琥珀色の戯言

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極北クレイマー ☆☆☆☆


極北クレイマー

極北クレイマー

内容(「BOOK」データベースより)
財政破綻にあえぐ極北市。赤字5つ星の極北市民病院に、非常勤外科医の今中がやってきた。院長と事務長の対立、不衛生でカルテ管理もずさん、謎めいた医療事故、女性ジャーナリストの野心、病院閉鎖の危機…。はたして今中は桃色眼鏡の派遣女医・姫宮と手を組んで、医療崩壊の現場を再生できるのか。

海堂尊先生の最新作。
このタイトルから、北海道の「あの病院」の話なのだな、と予想しながら、発売を楽しみに待っていました(『ジェネラル・ルージュの伝説』での海堂先生の自作解説によると「夕張だけの話だと思われてしまうのは残念」なのだそうですが)。。
「崩壊する地域医療」の現場を役所と病院の双方から描くという試みはかなり成功しているように思われます。とくに市役所から派遣されてきている「病院事務」の人たちのリアルさには、僕もイヤな記憶をけっこう掘り起こされてしまいました。
とはいえ、この作品そのものは、正直なところ、単体ではあまり成功作とは言い難いのです。
地方公立病院の崩壊、「病院機能評価」への疑念、「福島大野病院事件」を意識した(というかそのものです)産婦人科医の逮捕など、たくさんの要素が詰め込まれているのですが、あまりにいろんなことを描こうとしたせいで、僕にはどれも消化不良というか、400ページをこえる本を読み終えた時点でも「えっ、こんな中途半端なところで終わっちゃうの?」という印象でした。
例えていえば、『旅の仲間』で終わって、続編が作られない『ロード・オブ・ザ・リング』みたいな感じ。
「本当の戦いはこれからだ!」って、ジャンプの10週打ち切りマンガじゃあるまいし……

さすがに、これだけのボリュームの本を読むのなら、なんらかのカタルシスが欲しいじゃないですか、でも、読み終えても全然スッキリできないのです。
もっとも、「現実の世の中で『地域医療の崩壊』への対策が功を奏していないこと」を考えると、海堂先生の「こんな地域医療の現状のなかで、希望に満ちたフィクションを書くことへの罪悪感」が、こんな中途半端な終わりかたを選択させたのかもしれませんね。たしかに「このどうしようもない状況こそが、リアル」ではあるよなあ。

あと、この作品では、『極北クレイマー』というタイトルとは異なり、「クレイマー患者」はほとんど出てきません(少し出てくるのですが、僕の経験上は、あのくらいなら「クレイマーのうちに入らない」です)。
朝日新聞から「市民を醜く描くこと」にダメ出しをされたのかもしれませんが、地域医療からの医師の逃散について書くのであれば、「スタッフを心身ともに疲弊させる常連クレイマー患者」あるいは、「一癖も二癖もある地元開業医たち」を描くことは避けて通れないはずなのに。
海堂先生の作品は、厚生労働省天下り団体への痛烈な批判が心地よいのだけれど、その一方で、「とにかく厚労省と役人と大学病院の偉い人を叩けばいい」というスタンスを最近ちょっと感じるんですよね。それは「事実」ではあるんだけど、それって、あまりに「叩きやすいものを叩く」という安易なほうに流れているようにも思われます。

 室町院長は怒鳴ったことで少し気が晴れたのか、再び椅子に腰を下ろし、続ける。
「確かに市民病院は昨年は1億7000万円くらいの赤字を垂れ流している。だがそもそも普通の自治体は公立病院の赤字を補填しているのに、極北市は三年前に突然支援をぶった切っておいて、赤字がひどい、と責めるのは言語道断だ」
「補填って、いくらくらいされるのですか?」
「この規模の自治体で、この程度の病院なら、年間8000万円から1億、というところだな。ちなみに極北市では三年前に地方交付税が打ち切られる前は9000万円の補助を受けていた」
 すると去年の赤字総額は8000万円。今中は頭の中で勘定する。室町院長は続ける。
「それから未収金が年5000万円ほどある」
「ミシュウキン、って何ですか?」
「未払いの医療費だ。医療を受けても払わない、という不届きなヤツが極北市には大勢いる。医療の食い逃げ、だ。これが総額2億円」
「こんなちっぽけな病院なのに、未払いが年間5000万もあるんですか?」
 今中は驚く、一瞬、今中の脳裏に、初めてこの病院に来た時に受付で文句を言っていた問題患者、田所の姿が浮かんだ。室町院長はうなづく。
「この町の住人は、医療を無料サービスと勘違いしている。前任の院長が周囲にいい顔をしていたものでね。薬代など、ある時払いの催促なしでばかばか診察していた。おかげで膨れ上がった累積赤字は、ついに5億円」
 市民がきちんと支払いをし、市が援助してくれれば、病院の赤字は年間1億7000万でなく、3000万に収まるわけか。つまり市民と市が、病院を食い物にしている、とも言えるわけだ。他人事のように考えていた今中に室町院長がぼそりと言う。
「そんなだから、外科部長を非常勤で雇わなくてはならなくなってしまうわけだ」
 今中の頭に血が上る。俺からボーナスを奪いとったのは、そんな連中だったのか。

僕が以前働いていたことがある、「地方の公立病院」も、こんな感じだったんだよなあ。
税金って、本来は医療も含めた「公共サービス」のために集められているもののはずなのに、公共性が高く、採算がとりにくい「有床で救急患者を受け入れている地方の公立病院」にまで「独立採算による黒字化」を求めるのは正しいことなのか?
「患者を選り好みするな、でも、黒字にしろ」というのは、どう考えても無理難題です。
「ここは『市民の病院』なんだから、『市民』である俺が何をやってもいいはずだ」と外来で怒鳴り散らし、看護師たちにセクハラをし、夜中に救急車をタクシー代わりに利用して、泥酔状態で「入院させろ」と大騒ぎする患者。医者に対する「脅し」なんて日常茶飯事。
「普通の患者さん」たちは、そんな殺伐とした光景に嫌気がさして、他の病院に流れていってしまいます。
院内では、いろんなメンテナンス料とか器材が、明らかに世間の相場より高い価格で設定されており、それを取り扱っているのは、市の偉い人たちと仲良しの「地元の有力企業」。
まさに、「市民と市が、病院を食い物にしている」。

たぶん、この『極北クレイマー』は、海堂先生が「本当に書きたかったこと」は書かなかった、あるいは書けなかったことがたくさんある作品なのだろうと思います。
全部書いたら、「エンターテインメント」にならないだろうけど。
いずれにしても、この作品、近いうちに続編が書かれるのではないかなあ。ネタには不自由しないだろうし。

現在の「地域医療崩壊」は、まだ、序章にすぎないのだから。

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