Kindle版もあります。
内容紹介
《技は選手の自己紹介のためのツールに過ぎない》《人気が出るキャラクターには共通する要素がある》
世界最高峰のリングWWEからインディー団体まで、日米マット界の「光」と「陰」を知る著者がはじめて明かす熱狂を生み出す「サイコロジー」のすべて。
自身の圧倒的な経験値をもとに綴る、目からウロコのプロレス論!
僕はプロレスラーという存在に子どもの頃から憧れているのです。自分には絶対にできないことをやっている人たちだ、とも思っているんですよ。
この本、日本の小さな独立系団体から、アメリカの世界最大のプロレス団体WWEまで、さまざまな場所で「プロレスラー」として自ら試合を見せるのと同時に、試合をプロデュースする側としても活動してきたTAJIRIさんによる「観客をひきつけるためのプロレス論」なのです。
「プロレスとはキャラクター産業である」
これは、僕がかつて五年間所属した世界一のプロレス団体WWEのボスであるビンス・マクマホンの口癖である。
彼がWWEを世界一のプロレス組織にまで押し上げることができた理由の一つはこの言葉にある。そしてまた、プロレスについての真理が込められている言葉でもあると僕は思うのだ。
当時の僕はことあるごとに、この言葉をビンスから聞かされていた。だが現在になって振り返ると、そのころの僕はまだ、その意味がわかったような、わからないような、そんな状態だったように思う。
この言葉の意味が徐々にだが本格的に理解できてきたのは、WWEを辞め、日本へ帰ってきて、ハッスルやSMASHといった団体のプロデュースを僕自身が手掛けるようになってからである。
そして、いまではこの言葉は、僕の中では最重要のプロレス理論にまで昇華されているだが、その理由や、そう考えるに至った経緯についてはこれから本書の中で詳述していく。
そもそも、プロレスとはスポーツではないし格闘技でもない。どちらかというと映画やマンガのような「表現の世界」ではないかと僕は考えている。
TAJIRIさんは、「プロレスはキャラクター産業」であり、「技は選手の自己紹介のためのツールに過ぎない」とも述べています。こういう、プロレスファンが読むと「えっ?」と思うような言葉の使い方なども、TAJIRIさんのプロデュース能力を反映しているのです。
個人的には、WWEの「脚本家が書いたストーリーに合わせた展開」や『ハッスル』での芸能人の参入などは、「そんな茶番がみたいわけじゃないよ……」と思うのですが、僕が大好きだった昭和プロレスの「タイガーマスクの宿敵・ブラックタイガー」とか、長州力の「俺は藤波の咬ませ犬じゃねえ!」なんていうのも、「ストーリー」ではあったのです。
アントニオ猪木の「プロレスは最強の格闘技」というのも、ファンをその気にさせる物語だったんですよね。
WWEやハッスルのように「勧善懲悪などのエンターテインメントを突き詰めたストーリー」であるか、「ガチの勝負であるように見せる、あるいは、人間同士の因縁や怨念を伝えるストーリー」であるかの違いはあるけれど。
そして、TAJIRIさんは、「プロレスラーが強かったり、すごい技を使ったりするのは『前提条件」であり、それだけで客を呼び、大金を稼げるわけではない」とも仰っています。
WWEは、抗争の「わかりやすさ」や「面白さ」という、試合をつなぐストーリーの部分が目立ちやすいのですが、TAJIRIさんは、WWEに所属していたときのことを振り返っています。
全員ミーティングで、毎回ビンス(・マクマホン)が最後に決まって話していたのは「表情でプロレスをしろ!ということだった。両手で四角いフレームを作り、それを顔の前で交互に動かし、
「マネー・イズ・ヒア!」
「プロレスというビジネスでは、マネーは『ここ(顔の表情)』によって生み出されるんだ!」というのがビンスの最重要なプロレス哲学の一つだった。同時期にWWEに在籍していたレスラーに再会すると、いまでもビンスのその仕草を真似しては笑い合ってしまう。
ある時期、ビンスが「プロレスの理想的な試合の流れ」について力説したことがあった。
「まずはベビーフェイスがカッコ良いところを見せる。それをヒールが悪い手段でストップし、攻めまくって観客をイライラさせる。観客のイライラが最高潮に達したらベビーフェイスが反撃する──。こういう典型的な勧善懲悪の試合展開がエンタメを見にくる観客にはいちばんわかりやすくてウケるのだ! それを意識して、試合に臨め!」
ボスの言うことは絶対。なので、レスラー全員がビンスに言われたとおりの流れで試合を進めてしまい、ショー全体が似たような試合ばかりになる事態となった。
ちなみに、この後、ビンス・マクマホンの方針に異議を唱えるレスラー(エディ・ゲレロさん)が現れるのですが、そのときのビンスとのやりとりも、お互いにプロだなあ、アメリカらしいなあ、と思うものでした。
