琥珀色の戯言

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【読書感想】入門 東南アジア近現代史 ☆☆☆☆

入門 東南アジア近現代史 (講談社現代新書)

入門 東南アジア近現代史 (講談社現代新書)


Kindle版もあります。

入門 東南アジア近現代史 (講談社現代新書)

入門 東南アジア近現代史 (講談社現代新書)

内容(「BOOK」データベースより)
6億4000万人の巨大市場の「いま」がわかる決定版!近代都市シンガポールの高層ビル、ベトナムやタイを流れるメコン川ボルネオ島のジャングル―、日本と深い関係を持つ地域の「多様性の中の統一」を読む!


 東南アジアという地域は人口が多く、日本からは比較的行きやすい海外ではあるんですよね。
 僕もバリ島に一度行ったことがあります。

 そんな東南アジアなのですが、世界史の授業で、東南アジアの歴史は習ったことはあったはずだけれど、ほとんど記憶に残っていない。
 そして、最近は、書店に「日本が戦ってくれて感謝しています」なんて、東南アジアの人々が「日本を礼賛している(らしい)本」も並んでいます。
 では、彼らにとっての「植民地時代」とは、何だったのか?


 この本、少し厚めではあるのですが、新書一冊に「東南アジアの近現代史」が詰め込まれているので、かなり情報がギュウギュウ詰めで、読んでいてくたびれてきます。
 あまり焦らずに、ゆっくり読んでいったほうが良さそうです。
 しかしながら、こういう「東南アジア全体の歴史を概観できる本」というのは、なかなか無いのも事実で(僕がこのジャンルに疎い、というのもありますが)、一度は目を通しておいて損はないかと思います。
この地域は人口が多く、中国から「世界の工場」としての役割を奪いつつあるとも言われているので、日本にとっても重視されていますし。
 著者は「東南アジア」といっても、宗教や自然条件が異なる国ばかりで、ヨーロッパのEUのような「政治的な統合」には向かないのではないか、とも仰っており、この新書を読むと、「確かにそうかもしれないな」と頷けるんですよね。

「多様性の中の統一」(ビンネカ・トゥンガル・イカ)という言葉がある。13世紀末〜16世紀初めにかけてインドネシアのジャワ島に興ったヒンドゥー教国家マジャパヒト国の古代ジャワ語である。マジャパヒト国は最盛期にはほぼ現代インドネシアとマレーシアからなる地域の多様な民族、言語、地域を支配下に入れて、インドネシア史上で最大の領土を誇った。この「多様性の中の統一」は、1945年にインドネシア共和国が誕生すると国是となった。この文字は、インド神話のなかに登場する神の島で、インドネシアの国章でもあるガルーダが翼を広げた足元に刻まれている。その意味は、マジャパヒト国と同様に、インドネシアが民族、宗教、地理などの点で多様な国であることを認めたうえで、それを前提にして、国民の一体性を追求したものである。この多様性と統一は、東南アジアにも当てはまる。


 東南アジア(あるいはASEAN)に属する11か国は、国の広さや人口、宗教、政治体制、天然資源の有無など、かなりの違いがあるのです。
 それでも、西欧諸国や東アジアの中国、南アジアのインドという「大国」に挟まれつつ存在感を発揮するために、協力しあっていこうとしています。
 それぞれの国の中でも、多民族・多宗教の人々の集まり、という場合が多く、国の枠組みも、植民地時代に宗主国の都合で決められた国境を結果的に流用している、ということが多いそうです。
 そういう意味では、植民地支配というのは、この地域に大きな影響を与え続けているのです。あと、中国、という大国の影響も。
 シンガポールは、マレーシアから「華人(中国人)の影響力が強すぎる地域」として、分離独立させられたのですね。


