのです。
グラック教授は、1980年代に中国で「抗日戦争」がクローズアップされていったのは、国内での民主化運動から国民の目をそらすため、という面があったことも指摘しています。
「戦争の記憶」というのは、後世の人々によって、政治的な都合で、書き換えられてしまうものなのです。
自分の父親に「あの戦争のとき、あなたは何をやったのか?」と問いかけるというのは、僕には問う側にも問われる側にも、とてもつらいことのように思われます。
村上春樹さんも、中国で従軍していたお父さんに戦争のときのことは詳しくは聞けなかった、と述懐されていました。
あえてそれをやったからこそ、ドイツの「戦後の反省」が評価されているのかもしれませんが。
従軍慰安婦問題についても、かなり時間をかけて議論されているのですが、日本にとっては「国の名誉の問題」であるのに対して、西欧諸国では「これまでさまざまな国や地で繰り返されていた、戦場での女性への性暴力のひとつの象徴」とみなされているように感じました。
コロンビア大学の特別講義に参加するくらいの「意識が高い若者たち」でも、「戦争の記憶」にこれだけの大きな違いがあるのだから、「ふつうの人々」の感覚は推して知るべし、とも思ったのです。
まずは、お互いに「相手の話を聞いてみる姿勢」があれば、少しずつでも状況は改善される、そう信じてみたいけれど。
- 作者: TBSテレビ『NEWS23』取材班
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