プロレスというのは、リングの外の「ストーリー」が面白ければそれでいい、というわけではないし、そのことはWWEも十分承知していたのです。
プロレスにおいてキャラクターが活躍するメイン舞台。それは、リングである。キャラクターをリングで動かし極上の作品に仕上げていくには、「見やすさ」と「わかりやすさ」が必須条件である。試合においては整合性が大切で、理にかなっていないことは排除していかなくてはならない。
この作業は「サイコロジー」と命名されている。
より具体的にご理解いただくために、WWEで一般的に用いられているサイコロジーの例(ほんの一部にすぎないが)を挙げてみよう。
まず「プロレス」という大きな枠組みで例を挙げる。
■イイ者 vs 悪者という構図はわかりやすくてノレる。
■イイ者には華麗な技が似合うが、悪者には(通常は)似合わない。悪者にはパンチやキックなどの乱暴な技のほうが似合う。
試合の流れについて、一例挙げてみる。
■胸元へのチョップと、胸元へのミドルキックが得意な選手がいる場合、その二つの技を繰り出す順番は(特別なことがない限り)(1)チョップ (2)ミドルキック であるべきだ。
→チョップよりもミドルキックのほうが相手に与えるダメージが大きいので、この順番が逆になると、大砲を打ち込んでも死ななかった相手に小型拳銃で大砲以上のダメージを与えようとする無意味な行為となるから。
もっと簡単な例としては、こういうものもある。
■蹴りが得意な相手と戦う際は、その蹴りを出させないようにするため徹底的に脚を狙う。
■反則攻撃はレフェリーに見られないようにおこなう。
■大型レスラーがちょこまか動くとその大きさが目立たなくなるので必要最低限だけ動くようにする。
■大型レスラーが小型レスラーにロープに振られることは物理的にありえない。
僕自身の試合を例に、具体的に説明するとこうなる。
■身長172センチ、体重85キロのTAJIRIが、身長2メートル、体重150キロの大男と戦う場合、TAJIRIは大男に投げ技は繰り出せない(体重差がありすぎるので持ち上げられないから)。
→TAJIRIが勝つには大男の顔を蹴るバズソーキックが最適である(頭部は身体の大小にかかわらず弱点だから)。
→TAJIRIが大男の頭を蹴るには、まず脚から攻撃することが望ましい(土台である脚から崩し、頭部の位置を下げ蹴りやすくする)。
こんな感じである。もう一度同じことを書いてしまうが、プロレスにおけるサイコロジーとは、やはり「当たり前のことを当たり前に展開する」ということなのである。
こうして説明されてみると、たしかに「当たり前のことを、当たり前に観客に見せている」のです。リング外のストーリーは奇想天外でも、リング内での戦いは、きわめて合理的なものになっています。
もちろん、少し「お約束」を外してみることもあるでしょうし、どの試合も同じようになることに対する反発もあって、日本のプロレスが海外で高く評価されることにもなっているのですが。
一世を風靡した「ハッスル」について、制作チームにも加わっていたTAJIRIさんは、こう述べています。
各試合前には、これからリングでおこなわれる試合の「戦う理由」がわかりやすいVTRで説明されていく。そして、試合だ。
一試合目からメインまで、すべて「フィニッシュ技が出たら一発で終わる」WWEスタイルで、プロレス本来のサイコロジーに裏打ちされた試合だった。
これはイベントとしてもプロレスとしても、相当優秀なエージェントが裏で指揮している組織に違いない。正直、圧倒されてしまった。
断言しよう、ハッスルは僕が帰国した当時、「観戦した全プロレス団体の中で」すべてにおいて圧倒的だった。表現として抜きん出ていたと思う。
和泉元彌さんやインリンさん、レイザーラモンHGなど、芸能人の参戦ばかりが大きく報じられたイメージがある『ハッスル』なのですが、TAJIRIさんは、プロレスとして完成されたものだった、と書いておられます。そして、「プロレスファンには反感を持たれるかもしれないが、芸能人が表現者として本気になったときの凄さ」にも触れているのです。
ただし、「ハッスルは、芸能人をプロレスラーとしてリングに上げたわけではなかった」とも仰っています。
正直、僕はプロレスの「シナリオからはみ出してしまうところ」に魅力を感じているので、サイコロジーの力は理解できるものの、なんだか寂しい気持ちにもなるのです。
でも、TAJIRIさんの話はすごく面白いし、「表現者」としての成功を求めている人は、プロレスに限らず、知っておいて損はないことが書かれていると思います。
- 作者:TAJIRI
- 出版社/メーカー: ベースボールマガジン社
- 発売日: 2006/04
- メディア: 単行本
- 作者:田尻 智,宮 昌太朗
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
- 発売日: 2009/04/22
- メディア: 文庫