 この新書を読んでいて痛感させられるのは、東南アジアというのは、近現代においては、つねに外部からの直接・間接的な影響を受けてきた、ということです。

 さきほどみた東南味絵の三大宗教遺跡は、インドの宗教建築様式を直輸入したものではなく、いずれも、それぞれの国の独自の様式が加えられたものだが、仏教とヒンドゥー教寺院であることが語るように、古代東南アジアはインドの宗教文化の強い影響を受けた。そして、イスラームは中東から、キリスト教はヨーロッパから伝来したものである。このことは、東南アジアの主要な宗教文化は、すべて外部世界で興ったものであること、逆に言えば、東南アジアは外部世界の宗教文化の受け手の地域であることを語っている。


 ちなみに、著者は日本の東南アジアの占領統治について、こう述べています。

 1941〜45年のあいだ、日本軍政下で東南アジアの人びとは苦しんだが、しかし、日本の占領統治が東南アジアの独立に何の意味も持たなかったのではない。日本軍が東南アジアからヨーロッパ勢力を放逐したこと、そして、その後の日本の占領統治がヨーロッパ人以上に過酷だったので、東南アジアの人びとのあいだに外国支配からの脱却、すなわち、独立を渇望させたことがそうである。いまみた、ミャンマーの反ファシスト人民自由連盟は、1945年3月に抗日蜂起の独立宣言をおこない(日本軍に対する宣戦布告)、つぎのように述べている。

 われわれは独立戦争を長期にわたりさまざまな方法で展開してきたが、その最終段階において、ファシストに本によって示された独立の約束に気が動転し、独立獲得への希求から日本軍とともに英国との闘いに加わった。その結果、国中が一丸となってビルマ独立義勇軍を歓迎・協力し、独立闘争に参加したが、日本のファシストたちはビルマに居座り、傀儡政府をつくり、ビルマに住む多くの人々を搾取するに至った。彼らは独立という言葉を見せびらかし、われわれの人権、豊富な資源と、戦争目的のために取り上げたのである(歴史学研究会編『世界史史料』10巻 388ページ)


 日本の占領統治は、東南アジアの人々が独立を意識する苦い学習機会となり、第二次世界大戦が終わると、東南アジアは独立の道をあゆみはじめていくことになる。


 たしかに、日本軍による東南アジアの占領統治は、この地域の国々の独立のきっかけにはなったのでしょう。
 でも、これを読むと「日本の占領統治のおかげで独立につながったのだ」と、少なくとも日本人の側からドヤ顔で言えるようなものではなさそうです。


 経済成長が続いている東南アジア諸国なのですが、それぞれの国のあいだ、あるいは国内での「多様性」は、この地域にとっての大きな問題であり続けています。

 問題は、民族や言語や宗教が多様な東南アジア諸国は、多様性を前提に、すなわち、それを容認して「ゆるやかな国民統合」をめざすのか、それとも国民の多様性を捨てて、強制的に多数民族の価値に合わせる、「同質的な国民統合」をめざすのかにある。独立当初は、各国の政府が「同質的な国民統合」を進めたことで紛争が多発したことから、現在は、2000年代にインドネシアが分離独立を志向する民族住民に大幅な自治を認めたように、「ゆるやかな国民統合」をめざすものへと変わっている。
 しかし、フィリピンやタイやミャンマーで、現在でも分離独立をめぐる紛争が起こるなど、国民統合は多くの国で依然として未完成の課題なのである。


 国としては、人口が多く、国土も広く、資源が豊富であるほど「強い」のは間違いありません。
 しかしながら、小さな国になってしまうとしても、自分たちの民族で独立したい、と考える人は多いのです。
 ヨーロッパであれば、まだ、キリスト教という「共通点」を見いだすことができるけれど、東南アジアでは宗教も多彩です。
 この新書には、まさにその「多様性」と「統一」という相反するような概念を両立させようとしてきた東南アジア諸国の工夫と苦悩が描かれているのです。


 冒頭に述べたように、情報量が多く、それぞれの国の歴史がきちんと理解できる、という本ではありませんが、読んでみると、東南アジアの近現代史の大まかな流れと「何がEUとは違うのか」がわかります。
 東南アジアの歴史には、あまり興味がなかった人こそ、ザッとでも良いので、目を通してみてはいかがでしょうか。
 この「多様性と統一」っていうのは、人間の集団では、つねに問題になることでもありますから。


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