琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】方舟 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

週刊文春ミステリーベスト10」&「MRC大賞2022」堂々ダブル受賞!

9人のうち、死んでもいいのは、ーー死ぬべきなのは誰か?

大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った三人家族とともに地下建築の中で夜を越すことになった。
翌日の明け方、地震が発生し、扉が岩でふさがれた。さらに地盤に異変が起き、水が流入しはじめた。いずれ地下建築は水没する。
そんな矢先に殺人が起こった。
だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。生贄には、その犯人がなるべきだ。ーー犯人以外の全員が、そう思った。

イムリミットまでおよそ1週間。それまでに、僕らは殺人犯を見つけなければならない。

その他ミステリーランキングにも続々ランクイン!
本格ミステリ・ベスト10 2023 国内ランキング(原書房) 第2位
このミステリーがすごい! 2023年版 国内編(宝島社) 第4位
ミステリが読みたい! 2023年版 国内篇(早川書房) 第6位
ダ・ヴィンチ BOOK OF THE YEAR 2022 小説部門(KADOKAWA) 第7位


 20世紀の半ばから電話が一般家庭にも置かれるようになり、21世紀、みんなが携帯電話やスマートフォンを持ち歩くようになって、「密室」を作るのはたいへん難しい時代になりました。「被害者は外側からしか鍵がかからない部屋に閉じ込められ、携帯電話も奪われていた!」なんていうのは「密室殺人」というより「監禁」という状況でしょうし。

 最初のほうを読んでいると、「いろんな偶然が重なりすぎだろこれ」と、つい言いたくなってしまうのです。
 携帯電話が通じない山奥の「廃墟」に面白半分で遊びに行った大学時代の仲間たちと、そこに偶然辿り着いた3人家族。さらに、携帯電話の電波は届かないが、電力は使える状況。
 そこで発生した、その廃墟=方舟から出られなくなる自然災害。

 出来過ぎだろ!この状況そのものが、何かの「仕掛け」なのか?

 スーパーファミコンの『かまいたちの夜』をやっていた時も、「密室トリック以前に、密室という状況をつくるのが大変な時代になったなあ」なんて思ったものですが、今は街中に監視カメラが置かれてもいますしね。
 せっかく苦労して密室をつくっても、犯人が監視カメラに映っていればどうしようもないわけで。

 この『方舟』を読んでいると、「こういう事件は、どんな状況なら成立しうるのか?」という逆算方式で書かれたのではないか、と感じました。

 読みながら、「人って、そんなに簡単に(技術的にも心理的にも)殺せるのか?トレーニングを受けた暗殺者でもなければ、抵抗されたり、ためらったりしてうまくいかなかず、致命的な証拠が残るんじゃない?」とも思うのです。
 ……しかし、こういうことを書いただけで、「犯人は潜んでいた亡国のエージェントだった!」というオチではない、というネタバレにはなりますよね。

 ミステリの感想を書くというのは難しい。というか、「面白いか面白くないか」「納得できる動機やトリックだったか」と、あとは「オススメできるか」くらいしか書きようがない。
 読み終えた人どうしなら「あの展開には驚いた」とか、「あんなことがプロでもない人間にいきなりうまくできるとは思えない」などと盛り上がることもできるのかもしれませんが。

 ということで、この『方舟』を読んで、端的に感想を書くと「動機や犯人の行動には正直納得いかないが、その『納得いかなさ」こそが、この小説のフックというか、印象に残る部分になっている」「トリックについては、まさに「素人にそんなにうまくできるものなのか」なのだけれど、それを言いはじめたら、ミステリ小説がみんな『ゴルゴ13』になってしまうから「言いっこなし」、とにかく「面白いし、『イヤミス』っぽくはあるけれど、まさかそんな理由でこんなことしないだろう、と言い切れないのが2023年という時代だし、人間というものなのだ、とあらためて考えさせらるミステリ」なんですよ。
 最近のミステリは、やたらと長い作品が多いのだけれど、2〜3時間くらいで一気読みできるくらいの「長過ぎず、短過ぎずのボリューム」というのも高ポイントです。
 もうちょっと、登場人物の書き分けというか、背景がしっかり描かれていたらいいのに、とは思ったけれど、その消化不良な感じが、この作品の「不気味さ」を増しているところもあります。

 米澤穂信さんの『インシテミル』(小説版)やゲームの『逆転裁判』が好きな人は、この『方舟』にも向いているのではなかろうか。

fujipon.hatenadiary.com

 ミステリを「パズル」的に楽しめるというか、いちいち「こんなことあるわけない!」とか言わないで、そういうものだと受け入れ、その世界の中のディテールを楽しめる人には、読んだ時間分の価値は提供してくれるはずです。

 読んでいて、時間がもったいない!それよりもっと先にやることがあるだろ!って言いたくはなるんだけど、そういう判断ができなくなるのが「極限状態」というものなのだろうか。

 この作品の本筋はさておき、これを読むと「独身者や若手を年末年始やお盆に当直させるという暗黙のルール」の妥当性について、考えずにはいられませんでした。みんながやりたくないことに対して、「暗黙の序列」で担当者を決めていたことがリセットされたら、それはそれで「今度は誰がやるのか」って揉めそうではありますね。中高年者にとっては「自分たちは『若手だから』『独身だから』と有無を言わせず押し付けられていたのに」って言いたくもなるだろうし。

 とりあえず、「読みやすくて、人にも薦めやすいミステリ」だと思います。


fujipon.hatenablog.com
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