琥珀色の戯言

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【読書感想】うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
棋士生活三〇年、ある日突然襲ってきた病魔


「ふざけんな、ふざけんな、みんないい思いしやがって」
藤井聡太ブームに沸く将棋界。そのウラで羽生世代の棋士が脳の病と闘っていた。
その発症から回復までを大胆に綴った心揺さぶる手記。


うつ病の頭には死のイメージが駆け巡るのだ。


うつ病の朝の辛さは筆舌に尽くしがたい。
あなたが考えている最高にどんよりした気分の十倍と思っていいだろう。
まず、ベッドから起きあがるのに最短でも十分はかかる。
ひどい時には三十分。その間、体全体が重く、だるく、頭の中は真っ暗である。
仕方がないのでソファーに横になるが、もう眠ることはできない。
ただじっと横になっているだけである。
頭の中には、人間が考える最も暗いこと、そう、死のイメージが駆け巡る。
私の場合、高い所から飛び降りるとか、電車に飛び込むなどのイメージがよく浮かんだ。
つまるところ、うつ病とは死にたがる病気であるという。
まさにその通りであった。(本文より)


 先崎学さん、うつ病で休んでおられたのか……
 羽生世代、ということは、僕ともほぼ同世代なわけですが、先崎さんはギャンブル好きとして知られ、エッセイストとしても評価が高く、羽海野チカさんの『3月のライオン』の将棋監修もされている、という多才かつエネルギッシュな人なんですよね。
 「こんな人でも、うつ病に?」というような人が、けっこうなってしまうのが、うつ病なのだな、というのは、僕も周囲の人たちをみていて実感しているところではあります。


 先崎さんは、「病気になった(気づいた)日のこと」を、こんなふうに書いています。

 いったいに、本書の内容のようなことは、はじまりの日を具体的に記すことは難しいのだろうが、私ははっきりとその日を書くことができる。それがはじまったのは、6月23日のことだった。
 なぜ、私のようなずぼらで日記などつけたことのないような人間が、こうしてピンポイントに日付を書けるかというと、その前日が私の47回目の誕生日だったからである。その日私は、一仕事を終えて通いつけのボクシングジムへ行き、帰りに家族でインド料理を食べて幸せなひとときを過ごしたのだった。ビールを二、三杯飲んで、帰りがけにはこれからカラオケでも行こうかといったぐらいであって、つまり私は元気で、楽しく、何よりも生活に余裕があった。
 翌日、起きた時は普通だったが、朝食をいつものように食べてもまったく疲れが取れていない。昼過ぎまでずっとソファーで横になっていた。また、ほんのりと頭が重いのをたしかに感じた。三時頃から仕事に出て夜に帰ったが、やはり頭が重い。
 数日はそんな日々がつづいた。そのうちに、自分の体の中で何かが起きているようなムズムズとした感じを受けるようになった。人間落ち込んだり暗くなったり、あるいは仕事が億劫になったりするのはよくあることである。しかし、苦しい時間があれば楽しい時間があって、それで日々の営みがなりたっていくものだろう。そのことの私のように、起きている時は常に頭が重く気分が暗い、という状態はなかなかあるものではあるまい。


 そうか、こんな感じだったのか…… 
 ちなみに、「これが原因」というような、明らかな発症のきっかけはとくになかったそうで、棋士としては年間でもっとも重要な「順位戦」の初戦が7月上旬に迫っていることへのプレッシャーではないか、と当初は思っていたそうです。
 病気に対して、「なんでそんなになるまで気が付かなかったの?」って他人は思いがちなのだけれど、本人にとっては、「どこまでが正常の範疇なのか」っていうのは、案外わかりづらいものなんですよね。「疲れやすいけれど、年のせいだと思っていた」という進行がんの患者さんというのも、けっして珍しくはないのです。

 夜もどんどん眠れなくなっていった。十時にベッドに入るのだが、一時くらいに目が覚めてしまう。そこからまた医者にもらった睡眠薬を追加で飲んで寝るのだが、四時には起きてしまい、辛い朝を迎えることとなる。うつ病の朝の辛さは筆舌に尽くしがたい。あなたが考えている最高にどんよりした気分の十倍と思っていいだろう。まず、ベッドから起き上がるのに最短でも十分はかかる。ひどい時には三十分。その間、体全体が重く、だるく、頭の中は真っ暗である。寝返りをうつとなぜか数十秒くらい気が楽になる。そこで頻繁に寝返りをうつのだが、当たり前だがその場しのぎに過ぎない。
 そこからありったけの気力を振り絞ってリビングへと行くのだが、のどが渇いているのに、キッチンへ行って水を飲むのもしんどいのである。仕方がないのでソファーに横になるが、もう眠ることはできない。ただじっと横になっているだけである。頭の中には、人間が考える最も暗いこと、そう、死のイメージが駆け巡る。私の場合、高い所から飛び降りるとか、電車に飛び込むなどのイメージがよく浮かんだ。つまるところ、うつ病とは死にたがる病気であるという。まさにその通りであった。


