琥珀色の戯言

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そして誰もいなくなった ☆☆☆☆


そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

イギリス、デヴォン州のインディアン島に、年齢も職業も異なる10人の男女が招かれた。しかし、招待状の差出人でこの島の主でもあるU・N・オーエンは、姿を現さないままだった。やがてその招待状は虚偽のものであることがわかったが、迎えの船が来なくなったため10人は島から出ることができなくなり、完全な孤立状態となってしまう。

10人が不審に思った晩餐のさなか、彼らの過去の罪を告発する謎の声が響き渡った。その声は蓄音機からのものとすぐに知れるのだが、その直後に生意気な青年が毒薬により、さらに翌朝には召使の夫人が原因不明で死んでしまう。残された者は、それが童謡『10人のインディアン』を連想させる死に方であることに気づき、またその場に始め10個あったインディアン人形が8個に減っていることにも気づく。さらに老将軍の、今度ははっきりと撲殺された死体が発見され、人形もまた1つ減っているのを確認するころにはもう皆は、これは自分たちを殺すための招待だった、そして犯人オーエンは島に残された7人の中の誰かなのだ、と確信する。(Wikipedia)

「歴史的名作」を読みなおしてみるシリーズ。
中学生のとき以来ですから、20数年ぶりに再読。
この作品に影響を受けたミステリは数えきれないほどありますし、あまりに有名な作品なので、通して読んだことはなくても「あらすじ」を知っている人は多いのではないでしょうか。
先日読んだ小谷野先生の新書で、「いまの時代に読んでもあまり面白くない作品」という言及のされかたをしていて、20年前にこの作品に唸った僕としては、「じゃあ、本当にそうなのか読みなおしてみよう」と考えたのです。

正直、最初のほうは、「誰が誰だかわかんないなあ、名前もややこしいし……」などと思っていたのですが、犠牲者が続く中盤から後半にかけては、もう一気読み。
やっぱり僕にとっては、2009年に読んでも面白かった!
初めて読んだときのような「驚き」はさすがになくて(そりゃ犯人知ってますからね)、☆4つ、という評価にしたのですが、そっけないけど過不足ない描写と人物造型、どんどん人が減っていくにつれて、高まる緊張感、そして静寂のなかで明かされる意外な(でも、考えてみれば、もっとも妥当な)犯人。
いまのミステリ的に評価すれば、「この動機はちょっとねえ……」とか、「こんな危険な状況下で、犯人の注文通り、ひとりになってしまう犠牲者たちはバカじゃないのか?もっと相互に見張るようになるだろ?」とかいう気分にはなるのです。そして、そういう疑問に対して、たくさんのミステリ作家たちが、「こういう『閉ざされた世界でひとりひとり殺されていくシチュエーション』で、当事者たちはこういう行動をするはず」という答えを、さまざまな作品にしてきました(『かまいたちの夜』とかもそうですよね)。
そういう「アンサー」のほうをけっこう読んできたので、ルーツであるこの作品に「古さ」は感じるところはあります。
でも、この作品の「静寂の美学」みたいなものを超えた作品は、僕の記憶にありません。
ミステリとしてだけではなく、「誰もいなくなってしまった世界」の美しさが、この作品にはこめられているような気がするのです。

この作品の「解説」は、赤川次郎さん。一番好きな作家・作品を問われたら、常に「クリスティの『そして誰もいなくなった』だと即答してきたという赤川さんは、こんなふうに書いておられます。

 展開も細部も、ほとんど頭に入っているというのに、これほど面白く読める作品はない。
 ここには、私が「エンタテインメント」に求めるものがすべて揃っているのだ。
 まず、「一晩で一気に読み切れる長さ」。
 私は、内容豊かな大長編ミステリーの存在を評価しないわけではないが、それでもなお、「エンタテインメントとしてのミステリー」は自ずと長さが決ってくると考えている。
 それは具体的に言えば「過不足のない、必要にして十分な描写」ということだ。

(中略)

 そして「サスペンスに満ちた展開」。
 退屈させることがない、巧みな構成。―−くり返し読んでみると、誰が誰を信じ、誰を疑うようになるか、そして一人死ぬごとに、人物関係が微妙に変って行くさまを、クリスティ―の筆がいかに巧みに描き出しているか、舌を巻く他ない。
 ストーリーのための、無理な恋愛や展開が使われていない点も、ミステリー作家として多くの作品を書いていると、いかに凄いことかよく分かる。
 もう一つ、これほど人が次々に死んで行くのに、少しも残酷さや陰惨な印象を与えないこと。

 僕にとっては、正直、「少しは残酷さや陰惨な印象はある」のですが、この赤川さんの解説は、『そして誰もいなくなった』の魅力を十分に伝えていると思います。
 登場人物の名前のとっつきにくさにさえ慣れてしまえば、専門的な知識が延々とひけらかされていたり、凝った描写が続いたりしない分だけ、最近の「本格ミステリ」より読みやすいかもしれません。

 「70年も昔の作品だろ?」と考えてしまう人にこそ、ぜひ一度手にとっていただきたい「歴史的名作」です。
 僕は中学生のとき、「古典ミステリー」をけっこう読んだのですけど、当時読んだ「古典」(エラリー・クイーンとかポアロとかメグレ警視とか)のなかでは、この作品と『Yの悲劇』は飛びぬけて印象に残っているんですよね。たしかに、「長すぎない」っていう意味でも貴重だったし。

「この作品はよく売れたし、評論家たちの高い評価も得た。けれども作品の出来をほんとうに喜んでいるのはこの私である。この作品を書くのがどれほど難しかったか、どんな評論家よりも私がいちばんよく知っているのだから。」 アガサ・クリスティ

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