 この「闘病記」を読んでいて驚いたのは、先崎さんは、自分の体と心に起こった変化を、まるで実験のデータをとるように、淡々と記録しているということでした。
 数々上梓されてきた「うつ病の体験記」には、「とにかくつらい、死にたい、もうダメだ、体が重い」というような、感情が伝わってくるものが多いのですが、6月の発症から、翌年春の棋士としての復帰を目標とした先崎さんは、闘病中の自身の棋力(将棋の実力)の変化を詳しく書き残しているのです。

 断っておくが、この時点では将棋のリハビリという観点はまったく頭になかった。あくまでもあまりにもできることがないので思いついただけだった。
 私がはじめに手にとったのは九手詰から十三手詰の詰将棋が百問入った問題集だった。どんなレベルかというと、以前の私なら三十分で全文解く本である。ところが。
 全然詰まなかった。はじめの一問がまず解けないのだ。十分も考えると頭が痛くなってしまう。私は私自身が信じられなかった。数学の教授が小学校の算数もわからないようなものである。将棋のことで焦りを覚えたのは、この時がはじめてといってもよい。現役に戻れない――。このことが実感として沸々と湧いたのだ。
 それまでも、現役に復帰できないのではと考えたことは限りなくあった。だがそれは、現実感をともなわないものだった。病院ではうつが治るかどうかで精一杯だったし、九月は復帰できるかなあ、あと半年もあれば大丈夫だよなあ、という曖昧なものだった。うつ病になってはじめて、私は病気ではなく将棋と向き合ったのである。
 一時間ほど休んで疲れが取れると、今度は七手詰の問題集を持ち出した。前の本より断然易しく、七手詰なんて前ならば小学校の算数どころか息を吸うようにできたわけで、要はがっくりした頭をこれて元気づけようと思ったのだ。
 なんと詰まなかった。そんな馬鹿なと思って何度もチャレンジしたが詰まない。七手詰も形によってはすごく難しいのであるが、しかし私が解こうとしたのは、アマチュア向けの本であり、実に類型的な七手詰だった。
 口惜しかった。自分をこんな目にあわせたうつ病が憎かった。うつ病患者としてあるまじきことをあえて書けば、死ぬより辛かった。


 先崎さんが将棋が指せなくなり、また、少しずつ指せるようになっていく経緯を読んでいくと、うつ病は「脳の機能的な疾患」であり、負の感情に支配されるだけではなく、物事を考える力、認識する力が低下していく病気だということがよくわかります。
 うつが寛解すれば、死にたい気持ちはおさまるかもしれないけれど、高いレベルでの思考力は以前と同じレベルまで回復するのだろうか。先崎さんは、プロ棋士として復帰するための「将棋のリハビリ」を、かなり丁寧にやっているんですよね。
 うつ病が落ち着いていても、前と同じように仕事をしていくというのは、体力的な面だけではなく、「脳のスタミナの低下」もあって、そんなに簡単なことではないのです。


 また、「うつ病の人は励ましてはいけない」と、よく言われますが、先崎さんは、「無力感が強くて、誰かに『あなたが必要だ』と言ってもらえるのが、本当に嬉しかった」と仰っています。
 うつ病を患っている人は、こういうことを日々考えて(あるいは考えられずに)いるのか、というのも、伝わってくるんですよね。
 もちろん、こういう体験記というのは、万人にあてはまるものではないのだろうけど。


 先崎さんの闘病を読んでいると、うつ病の治療をうまく進めていくためには、それまでの人間関係の豊かさが大事なのではないか、と思ったのです。
 先崎さんは、ご家族や(お兄さんが優秀な精神科医だった、というのは本当に大きかったと思います)、これまで可愛がってきた後輩棋士たちや同世代の棋士のサポートや見守りがあったからこそ、生きていられたし、将棋の世界に復帰するための練習もできたのです。
 それは、先崎さんが、これまでの人生で、多くの人に与えてきたものがあるから、信頼関係を築いてきたから、なんですよね。
 そういう繋がりの有無が、生き残ることができるかどうかの分水嶺なのかもしれません。
 僕は、もし自分がうつ病になったら、こんなにサポートしてもらえるだろうか、あるいは、身内が発病したら、支えてあげられるだろうか、と考えてしまいました。

 正直、もうちょっと先までの話を読みたかったな、というか、これからが気になるところなのに……というのはあったのですが、読んでいて、病気を追体験してしまうような(もちろん、実際のうつ病の人に比べられるものではないけれど)、貴重な体験記だと思います。


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